第13話:卑劣な手口
さてどこから、とコルピオは足を組む。腕も組んで、手にしたカップの中身を啜った。
ゴツゴツと厳めしい口が開き、
「我々、八人種の誰が。最初にこの土地へ辿り着いたかは知らない。百五十年を遡れば、そこに居る数十人の誰もが自分だと答えるだろう」
「まあ、な。どんな昔話の登場人物も、その時には若い」
「そうだ、しかし争いはなかった。せいぜいが
ケフッ、ケフッ。抑えたくしゃみのごとく、コルピオは笑う。
「楽しい物造りの時代が二十年ほど続き、町と呼んで恥ずかしくない姿になった。たまたま訪れたハンブルも住み着き、その先十年で膨れ上がった」
「その果てに聖戦が?」
首肯を待つまでもなく、よそものを受け入れた時点で分かりきっている。
門外漢は、創造した者の労苦を考えない。知る限り、どんな場所へ行ってもそれは同じだ。もちろん全員が行動に移すわけでないが、全員が行動しない可能性も低い。
「その通り。初めはしおらしかったハンブルが、すぐに最も数を多くした。やがて巨大な建物を拵え、そこは自分たちの物と言い始めた」
「起きて半畳、寝て一畳――とはいかんか」
「なんだそれは」
「贅沢を言い出したってことだ」
「そう。寝起きし、飯を食い、子を育てる家なら幾らでも建てればいい。なぜ一人に百人分の部屋が必要なのか」
たしかにそんな無法を拗れさせれば、戦争にもなるだろう。「なるほど」と縦に首を振った俺に、コルピオは首を傾げる。
「なにを得心している? 武装したハンブルは一人を王と呼び、我らを見下げた。領民となるか出て行くかと。もちろん八人種の誰一人、領民になるとは言わなかった」
「誰一人とは感心だが、必然と思う。だから合点した」
ケフッ、ケフッ。また笑い、今度は頷く。
「剣と鎧を備えたハンブルに、先人たちは敗北した。二倍を屠っても、奴らは十倍居た。八人種は尽く、町を追われた」
「戦となればそれも必然だ。残念だが」
「追われただけならばな」
「と言うと?」
問い返すと、コルピオはカップを口に運ぶ。
ひと息吐かねば話せないか。そう思い視線を外すと、狗人の手も止まっていた。
「ハンブルは八人種の男を城に集めた。捕虜になった者だけでなく、大人は全て。そして閉じられた城門から、二度と出て来なかった」
「卑劣な……」
「やはり有名人は、ハンブルでも変わり者らしい」
口調を変えず、笑うこともなく。コルピオはただ、カップを茶卓子に戻した。俺の思い違いでなければ、金属の持ち手はもっと優雅な丸みを帯びていたはずだが。
ロタでさえ「卑怯者」と悪しざまに言う感情を、曝けさす無粋は出来ない。気付かなかったふりで、先を問う。
「それから聖戦となると、しばらくは潜んだか」
「その通り。砂の民は岩山の向こうへ。森の民は茂みの向こうへ」
三十年だ。と、少し前のめりだった背をコルピオは戻した。
「八人種はそれぞれに長を定め、武器を作った。己の力を増す物であったり、仲間の助けになる物であったり。おかげで聖戦は、我らの勝利に終わった。王の首を刎ねた手応えは忘れられんよ」
「その長が、今の司祭というわけだ」
「ああ。やはり頭がいいな、有名人」
丸ごと町を掠めとって、三十年。ハンブルは繁栄していたのだろうが、腑抜けてもしまったらしい。そんな非道をすれば、復讐があって当たり前だろうに。
最初に百五十年と言ったから、計算すると約九十年前の出来事。それからこの土地に、ハンブルは居ない。責めても詮ないことだ。
「質問には答えた。フユコの名を聞けば教えてやる。他に用がなければ出て行ってくれ、こう見えて忙しいのだよ」
「おいおいコルピオ。管理所は忙しくても、あんたは暇だろ」
「失敬な。まずはロタさまへ、ハンブルとの接待費用を請求せねば」
狗人が、作業を終えた木箱を奥に持って行く。ニクは皮肉げにその背中を眺め、コルピオもなにを始めるでない。
「儂は今、接客中だろうよ。お前たちが帰れば忙しいのだ、なにせ
「はあ? そんな話、いつ決まった」
「今日だ。お前たちの来る前に知らせがあった。ディランド陛下は、十日後に都を移される。雨の降る前にな」
コルピオが聞いているなら、ロタも聞いているはず。だがニクは知らないようだ。急な話と言うなら、すれ違いだろうけれど。
「雨季が過ぎてからって話だっただろ。なんで変わったんだ」
「知らんよ、既に決まったことだ。さあ、出て行ってくれ。間に合うまいが、やれるだけはやらんと」
コルピオの背中の側から、ぬうっと人の頭のような影が現れる。それは硬そうな殻を持つ尻尾で、先の棘が出口を指した。
忙しいとは口実にしても、ハンブルと長時間の対面は嫌に違いない。なおも問いたそうなニクの腕を取り、俺は椅子を立った。
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