第4話:混沌の町

 それからロタの案内に従い、この国の首都という水の都ワタンへ向かった。なにが起きているかさっぱりだが、荒野に取り残されても困る。


「しかし悪いな。後戻りになったのだろう?」

「後戻りと言うならそうね、私の生家へ戻るところだったから。でも三眼人トリルに襲われた件を、黙ってもいられないわ」


 道すがら、気付いたことが一つ。俺もロタたちと同じように、褐色の布を全身に纏っていた。

 その下には麻に似た生地の、膝まである上衣。同じ素材の長ズボン。どれも丈夫だが風通しが良く、頭をすっぽりと覆うこともできる。

 たしかにこんな服装でなければ、この土地の焦げつくような陽射しの下を歩けまい。


 それ以外に、幾つかのことを聞きもした。

 たとえばロタたちは一眼人モノルと言い、この土地では当たり前に人間の中の一種族と。

 俺の考える人種の違いよりもハンブルとは遠く、犬と狼のような関係と理解した。


 また蜥蜴トカゲネズミなどと、動物の顔を持つ種族も居るそうだ。

 俺と同じに二本足で歩き、手に武器や道具を持ち、それでいて顔や身体に動物の特徴を残すと言う。


 正直なところ聞いただけでは、どんなものか想像が追いつかなかった。けれど二時間ほど歩き、ここが水の都ワタンだと石柱の間を通った途端、その光景が現実の視界となった。


「……これは、先に聞いておいて良かった」


 足元の砂を押し固めたような、白い石を積み上げた四角い建物。ずらり並んだ合間は、大通りということだろう。

 自動車を走らせれば十台も並べる広々とした空間に、行き交う人々は数えきれない。

 荷車を引き、屋台を連ね、食い物を売れば、求める布を吟味する。紛うことなき街の姿があった。


 そこに居る人間の全てが、ロタに聞いたままの姿をしている。俺のような、こちらで言うところのハンブルなど一人も見かけない。

 思わず立ち止まり、息をも止めた俺の肩を、ニクが叩く。


「初めて見るってなら、驚くのも無理はないさ。水の都ワタンには、三万以上も住んでたくらいだ。これより大きな町はなかなかない」

「住んでいるのでなく、住んでいたと言ったか」

「ああ、最近ちょっと減っちまった」


 早く来いと、彼は先を歩く。ロタはさらに二十歩も向こうだ。着いてそうそう、迷子になるわけにもいかない。俺は慌てて追いかける。

 だが、無用の心配だったかもだ。どういうわけか俺たちの進む先だけは、人の波が途切れた。海を割って、只中を進むように。


 やがて行く先、大通りの最奥には高い塀が見えた。平屋ばかりの街で、二階建てほどの高さがある。

 囲われる建物は、おそらく三階建て。両脇に高い塔の立つ他は、豆腐を置いたがごとしで凹凸に乏しい。ただ、一つの階に十以上も部屋を作れるだろう。

 あの大きさと堅牢な造りは、この国を統べる皇帝の居城に間違いあるまい。


「ところで襲撃の件だが、黙っていられないとはどうする気だ?」

「もちろん責任を取れる相手に、文句を言うのよ」

「道理だな」


 襲ってきた三眼人は、山賊紛いにしては持ち物が立派だった。預かる者が在ると言うなら、それも納得だ。

 しかし逆に、分からないこともある。


「それにしては、三眼人を見かけん気がするのだが。俺の目が節穴なだけか?」


 三眼人を、まだ一人も見ていない。さらに街の中心であるはずの城へ近付くにつれ、他の人種さえ見かけなくなっていく。

 人口が減ったとは、どうやらこの辺りのことだ。

 無人の建物独特の、埃の臭い。人の営みの続く、火と食べ物の匂い。どちらもが俺の鼻に届く。


「この町が首都なのも、あと僅かだから。三眼人は一番最初に、次の首都になる町へ移ったわ」

「なるほど? 出て行く者と残る者と、戦は間近というわけだ」

「そんなこと……なぜ分かるの」


 住む者のなくなった区画は、集中してまとまった面積に及ぶようだ。同じように、残る者の区画もまとまっている。

 でなければ、これほど混沌とした風が吹かない。ここは俺が進駐した敵国の町と同じ臭いがした。


「さあ、理由は想像もつかんよ」

「そう。あなた、少しばかり食わせもののようね」

「そんなことはない。しかし、きみこそどうなんだ。あえて聞かなかったが、三眼人の責任者とは誰のことだ」


 いつしか、城壁の門前に到着していた。巨大な格子の前に、兵士と見える槍や剣を携えた者が十人。そのうち半分は、三眼人だ。

 ただし襲ってきた者とは、服装が違う。あれらは金属の鎧だったが、ここに居るのは革の防具ばかり。


 そして決定的なのは、進み出たロタに緊張の面持ちを向けること。槍を利き手とは反対に持ち替え、列になって迎える。


「もちろんそれは、三眼人の長よ。偶然に、この国の皇帝でもあるけれどね」

「それは大した偶然だ。するとそんな相手に文句を言える、きみは何者かと。物を知らん俺などは勘繰るわけだが?」


 磨かれた純白の石の廊下を辿ると、城の正門へ至る。

 ロタは堂々と真ん中を進み、ニクたちも当然という顔であとに続く。かく言う俺も、彼女の隣を歩いてはいるが。


「ここはね、私たちがハンブルから取り返した国よ。そのとき最も勇敢だったのが、三眼人。神の加護を得て、最も人々を支えたのが一眼人」


 と言い伝えられているわね、と。ロタは最後をおどけた口調でごまかした。


「この国に、一番偉い人は二人さ。皇帝と、司祭長のロタさまだ」


 返答を続けたニクも、いかにも気安く笑って言った。

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