第3話

「あー、なんでこんなあっついんだよー」

「今日何度あるんだろうね」

「ワイシャツ脱ぎてー」

「それは止めな?」

 もう既にボタン全開だがまだ暑い。下にシャツ着てるけど着ない方が良かったかもしれない。

「そう言う咲は?暑くないのか?」

「そりゃ暑いよ。でもセーラー服そんな感じに緩く出来ないんだよ」

 横目で見てみる。確かに難しそうだな。

「女子も大変だな」

「大変だよ〜。あ、ねぇ涼君テスト勉強どう?どこまで進んでんの?」

 忘れてたのに。知らないフリをしようと口笛を吹く。

「口笛で誤魔化さない。上手なのは知ってる。進んでる?」

「全く進んでません」

「はぁ。なら今日やる?」

「やりだぐねー」

「やらなきゃ平均以下だよ?」

「俺そこまで馬鹿じゃねーよ」

「この前の数学何点だった?」

 また口笛で誤魔化そうとしたが咲に睨まれた。視線が痛い。

「………51」

「平均は?」

「67でした」

「言い訳は?」

「…ありません」

「でしょ?今度平均以下取ってみなよ。また弟君になんか言われるよ?良いの?」

「あれは関係ねーよ!」

 今でも思い出すと腹が立つ。国語で45点をとって耀大に散々からかわれた。

「今日やるっつったってどこでやんだよ?俺の家か?」

「あ、そこまで考えてなかった」

「考えておけよ〜。図書館行くか」

「そうだね。でも一旦家に帰らな…ん?」

「んぇ?」

 咲が急に立ち止まった。咲より少し進んだ場所で俺も止まって咲の視線の先を見る。

 視界の先には窓まで真っ黒に染まった車のような物があった。

「あんな車見た事ある?」

「ねぇな。ナンバープレートも真っ黒だ」

 気になって眺めていると、真っ黒のパーカーを着た人とスーツを着た人が降りてきた。パーカーの人はポケットの中に手を突っ込んでいる。お偉いさんと護衛?

 俺らのいる方向へ向かって来た。普通に歩いているだけなのにどことなく威圧感の様なものを感じる。咲も同じなのか俺の腕を掴んできた。

「ねぇ、別の場所通って帰ろ。邪魔になったら駄目だし」

「あ、ああ」

 振り返って今来た道を戻る。走ったら追いかけられそうで、怖い。

「あっうわっ!」

 両腕を掴まれ背中に回される。何があったのか分からず動けないでいると身体を引き寄せられた。

「何すんだッ!!」

 男の肘が背中に押し付けられる。痛みで声が裏返る。

「動くな」

 耳元で囁かれる。その声で身体が芯から凍えあがった。自分と似たような声。けれど、冷たかった。

「な、何?」

「咲!」

 咲の声を聞いて顔を上げるとパーカーの奴が咲の腕を掴んでいた。そのまま距離をとるように少し離れていく。

「離せ!」

「動くな」

 押し付けられる力が強くなる。ちょうど背骨に当たっているからかとても痛い。

 咲を見ると、パーカーの奴と話している。自分の叫び声で話している内容が聞こえない。

「咲!咲!!」

 抜けだそうともがくがビクともしない。力を入れるとさらに力が強くなる。

「…本当なら…」

「……え?」

 叫ぶのを止めた途端聞こえる、咲の囁くような声。咲は何を言ったんだ?咲が口を動かす。何を言ったのかは分からないが、口の動きを見ると、多分

「ダメだ。ダメだ咲!!!!」

 咲がパーカーの奴と向き合って目を瞑る。その顔はどこか穏やかだ。

 パーカーの奴がポケットから何かを取り出した。光を反射していた。

「咲!!考え直せよ!!咲!!」

 右足を振り上げて、男の脛にぶつける。男がバランスを崩して拘束が緩くなる。今だ!

「咲!!」

 叫びながら走り出した。間に合え……!

「ごめんね。ありがとう」

 そう言って咲は笑顔になり、倒れた。


 またあの日の夢を見た。咲が殺される夢。俺どんだけあの日の事引き摺ってんだよ。

「あー、なんで咲俺を置いてったんだよ」

 いい加減起きよう。ベッドに腰掛けると同時に耀大がドアを開けた。

「おはよ兄ちゃん。母さんがパジャマ出せって」

「おー、その服なに?」

「これ?中学のジャージ。今年から変わった」

「へぇー似合ってんじゃん」

 指でカメラを作って全身が入るように調整する。よく見ると服が大きいのか萌え袖みたいになっていた。

「耀大、ちょっとぶかぶかだな」

「背伸びるかなって思ったんだよ。……変わってないけど」

 最後の方はかなり小さい声だったが、聞き逃すほど俺の耳は馬鹿じゃない。

「伸びるといいな」

「涼太ー!パジャマ!」

「はーい!」

「……すぐ越してやる。じゃ、俺行くね。部活あるし」

「頑張れー。カルシウム取れよ」

「うっせぇ!」

 多分バド部だな。そう言えば耀大今中二だっけ。今までジャージ見た事ないからな。

 なんて考えていると耀大が戻って来た。殴られる?俺格闘技サークル入ってるけど?ファイティングポーズを決める。

「兄ちゃん、父さんが今日一緒に出かけようって言ってたよ。決定事項だから」

「はぁ?何で?」

 思いもよらない方向から来た。何で?

「俺に言うなよ」

 あれか?男同士の付き合いってやつ?バッティングセンターでも行くのか?

「ま、とりあえず着替えるか」


「なぁ、なんでここ?」

「俺の気分」

「父さんも中々気分屋だよな」

「言っとけ」

 何故かショッピングモールの中にあるフードコートに来ていた。

「で?なんで出かけようって言い出したんだよ?」

「さっきから疑問符が多いな。まぁいいか」

「はぐらかすなよ」

「はぐらかしてないさ。今日は涼太に用があったんだ」

「用?」

「ああ。涼太にしか頼めない事だ」

「俺にしか?」

 タイミングが良いのか悪いのか分からないが、ブザーが鳴った。いきなり鳴るな。

「取りに行くか」

 ハンバーガーを取りに行く。そう言えば咲ってチーズハンバーガーが好きだったっけ。

「で、さっきの話の続きだが」

「あ、うん。何?」

「俺の仕事を継いで欲しいんだ。仕事と言っても給料は出てこないボランティアのようなものだが」

「ボランティア?」

「ああ。とりあえず詳細は後だ。朝ご飯まだだろ?」

「まぁそうだけど」

 促されるままハンバーガーを食べる。父さんはもう朝ご飯を食べたのか、たこ焼きを食べていた。

「んで?ボランティアって何?」

「あ、忘れてた。ざっくり言えばな、時を渡る仕事だ」

「はぁ?」

 思わず大きな声が出る。場内アナウンスでかき消されたけど念の為周りを見渡す。

 誰も気づいていなかった。良かった。

「うるさいぞ」

「悪ぃ。でも時を渡る仕事だって何?認知症でもなった?」

「まだ45だ。そんな年齢じゃない」

「だよな?」

「時を渡る仕事…俺らはジドウシャと呼んでいる」

「俺"ら"?」

「ああ。これは代々継いでいる言わば家業だ」

「家業…田平家の家業がジドウシャって訳?」

「まぁそんな感じだ。あとジドウシャは、"時を動く者"と書く」

「時動者…。家業って事は婆ちゃんもやってたのか?」

「いや。時動者は長男縛りだからな。俺の前は母さんの弟が時動者を引き継いだ」

「婆ちゃんの弟…?」

 居たっけ?会った事が無いだけか?何とか記憶を辿るが、居たような覚えがない。俺が産まれる前に死んだとか?

「あぁ、涼太は知らないよな。母さんの弟はな16年前、涼太が小学校に上がる前に死んだんだ。病気でな」

「ん?て事は父さんは16年間続けてんの?」

「そうなるな」

「え、その間仕事と時動者両立させてたの?」

「両立と言ってもボランティアだからな。やりたい時にやる感じで大丈夫だぞ。そもそも依頼者があんま来ないからな」

「依頼者?」

「ああ。時動者を使って過去に飛んだり未来に行ったりする事を望む人達だ」

「へぇー」

 父さん恒例の、昔話を混じえながらの長ったらしい話を要約すると、時動者は過去に強い思い入れがあったり、未来を知りたがってたりする人の中で時空の狭間って所に来た人と接触して依頼者の話を聞いて望む時間に連れていく、それが仕事らしい。

「で、涼太はやるか?」

「そこまで聞いてやらない訳ないだろ?気になるしやる」

「良かった。なら行くか」

「は?行くってどこ?」

「さっき言っただろ?時空の狭間だよ」

「そんな簡単に行けんの?」

「行ける場合もあれば行けない場合もある。無理なら俺が続ける」

「続けるって…」

 プレートを片付けて、父さんについて行く。父さんはエレベーターの所で止まった。

「エレベーター?」

「ああ。まぁなんでもいいがここしかないからな」

 ここしかない?なんでエレベーターにしかないんだ?個室…とか?

「行くぞ」

「あ、うん」

 エレベーターの扉が開く。普通ではありえないくらいの光で、思わず目を瞑る。父さんの足音が聞こえる方へ少し進むと地面が変わったのか、踏みしめる感覚が違った。

「もう大丈夫だぞ」

 ゆっくり目を開ける。1番最初に飛び込んできたのは父さんの服だった。スーツみたいな服を着てる。

「は?な、何その服?」

「これか?これは時動者専用の服だ。お前も着ることになる」

 この服を着ている自分を想像して苦笑いを浮かべた。けど視界に映った車を見て顔が引き攣る。

「あの車……」

「ん?あれか。あの車はな…」

 説明が耳に入ってこなかった。父さんの服もどっかで見た事がある気がするとは思ったがあれだ。

「…咲…」

 咲を殺した奴が乗ってた車で、父さんが着てるのは俺を押さえ付けてきたやつが着ていた服だ。

「で?やるか?」

「…やる」

「分かった。これを持っておけ。マニュアルみたいなやつだ」

 ノートを渡された。服も一緒に渡される。

「多分、幼馴染の子は時動者を使った人に殺されたんだと思う。真相は俺にも分からないから自分で見てみろ。あ、それと敬語は使えるようにしておけよ?」

「頑張る」

 そう言ったのを聞くと父さんは俺に車の鍵を渡してくる。

「はい、引き継ぎ完了」

「…え?」

「引き継ぐにはな、この車の鍵を渡すだけでいいんだ」

「え、これだけ?」

「ああ。驚いたろ?」

「うん。こんなんで大丈夫か?」

「大丈夫だ。それとこれ」

 渡されたのは車の鍵とは違う形の鍵だった。

「依頼者にはこれを渡せ。依頼者が使う気が無くなったら戻ってくる」

 両方の鍵が重く感じたのは気のせいか。


 2日後、自分の家で課題を終わらせていると甲高い音が聞こえた。確かこの音が依頼者が来た合図だっけ。

 扉を開けて時空の狭間へ向かう。あの時エレベーターを使ったのは扉がエレベーターしか無かったからだな。

 真っ黒な車に乗り込んで車を走らせる。自動車の運転免許を取っておいてよかった。

 居たのは自分とそこまで年が離れてなさそうな女性だった。

 ここの説明を一通りして、彼女を家に返す。終始暗い顔をしていたが何かあったのか?

 その次の日。同じ時間にまた音が聞こえて狭間まで行くと昨日の女性が立っていた。

 その女性は矢崎心美と名乗った。確か4年前に誘拐された人だっけ。

「綺麗…」

 バックミラーを見ると矢崎さんが窓に張り付いていた。可愛らしいな。どことなく咲に似ている。

 矢崎さんが言っていた病院が見えて来た。

「もうすぐで着きますよ」

 そう告げると矢崎さんは前を向いた。時空移動する前より顔が少し明るくなっていた。

 1人で大丈夫らしいから車の中で待つ。やっぱ敬語慣れねぇな。

 ふと、窓に映る俺の姿を見てみる。反射した俺の顔は険しくなっていた。間違いなく普段ならしない顔。

「やっぱ俺なのか?」

 あの時、顔はよく分からなかったが何となく分かる。咲が死んだ時俺を押さえ付けていたのは俺だ。

「あー、よく分かんねぇー」

 家に帰ったら父さんに聞いてみるか?でもマニュアルに全部書いてあるって言ってたしな。帰ったらもう1回見よう。

 そう決めた時に、矢崎さんが戻って来た。

「もう大丈夫ですか?」

「うん。話したいこと話せたし」

「では」

 ボタンを押して後部座席のドアを開ける。矢崎さんの目に涙が見えた。何かあったのか?

「ねぇこれでお母さんの寿命が伸びる、とかあるの?」

 そう言われてもこれが初めてだからよく分かんねぇんだよな。父さんから聞いた話をそのまま話す。

 戻って来て矢崎さんを下ろす。そのまま扉を開け帰って行った。ドアの向こうから知っている顔が見えた。何で?あの人が…

「え…なんで…?……創太さんが?」

 何で咲の父親が矢崎さんの所に?矢崎さんを誘拐したのは咲の父親って事か?

 矢崎さんが振り返るのが見えた。


 始めてから1年ほど経つ日、狭間に行くと男の人が倒れていた。

 何があったのか分からないが、体中が傷だらけで左腕は千切れているのか見当たらなかった。

「…いは……た…」

 なんて言ってんだ?多分人の名前っぽいけど。

 とりあえず傷口をどうにかしよう。包帯を巻けば大丈夫か?

 熱もあるから一旦元の場所に戻る。包帯は買いに行った。間に合うと良いが。

 戻ると男性はまだ気を失っていた。バス停のベンチに横に寝させる。痛くないか?

 消毒液等を使って応急処置を施していく。傷口を綺麗にして包帯を巻いていく。痛くないか?

 スマホで応急処置の仕方を確認しながら進めていく。左腕は止血した。やり方合ってんのかこれ?

 また戻って応急処置道具を片付ける。狭間に行くと傷だらけの男性が起き上がっていた。

「俺の子供達はどうなったんだ?」

「子供達?」

「ああ。榛野ライハと榛野創太だ」

 え?榛野創太って創太さんの事だよな?咲が言っていた気がする。咲は両親が離婚する前までは榛野姓だったし。

 黙り込んでいるのを子供達の事を知らないと受け取ったのか、男性が謝罪してきた。

 どうやらこの人は時空の狭間も時動者も信じているようだ。逆に疑われないのも気まずい。

 過去から来た人のケースは今まで無かったけど、こんな対応で大丈夫なのか?

 実家だという場所まで送る。念の為1時間の時間を設けておいた。

 あの人の言ってた人が創太さんならあの人は咲の祖父ってことか?

 俺が来た未来に行きたいと言ってたけど、咲の両親がまだ離婚していない時に来た。別にいいよな?

 咲で思い出した。これで5回目だけど未だに咲を殺した奴が見つからない。

 父さんと何度も話して、犯人は依頼者と確定したが黒いパーカーの人はいない。

 こんな事は今まで無いと言ってたしな。何が起こってんだよ。

 もしかして、咲を殺した奴は俺と一緒じゃなく父さんの前、婆ちゃんの弟と一緒に来たのかもしれない。

 考えがこんがらがってきた時に依頼者が帰ってきた。何も考えないようにしよう。

「俺は…これから死ぬんだな」

 この人は悟っているのだろう。これから死ぬのに晴れやかな顔をしていた。言葉が出てこない。

 大丈夫と言われ少し微笑む。本当の現在は教えられなかった。


「うわ、まじであった」

 ある依頼者が掲示板で俺の存在を知ったらしく探してみたら本当にあった。

「鍵も載ってる…」

 ふと音がした。スマホを置いて狭間へ向かう。車へ乗り込んでバス停へと向かう。

 バス停に座っている人を見て動きが固まりかける。やっと見つけた。

 感情を顔に出さないよう座っている人に近付いていく。

 黒いパーカーの奴が顔を上げた。死んだ目で俺を見てくる。足が止まった。

 何で?見間違いだよな?爪を食い込ませる。痛い。見間違いじゃない。夢だったら良かった。

 咲が暗い目で俺を見つめていた。マスクで顔の大部分隠れてるけど、間違いない。あの人は、あの時に死んだ咲だ。

「…はじめまして」

 大人の咲は少し頷いた。何故だ?咲は7年も前に死んだはず。

「…時動者の田平涼太です」

「…田平」

 咲は少し目を見開いた。マスクでよく聞き取れなかった。

「…涼君?」

「ああ。俺だよ咲」

「あんま久しぶり感がないね。中学の同窓会以来でしょ?」

「…は?」

 なんて言った?7年ぶりだぞ?時差か?

「涼君が時動者なんて思ってなかったよ」

 話が入ってこない。咲は何を言ってるんだ?

「ねぇ、時動者って過去に行けるんでしょ?」

「…ああ」

「行きたい場所があるんだけど、大丈夫?鍵なきゃいけない?」

「いや、そんな事は無い…。今までもあった」

 咲を車に乗せて、俺も車に乗る。

「なぁ咲。何でそんな暗いんだ?」

 話しかける話題絶対違うだろ。何考えてんだよ俺。

「…そっか、違ったしね」

 ほら見ろ、なんて話題振ってんだよ。

「中2の時ちょっと荒れてたじゃん?そん時にいじめで…」

 確かに中2の時ちょっと荒れた。そこは同じか。

「もう、大丈夫、変な事思い出させて悪ぃ」

「ううん。別に大丈夫」

 咲と久しぶりに会話をする。どんな状況か分かってきた。

 多分、この咲は死ななかった時空から来たんだと思う。ここは時空の狭間。どんな時空から来ても不思議じゃない。

「着いたぞ」

「付いてきて欲しいんだけど大丈夫?」

「…ああ」

 一緒に車を出る。俺らの前には幼少期の俺と咲がいた。

「小さい頃の涼君を抑えてて欲しいんだ。良い?」

「……分かった」

 頷くと咲は目を細めて笑った。胸が痛い。

「あっうわっ!」

 過去の俺を捕まえて肘を押し付ける。幼い咲は不安そうな目で俺らを見ている。

 病みそうだ。あの時と同じ光景を違う視点から見ている。

 どうしよう。このまま行けばまた咲は死んでしまう。かと言って今離せば中学生の咲はまた辛い目に遭ってしまう。

「離せ!」

 覚悟を決めよう。もう二度と咲を手放さないように。

「よく聞け。助けたいか?」

「決まってんだろ!」

「静かにしろ。あのままだと咲は死ぬ。俺が隙を見てお前を離す。そしたら走れ。咲を連れてとにかく逃げろ」

「わかっ…た、お前は?」

「俺は俺で考える」

「……信用してねぇからな」

 少し間を置いて幼い咲が頷いた。

「行け」

 そう呟いて手を離す。幼い俺はバランスを崩しながら走り出した。

「咲!!」

 走り出した幼い俺は叫んで幼い咲にぶつかった。大人の咲は後ろへ下がって俺を睨んだ。

「行くぞ咲!」

「っうん!」

 そのまま2人は手を繋いで走り出した。

「涼君…」

「…ダメだ咲」

「…何で?」

「…………帰ろう」

 咲は頷かない。2人が逃げていった先を恨めしそうに見ている。

 抵抗しない咲を連れて車に戻る。一言も話さず車を発進させた。

 しかし何も話すことがない。むしろ今なんか話したら喧嘩になりそうなくらいまである。

「私は過去の自分を助けたかった。涼君はさ、私が死んだ世界から来たんでしょ?どうだった?」

「…虚しかった。いきなり目の前で死んで助けられなった」

「ふーん」

 答えると咲は気の抜けた返事をした。そしてまた黙りこくったままバス停に着いた。

「ごめんね迷惑かけて。殺せなかったけどもういいや」

「…悪い」

「大丈夫だよ。もう」

 咲は扉を開けて戻って行った。俺も戻ろう。助けられたがどことなく気分が下がる。

 車を元に戻して自分も現実に戻る為に扉に手をかけた。

「あ、うぁ」

 頭が痛くなってきた。何が…?


「起きたか」

 目を覚ますと、狭間に置いてあるベンチに寝ていた。何でか父さんが俺の顔を覗き込んでる。

「…え、父さん?」

「今までの記録を全部探していたんだ。お前は違う時空に干渉していた。幼馴染を助けたんだろ?お前が倒れたのは改変の影響で記憶を正しいものにしようとして起こっているものだ」

「記憶を……」

「ああ。お前がちゃんとやってるか気になってきたら、扉の近くで倒れてた。大丈夫か?」

 過保護か。返事の代わりに頷いた。

「父さん、俺は正しかったのかな?」

「さあな。俺には分からん。大丈夫そうなら、もう今日は帰って寝ろ」

 そのまま家に帰される。何が起こったのか分からないが、父さんの言う通り寝よう。


 目を覚ました。まだ依頼者は来ていないし気分転換に散歩でもしよう。財布とスマホを持った。

 咲はあの後どうなったんだ?昨日行く時に、咲は大学に入ったと言っていた。大学名を聞いたらここから近い所だった。まぁ会う確率は低いだろうが。

「はぁ、眩し」

 なんだよこの日差し。暑い。少ししか歩いてないのに汗が止まらない。家に居ればよかった。

「タオルとか持ってきてないの?涼君」

「はぁっ?」

 首が回る勢いで後ろを振り返ると咲が呆れたように俺を見ていた。昨日とは対称的な、涼しそうな白いワンピースを着ている。

「咲っ!」

「うわっ!いきなり抱きつかないでよ」

「昨日はほんとごめん!」

「昨日…?何かあったっけ?」

「は?」

 咲の顔を見ると心底意味がわからないというような顔をしていた。

 もしかして、昨日の咲と今日の咲はまた違う時空なのか?

「ここ日陰だしさちょっと話ししようよ」

「あ、ああ」

 今の咲はなんだか明るそうだな。今の時空だと中2のいじめの時も俺が守った事でそこまで酷くならなかったらしい。

「ねぇこの後暇?」

「ああ」

「じゃあさ、遊びに行かない?中学生の頃みたいにさ」

 咲が昔みたいに笑った。昔から変わらない、何年も見てない笑顔。

「ああ。それもいいな」

 俺も昔みたいに笑えてるのかは、咲の反応を見たらすぐに分かった。

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時動者 鍵月魅争 @key_moon_313

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