第2話
「お父さーん、早く行くよー!」
「ああ。来葉、シートは持ったか?」
「持った!ね、行こ!」
「そう急かすな」
そんな会話をして玄関を出る。家と学校が近い場所にあるから徒歩で向かっていく。
「ねぇ、今日創太のチーム優勝出来るかな?」
「さぁな?でも創太もかなり張り切っているから優勝するさ」
今日、小学校生活最後の運動会だからと家を飛び出して行った創太の姿を思い出す。
「お母さんも、今日じゃなかったら一緒に行けたのにね」
「まぁそう言うな。医者は忙しいんだから」
「むー、ま、でもいっか!今日は私がお母さんの目になるんだ!」
「目?」
「うん!これ!お母さんの!」
そう言いながら来葉が見せたのは三玖のビデオカメラだった。
「これで創太を録画してほしいって頼まれたんだ!」
そう言えば昨日、三玖が夜勤に行く前に来葉と何か話していたがそれの話をしていたのか。
「使い方は分かるのか?」
「うん!昨日お母さんが教えてくれたんだ!」
「そうか。来葉は覚えが早いな」
「えへへ」
微笑みながら頭を撫でてやる。来葉が走り出さないよう手を繋いだ。
「よーし、着いた!」
「シートをどこに置こうか」
「ねぇお父さん!見て見て、今のところ創太のところが1番だよ!」
「おー、頑張ってるな」
まだ自分の席に座っているであろう創太を探す。すぐに見つかった。
「創太!すごいじゃん!」
「うわぁ!姉さん?!」
後ろの席に座っている創太に来葉が飛びつく。
「今来たの?」
「ああ。シートを置く場所探しててな。偶然創太を見つけたからついでにな」
「ふーん。ねぇ僕の順番あとちょっとだからさ、それまでにシート置いて来てよ!」
「ああ。そうするさ。来葉おいで」
「大丈夫だよ!私去年までここの児童だったんだもん、迷わない!」
「そうか?」
「うん!私他のとこ行くからお父さんシート置いてきて!はいこれ!」
「あ、ああ」
元気よくシートを俺に押し付けて来葉は走り出した。まだ反抗期は来ないと思っていたが、それは甘えだったのか…
「だってさお父さん。ねぇ、いつもの裏山の近くにしてよ」
「分かってるさ。じゃあ創太、走るの頑張れよ」
「うん」
いつもの場所にシートを置こうとしたが、1週間ほど降り続いていた大雨の影響か、地面がぬかるんでいた。
木陰になって涼しいし、ちょうどグラウンドも見やすいから気に入っていたが違う場所に置かざるを得ないようだ。
舌打ちをして建物の影になっているところにシートを設置した。もう少し日が昇れば完全に日向になるな。こんな事になるならテントを持ってくればよかった。
カバンをシートの上に置き、冷やしタオルを取り出して首にかける。来葉の分は置いて行こう。いつもの場所とそれ程離れていないし、シートも派手な黄色だから来葉もすぐに分かるだろう。
創太の順番が来るまではここで一休みしよう。まだ30代前半だが体力が足りない。
『6年生の児童は100メートル走の準備を始めてください。繰り返します。6年生の児童は100メートル走の準備を始めてください』
アナウンスが入って、創太達が動き出した。見やすい場所へ行こう。
「おとーさーん!創太の出番だよ!」
まだ準備の段階だが、来葉が走って来た。若いっていいな。
「まだ準備だろう?」
「準備から場所取りしなきゃ!すぐに埋まっちゃうよ?」
「そうか。なら行くか。引っ張るな」
「早く行くよ!」
来葉に帽子を被せてタオルを持たせる。タオルは首にかけてやった。
結局、創太の座っていた席に近いところで観ることになった。
「創太何番目に出てくるの?」
「2番目だな」
「創太走るの速いからきっと1位だよね」
「そうだといいんな」
すぐに創太の番がやってきた。来葉の言っていた通り観戦場所がすぐに埋まっていた。
1番手が走り出す。青組の児童が1位だったが、緑組がすぐに追い抜いて1位で突破した。
「おー、強いな」
「創太が1番気合が入ってるって言ってたからね」
「次創太だぞ」
「あ、ほんとだ!創太ー!頑張れー!」
来葉にビデオカメラの用意を促す。
創太が走り出す。初っ端から突っ切って1位を保っていく。何事もなく1位のままゴールテープを切った。
「やった!お父さん、創太!創太1位だよ!」
「流石」
創太の活躍をビデオカメラに録画出来たためシートまで戻る。
「アイス買ってくるよ。何がいい?」
「モナカチョコ!」
「ん、分かった。大人しく待ってるんだぞ」
「うん!」
競技中だからか並ばずに買えた。走らない程度にシートへ急ぐ。
シートに戻り来葉にアイスを渡すとすぐに食べ始めた。首に巻いたタオルで口に付いたチョコを取っていく。
物を食べる時だけは動かないからようやく一息つける。袋を開けてアイスを取り出して食べる。冷えたチョコアイスが頭を冷やしていく。
「あー、美味しかったね!」
「食べるのはやいな」
「お父さんが遅いだけだと思うよ?あ!得点でた!」
「今んとこ1位か。青と赤が2位争いだな。これをどこまで離せられるかね」
「グーンって、突き放せられたら面白いよね!逆に黄色が逆転してきても面白いかも!」
「ああ、赤と青が同率1位でもそれはそれで面白い…な?」
ふと、裏山の方から何か音が聞こえた。後ろを振り向く。しかし何も無かった。気のせいか?
「?どうしたの?お父さん?」
「いや、何でもない。ゴミを捨ててくる」
「うん、いってらっしゃーい!」
嫌な予感がする。すぐに戻ろう。この予感が気のせいであってくれ。
走ってゴミ箱に捨ててまた走って戻る。学生時代は陸上で走り込んでいたが、流石に歳か?
まただ。今度は大きい音で誰もが裏山の方を見た。予感は当たってしまった。
山が崩れて来る。かなりのスピードだ。来葉が動けなくなっている。
「来葉!!」
走りながら叫ぶ。声で正気に戻ったのか、靴も履かずに走って来る。
「お父さん!!」
来葉が手を伸ばしてきたから俺も手を伸ばす。届け。
「お父さん!」
届いた、と同時に土砂がこっちにやって来ていた。
ゆっくりと目を開けた。視界が暗く死んだのかと思ったが、身体が痛いから多分生きている。
何が起こったんだ?覚えているのは、学校の裏山の土砂が近くに居た俺と来葉に向かって来るところまでだった。
来葉は無事か?創太は?来葉は気を失う前に近くに居たから多分近くに居るだろう。けれど創太は?創太は自分の席に居たから、離れているかもしれない。なら早く動かなければ。だが体が動きそうになかった。
今自分の体はどうなっているんだ?右腕に意識を集中させてみる。全ての指先が動いた感触があったから右腕は無事だ。左腕は切断されたのか、何も感覚がなかった。足は両足とも無事そうだ。
声が聞こえた。捜索隊か?すぐに創太の声が聞こえた。泣いているのか大声を出している。元気そうで良かった。
肩の荷が降りた気がしたが、まだ来葉が見つかっていない。来葉は大丈夫か?死んでいないといいが。
そんな思いとは裏腹に、創太の姉を呼ぶ声が聞こえた。来葉も見つかったようだ。良かった。
ん?捜索隊の声が大きくなった。何を言っているのかは聞き取れないが、何かを見つけたのか?
!!腹に激痛が走る。何かが腹に刺さったのか?声にすらならない音が出る。
意識が薄くなっていく。消えて行く意識の中で自分の死を悟った。
また目が覚めた。今度こそ死んだのか?
ゆっくり起き上がると腹に違和感を感じてシャツを捲ると包帯が巻かれていた。誰が巻いたんだ?左腕がある場所を見ると、肩から少し行ったところで包帯が巻かれていた。そこから先は無くなっている。両足には少しだけ包帯が巻かれている程度で済んでいた。
前から音が聞こえた。前を向くと全身真っ黒の車がやって来た。窓まで真っ黒だが前が見えているのか?
滑らかに黒い車が停車する。車の運転手であろう人が出てきた。
19、20だろうか?青年は俺を見て心配したのか、こちらに向かってきた。
「あの、お怪我は大丈夫ですか?」
「ああ。もうどこも痛くないな」
「そうですか。ここへ来てみたら貴方が倒れていたので、応急処置として包帯を巻いておきました」
「これ、お前がやったのだな。ありがとう」
「いえ、それと少し熱が出ていたようなので、念の為」
そういうと青年はしゃがみ込んで何かを拾った。よく見ると、いつも俺が使っているのと似たようなデザインのハンカチだった。
「何から何まですまない」
「いえ、気になさらないで下さい。これも仕事なので」
「仕事?」
「はい」
普通のタクシー運転手はここまでやるのか?いや、今はここはどこなのか聞いたほうがいいのか?
「なあ、ここは何処なんだ?」
「ここは時空の狭間です」
「時空の狭間…か」
天国だと思っていたけど、それとは違うようだ。まぁそれもそれで面白いか。
「俺の子供達はどうなったんだ?」
「子供達?」
「ああ。榛野来葉と、榛野創太だ」
名前を知らないのか、青年は黙り込んでしまった。
「いや、知らないなら大丈夫だ」
「すみません。少し聞きたいことがあるのですが大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。なんだ?」
「貴方がここへ来た時、西暦何年でした?」
「西暦?1993年だが?」
「1993年…なるほど…」
「どうかしたのか?」
「いや、実は私は2001年産まれなんですよ」
「2001年?」
ん?なんかの予言で1999年7月に人類滅亡するとか言ってなかったか?あれ外れたのか?
「外れたのか…」
「外れた?」
「いや、なんでもない。さっきここは時空の狭間と言っていたよな?」
「はい」
「なら、過去の人物が未来の人物と会っていてもおかしくは無いのか」
「?疑わないのですか?」
「逆になぜ疑う?」
「ほとんどの人が、かなり疑っていらっしゃったので」
「流石にここまで現実離れした場所にいて詳細を知る者を疑う程俺は馬鹿じゃない」
「そうですか…」
ずっと疑われ続けていたのだろう、青年はほっとしたようにため息をついた。
「なぁこれから俺はどうなるんだ?」
「これから…ですか。本来なら一度は現実に戻りますが、貴方の場合は特殊ですからね」
「特殊?」
「はい。なんと言っていいのか分かりませんがとにかく、今貴方を現実に戻してしまうと貴方は死んでしまう事になります」
「そうか…」
「……貴方は行きたい未来等はありますか?」
「行きたい未来?」
「はい」
青年の反応だと、このまま戻っても戻らなくても俺は死んでしまうのだろう。
行きたい未来……、やはり未来の、2001年産まれの青年が20歳くらいという事は青年は2021年から来たんだろう。
「なら、君が来た未来へ行きたいな。生きている家族の様子がみたい」
「分かりました。体は大丈夫ですか?」
「ああ。動ける」
「なら、こちらへ」
例の黒い車の中へ入る。椅子に腰かけるとかなり柔らかかった。
「では、参ります」
静かに動き始めた。自動車が全くうるさくない。
「そう言えば、お前の職業はなんだ?」
「私の本職は単なる大学生ですよ。これはボランティアですかね」
「ボランティア?」
「はい。"時を動く者"と書いて時動者。ここへ来た人を過去や未来へ連れていくボランティアです」
「ほう、面白そうだな。21世紀では誰でも時空旅行出来るのか?」
「いえ、これが出来るのは時動者の私だけです。流石に21世紀でも宇宙旅行は出来ても、時空旅行は難しいです」
「宇宙旅行…」
つい一年前に、日本人初のスペースシャトルに乗って宇宙へ行った人が居るのに。28年間でそこまで世界の技術は進歩したんだな。
辺りの景色が変わる。綺麗だな。もしかして宇宙はこんな景色なのか?宇宙旅行が出来ているらしいから、この青年も宇宙へ行った事があるのか?
20分程で景色が変わったが何だここは?ビルが多い。そしてやけに騒がしい。
しかし、すぐに山の景色になる。一気にビルが無くなった。
「着きましたよ」
流石に故郷の景色は変わっていなかった。近くに実家が建っている。改装したのか、新しくはなっているが、懐かしく感じた。
「今は丁度お盆です。皆さん揃っておられるかもしれませんね」
「揃っているといいが…」
青年に支えられながら車を降りる。久しぶりに故郷の空気を吸った。
「私はここで待っています。なるべく1時間以内にここに戻ってきてくださいね」
「分かった」
家まで歩いて行く。玄関は空いていた。
「ただいま」
合ってるかは分からないが、何となく声に出してみる。
すぐに走る音が聞こえた。
「はい、どちらさ……ま…」
髪が長くなっているが間違いなく来葉だった。あの土砂崩れで失明したのだろう、右目には眼帯があった。
「お、父さ…ん…だよね?」
「姉さん?何か…!父さん!?何で?!」
すぐに創太もやって来た。目を丸くしたあと、すぐに戻った。
「お父さん…お父さん!」
来葉が泣きながらしがみついて来る。父親っ子なのは昔から変わっていないようだ。
「貴方…!」
三玖がやってきた。なるべく笑ってみる。
「老けたな。三玖」
「そりゃそうよ、あれから21年もたっているんだもの」
創太がお茶とお菓子を持ってきた。そのまま玄関で話し始める。
左腕が無いのはかなり不便だな。利き腕ではないが。
あの日、何があったのかを来葉が話し始めた。
あの日来葉が見つかった時に大声が上がったのは来葉が切断された俺の左腕を持っている状態で見つかったから。そしてその後、来葉のすぐ近くで俺が遺体で発見されたらしい。
「それでさ、創太あの日から変わっちゃったんだ」
来葉がそう切り出したのは創太がトイレに行った時だった。
「一気に友人とか家族とかが居なくなっちゃったからだと思うんだけどね、なんと言うか、過保護?になっちゃったんだ。私がちょっとでも怪我したらめちゃめちゃ心配してきてさ。私も気持ち分かるけど」
「まだ小学生だったからね。しかも運動会の時だったから、拒絶反応の1種かもね」
「そうか、創太も変わったんだな」
元から少し心配症だった創太だ。変わってしまうのも無理がない。
「なになに?何の話してんの?」
「なんでもないよ」
「…創太。娘…俺で言うところの孫がいるんだって?大事に育ててあげろよ?俺みたいに中途半端になる前に」
「うん」
もうそろそろで1時間がたってしまう。
「すまない。俺はもうそろそろ行かなくてはならない」
「え…」
「ふふ。大丈夫よ。この子達は私が責任もって育て上げるから。私もヨボヨボになって会ってやるから覚悟しておきなさいよ」
半泣きになっている創太と、完全に泣いてしまっている来葉の頭を撫でて家を出た。
「どうでしたか?」
「皆大きくなっていた」
我ながら素っ気ないな。そう思いながら車に乗り込んだ。
また、宇宙空間のような場所を通る。そう言えば来葉達に宇宙旅行したのか聞き忘れた。
またバス停に戻ってきた。ベンチに座って、近くに立つ青年に話しかける
「俺は…これから死ぬんだな」
「……はい。そうなりますね」
「気にするな。お前さんのお陰で未練が晴れた。ありがとう」
「仕事…ですから」
気が付いたら後ろに鉄製の扉があった。
「何から何までありがとう。もう大丈夫だ」
「そうですか…」
青年は少しだけ笑う。固い雰囲気だった青年の周りが柔らかくなったような気がした。
ドアノブを回して扉を開ける。明るい光に包まれた。
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