第一の刺客(5)
言われた言葉を受け止め、噛み砕いて、理解が間違いないか確認して、そして唯真は口を開く。
「……冗談ですよね?そんな理由で私殺されそうになったんですか?占いの結果見て人を殺すんですかあなた達?
占いなんてそんなお遊びみたいなもの信じて殺人犯すんですか?あなた達おかしいです。そんなのただのカルト宗教じゃないですか!」
起き上がれない弱った体で三対一で囲まれていて、逆らう口を利くのは賢いやり方ではない。
それは十分分かった上で、言わずにはいられなかった。
唯真は過去の職務中、弱い立場の人、心が弱った人に付け込む悪質な宗教詐欺を多数見てきた。
中には同じ人間が考えたとは思えないような、残酷なやり口もあった。
そんなものに自分も巻き込まれたのかと思うと、何かが自分の中でブチ切れた。
信用できそうだと思った人物が、そんなものに関わっていると分かって激しく失望したのだ。
私帰ります、と言い捨てて、唯真は無理矢理起き上がろうとする。
視界がぐらぐらと揺れ平衡感覚が狂ったまま、それでも歯を食いしばって体を起こす。
精神力だけで起き上がりベットを降りようとする唯真を、美鈴が席を立って駆け寄り支えようとする。しかしその手を唯真が押し返す。
「触らないでください」
回る視界に見る間に気分が悪くなる。困った顔をする美鈴の脇をすり抜けドアへ向かおうとする。
帰れる訳がないのは分かっている。頭では分かっている。子供じみた態度なのは重々理解していた。
それでも何か抵抗してやりたかった。途中で倒れても良いからこの部屋を出たかった。それほど頭にきていたのだ。
ふらつきながらドアノブに手を掛けようとした時、足が床を離れ、体が浮いた。その体の動きだけでもう吐きそうになる。
何が見えているのか分からないほど目が回り始めた唯真を軽々と抱き上げ、織哉が半ば関心した様子で言う。
「お姉さん呆れるほど気が強いね。警察辞めた理由、上司に楯突いたんでしょ絶対。せっかく美人なんだからカッカしないで笑顔で世渡りした方が一〇〇倍良いよ」
「余計なお世話よ触らないで!」
叫んで怒鳴ってなおめまいが酷くなり、唯真は不本意ながら織哉に抱き上げられてベットに送還される。
ぐったりした唯真をベットにそっと寝かせ、静かに掛布をかけてからおまけにポンポンと子供にするように掛布を軽くはたいてやる。
「はい、ゆっくり休んでね。ちなみに御乙神家は、歴史が千年からある霊能術家で依頼は紹介でしか受けないの。だから世間の表にも出ないし、幸せになるツボとかも売ってないよ」
その辺のサギ師と一緒にしないでね、と笑顔でのたまう織哉に、唯真が渾身の怒りを込めて言ってやる。
「いちいち一言多いのよあなたは!あなただけはここを出る前にボコボコにしてやるから覚えてなさい!」
「うん楽しみにしてる。美人のお姉さんと組み手なんて夢のよう。俺、寝技がいいな」
しれっとセクハラ満載でからかってくる年下に、唯真が明確な殺意を抱いた所で輝明が仲裁に入る。
先ほどまでの重々しさはなく達観したようにため息を吐いている。
「佐藤さん本当にすまない。昔から色々と悪ふざけが過ぎる弟で、でもこれでも術師としての腕は間違いないんだ。だからあなたの護衛に選んだ。少々騒がしいかもしれないが、しばらく我慢して織哉を傍においてくれないか?」
ベットに帰ってめまいが落ち着いてきた唯真が、目に見えて顔をしかめる。眉根の間に深い皺が寄っている。
その様子を見て織哉が悲しげに言う。いかにもわざとらしく。
「そんなあらかさまにイヤそうな顔しなくても。炎の呪詛もきっちり撃退したじゃない。俺なかなか使えるよ?」
「イヤそうじゃないのイヤなの!その前に御乙神さん、私をここに留め置くつもりですか?占いなんかのためにここに隔離されるんですか?そんなのできませんよ。
私は元警官で、現役の警察官に友人がそれなりに居ます。マンションが火事になった上私は行方不明ですから、とうに事件として捜査を始めているはずです。
私の知り合いは優秀ですから、すぐにここを突き止めるでしょう。そうしたらあなた達は放火の上拉致監禁の現行犯で逮捕されます。それでもいいんですか?」
ベットから起き上がれないのに、それでも正面切って脅しをかけてくる唯真に、輝明ではなく織哉が答える。呆れ顔で。
「お姉さん本当に交渉下手だねカッカし過ぎだよ。こんな時は下手に出て相手の出方を見た方が良いよ。力づくの勝負するのは本当に最後の手段だよ」
「そんな事分かってるわよあなたが怒らせてるんでしょ!」
「分かってないから言われるんだよ。警察は動かないよ。御乙神家の絡む事件には、警察は手を出さないんだ。
俺達が絡む事件は、常識では説明できないことが多いからね。世間を騒がせないためにも、昔からそういう取り決めがなされているんだ」
「嘘。そんなバカな話ある訳ない。聞いたこともない。私は警察内部にいた人間よ」
「言い方悪いけど、下の方には知らされてない。警察上部のごく一部の役職者が就任の際に引き継いでいるそうだよ。だから事件が起こっても、自然な形でいつの間にか事件は消えてる。誰もが納得いく形で、納得のいく解決結果が用意されるんだ。
だからお姉さんの件も、いくらお友達が優秀でも報告が上がる段階で事件は自然な形で消えてしまうよ」
そんな、と唯真は呟き、言葉が出なくなる。めまいが酷くなりそうな気配がして、思わず目を閉じた。
自分の知る常識から外れた話ばかりで、もう何が正しいのか正しくないのか、判断が付かなくなりそうだった。
目を閉じ沈黙した唯真は、織哉が「お姉さ~ん」呼ぶ声など無視する。
それでもまた「お姉さ~ん、ちょっとこっち見て?」と軽い口調で呼び声がする。
ガン無視して今まで聞いた話を頭の中で反復していると、更に「佐藤唯真さ~ん。ちょっとこっち見て?面白いものが見られるよ~」と、実にさわやかな調子で呼びかけてくる。
自分の体調の悪さを心底悔やみながら、目を開けキツい視線を声の方に向ける。そして唖然とした。
「これで少しは信じる気になった?」
織哉は空中に『立っていた』。足は唯真の顔の横辺りにあり、そこから姿勢良く立って腕を組み、唯真の顔を上から覗き込んでいる。
そういえば、呼ぶ声は妙に高い場所から聞こえていた。
先日、居酒屋で井ノ上が目を丸くしていたように、今度は唯真が目を丸くする番だった。
どこからか緩く吹く風が、目を見開いたまま織哉を凝視している唯真の髪を、わずかに揺らした。
いくら目を凝らして織哉を上から下まで見てみても、空中浮遊の仕掛けのようなものは見えなかった。
唯真は今、ダブルベットの端の方に寝ていて、そのすぐ横で織哉は空中に立っている。
靴下を履いた織哉の足は、どう見ても、床から五〇センチほどの高さの空中に浮いていた。
ふわり、と柔らかく動いて、織哉は空中で移動した。
仰向けの唯真の上で、唯真から一メーターほどの高さで軽く膝を曲げ向き合う様な姿勢となる。
自分を驚愕の表情で凝視する唯真へ向かって、髪が柔らかく風に踊る織哉はにっこり笑った。
「あんまり曲芸みたいなことは好きじゃないんだけど、特別にね。俺と輝明は一族の中でも特に変わり種なんだけど、まあ、こういう普通じゃない人間の集まりなんだよ御乙神一族は」
驚きのあまり言葉の出ない唯真に、空中から向き合う織哉の説明は続く。
「命術、卜術、相術、世界中に沢山の占術があるけれど、御乙神一族の術師が最終で最高の切り札として使うのは、霊能力を使って未来を霊視する
この先視で、占った全員が御乙神家の滅亡とあなたの事を視た。これだけの人数の術師達がぴったり同じ結果を出してくるなんてまず有り得ない。どんなに腕の良い術師でも、多少の『揺らぎ』はあるものなんだ。
と、いうことは、あなたに関する未来は、かなりの確率で確定だってことだ」
そこまで言って、織哉は薄く風を吹かせながら空中でしなやかに一回転して着地した。自分の席へと戻る。
弟の様子を腕組みして目で追っていた輝明が、唯真に視線を戻し話を引き継いだ。
「僕は一族の
しかし分家の代表である
だから今はこの宗家屋敷に留まるのが一番安全だ。自分自身の安全のために、しばらくここにいてくれないか」
「占術の結果は絶対ではなく、未来は変わる場合もあるんだ。現在の行動が、未来を作っていくからね。
今は先視のビジョンが、お姉さんの子供が御乙神一族を殲滅させる事しか映し出さないけど、輝明はこれから占術を続けて周辺の事情が視えてきたら、それを元に未来を変える行動を起こすつもりなんだ。
だからもう少し事情が分かって来るまではここにいた方がいい」
今までの信じがたい出来事を総決算する織哉のパフォーマンスは、輝明の話に一気に現実味を与えた。
だからと言って、今聞かされた話を全て信じる気にはどうしてもなれなかった。
第一輝明達が完全な味方だとは限らない。今日会ったばかりの人間を、丸々信じる訳にはいかない。
シンプルだが豪華な部屋に、沈黙が流れる。輝明と織哉が、唯真の答えを待っていた。
唯真は、木目美しい板の張られた天井を見つめながら息を吐く。
この体調ではどうせろくに動けないし、人知を超えた能力を持つらしい彼らにどう対応すれば良いのかも分からない。
第一この建物の所在地も不明だ。今の時点での自力での逃走は難しい。
とりあえずここにいれば、重量物が落ちてきたりガラス片が飛んできたり炎の大蛇が襲ってきたりはしないのだろう。
まずはここで体調を回復させながら情報を集めた方が得策だ。というより、今の唯真にはそれしか選択肢はない。
唯真はまた息を吐いた。目を閉じ、開いて、そして言う。
「あと一ヶ月で受験なんだけど、それまでには帰れる?」
天井を見たまま言う唯真へ、う~ん、と唸って織哉が答える。
「受験を控えていたんだよね。可哀相だけど、あと一ヶ月では無理だよ」
何となく分かってはいたけれど、はっきりと言葉になると受けるダメージは大きい。唯真はまた目をつぶり、もうそのままで言った。
「すみません。疲れてしまったので、一人にしてもらえませんか?」
それだけ言って唯真は沈黙した。固く目をつぶって、周囲を全て拒絶する。
三人は目でうなづき合い、静かに席を立つ。退室する際、美鈴が小さく声をかける。
「隣の部屋に居ますので、何かあったら声をかけてくださいね」
おやすみなさい、と家族に対する様な物言いで声をかけ、明かりを消して部屋を出ていく。一貫して、病人に対する心遣いが感じられる対応だった。
常夜灯が薄く照らす室内は、静まり返った。閉められた板戸の隙間から洩れてくる光は無く、どうやら時間帯は既に日没を迎えていたようだ。
外からは風の音一つすら聞こえてこない。室内を含め周辺は、不自然なほど静まり返っていて、まるで深い深い水底にいるようだった。
唯真はまた息を吐く。もう何度目だろうか。考えなければならない事は山ほどあるのに、全身が重い疲労に飲み込まれていく。
大して時間もかからず、唯真の意識は闇に落ちた。
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