翔子と望
紫光なる輝きの幸せを
翔子と望
「Take your mark」
スタート台に足を乗せ、傾斜したバックプレートに右足指を掛ける。
それから隣でスタード台に両足の指をかける選手を横目に見た。
(今日こそ負けない!)
スタート告げるブザーが鳴り、よそ見の分だけ出遅れた。
全選手が前を進む中で必死に泳いでもなかなか差が詰まらない。
水を掻く腕が遅い。
腰が回らない。
脚に纏わりつく水が重い。
(それに汗が目に入って痛い。汗? ゴーグルをしてるのに?)
「泪はなぁ。心の汗なんよ。いくら流してもええんよ」
(どうして、こんな時にコーチの言葉を思い出すの。私…泣いてる? 負けるから? そんなの絶対にイヤ!!)
「お疲れさま」
声とほぼ同時に後ろからひんやりと冷たく細い指が肩に触れる。
「今回もわたしの勝ちね」
「うるさいなぁ。そんなの分かってますぅ。分かってるからその金キラ見せびらかさないでよぉ」
「はいはい。キックスタートして最後はクロール・ドルフィンまで出したのにね。あれ、秘密兵器だったんでしょ?」
「それでも負けましたよぉだ。ちぇっ、小3までは私の方が早かったのにさぁ」
「ふふっ、そんな昔の話を持ち出されてもね」
(いじめられっこのわたしを水泳教室に誘ってくれて…競争が始まったんだっけ…)
肩に触れた細い指をつーっと滑らせて首の根元で無造作に黒のゴムでまとめられた塩素焼けで茶色くなった長い髪に触れる。
「願掛け髪だっけ。随分と伸びちゃったね」
「今年こそ叶えるからいいの。ほら、仲間が呼んでるよ。さっさと行きなって」
「はいはい、じゃあね」
「
去りゆく背中に声をかけられと振り返った拍子に優勝の証の金メダルが揺れる。
「全国じゃ負けないから」
そう言う胸には準優勝の銀メダルが揺れていた。
「うん、決勝戦で待ってる」
(本当は、わたしよりも速いのに…わたしを意識しすぎるからぎくしゃくしちゃってるだけ。わたしを意識して欲しいから教えてあげないけど。他の高校に行ったのだって、その方がわたしを意識してくれるだからしね……)
そっと肩越しに後ろを見ると、さっきまでのむくれた顔は何処へやら。銀メダルを眺め、にへにへ笑みを浮かべている。
「ほら、本当は二着だって嬉しいくせに」
その声が聞こえたかのように笑みが消えて真剣な顔つきに変わった。
(全国で絶対勝つ。勝って
「…ふふっ。何を考えているのか想像がついちゃうな。わたしもよ。翔ちゃん…だいす――」
ぱしゃん。
想いを乗せた言葉は、プールの波しぶきと共に消えた――
翔子と望 紫光なる輝きの幸せを @violet-of-purpure
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