第68話「賑やかな日々は続く」

 私の日常に平穏が戻った。

 とはいえ、暇になったわけじゃない。ルトゥールの魔境はいまだ活況。日々、冒険者が中に入って探索中だ。町も好景気に沸いている。


「えっとね、魔法陣の解除と魔境の魔力の浄化を一度にやった感じ。周囲から集めた魔力を私の杖を通して無害な魔力に変えたんだ。あの杖の力のおかげでできたことなんだけれど」


「言葉の意味はわかるけど、全然具体的な想像ができませんわ。戦ってる後ろで凄いことをしていたんですのね」


 廃墟の魔境での戦いから二日。カザリンが工房を訪ねてきた。会うのはあの時以来だ。

 普通にお店が忙しかったらしい。会うなりトラヤに「あの時なにがあったんですの」と激しく質問しはじめたところだ。


「考えてみると無茶苦茶よね。魔境の魔力一つを吸い込んで変換する杖なんて。魔法使いってやっぱり凄いわ」


「イルマさんも十分凄いと思いますわよ。あの暴れよう」


「うん。凄かった」


 短く答えたトラヤはカザリンの持って来たお菓子を美味しそうに頬張っている。もうすっかり元気だ。


「いやいや、さすがに魔境一つ消滅させるのはまだできないから」


 廃墟の魔境はもう存在しない。

 トラヤの言葉通り、あの魔境は消滅してしまった。

 現れた時は大問題だと思ったのに、こうして消えるとあっさりしたものだ。


「というかカザリン。お店はいいの?」


「平気ですわ。むしろ、ルトゥールを救った魔法使いと錬金術師とは仲良くするようにと皆から言われておりますの。はい、依頼の書類」


 言うなり懐から仕事の依頼を出してきた。

 受け取って確認すると、錬金具製作の依頼がいくつか記されている。それも攻撃的でない、観賞用のものだ。


「ありがとう。これなら納期に間に合うわ」


「助かりますわ。なにか力になれることがあれば言ってくださいまし。個人的にはトラヤさんにも何か差し上げたいのですが」


「わたしはこういうお菓子がいいなー。カザリンさんが持ってくるもの全部美味しいから」


「では、選りすぐりをお持ちしますわ。イルマさんもリクエストがあれば言ってくださいね」


「頻繁にここに通う気ね。いいけど」


 彼女がルトゥールにいる限り、長い付き合いになるだろう。危険な場所にまで一緒に来てくれる友人は貴重だ。


「そうだ、トラヤ。私の師匠、ハンナ先生に会ってくれない?」


「イルマの錬金術の塔でのお師匠様だよね。前から会って話したいと思ってたんだ。リベッタさんのところにいっても、何故かいつも話せなかったんだよね」


「そうね。いつも忙しくて錬金具が繋がらないのよね。今回お世話になったし、一度話をさせてあげたくて」


 これまで間が悪すぎてトラヤと話すことができなかったハンナ先生だけど、今度は違う。上手く予定を合わせてあげれば、いけるはずだ。


「じゃあ、予定合わせよ。楽しみだなぁ。イルマの昔の話とか、色々聞きたい!」


「イルマさんの昔話が好きですものね、トラヤさんは」


「待って、初耳なんだけど。私のいない時に会ってなに話してるの?」


「世間話ですわ」


「世間話だよ」


 昔のことを聞かれるのが嫌というわけじゃないけど、なんか不安を誘う言い方だった。一体、どんな情報が渡ってるんだ。


「ともあれ、これで本来の日常に戻りましたわね」


 自分の手で追加の紅茶を淹れながらカザリンが言う。私とトラヤの淹れ方が気に入らないようで、ここに来るときはいつも自前だ。


「でも、魔境は相変わらずだから。たまにこういう事件が起きるでしょうね」


「じゃあもっと修行しなきゃだね。せっかく作って貰った杖があるんだから、使いこなさないと」


 トラヤの杖は今も部屋の片隅に立っている。なにもない時は、魔力で自立するなんか凄い杖だ。


「そうね。私も今回のを見て色々試したいことがあるし」


「……今度はなにを思いついたの?」


「そういえば、先ほど「まだ」とか仰ってましたね」


 急に不安そうな顔をした二人を安心させるために、私は説明する。というか、このアイデアは話したくてたまらない。


「トラヤの杖を見て思いついたの。あれ、魔境の魔力を一度集めて、変換したようなものでしょ。だったらレシピの応用で、魔境全体の魔力を変換して一気に爆破できるじゃないかって」


 かつて私の故郷を救ってくれた錬金術師さん。

 その人は、小さな魔境である魔物の巣をまるごと爆破した。

 今回の件で、私はついにそれを可能にする手がかりを得たんだ。

 手法は違うかもしれないけれど、これなら魔境をまるごと爆破できるはず。なんとか小さな魔境くらいはいけるようにしたい。


「どう、結構凄いと思わない?」


「カザリンさん、イルマが危険なことをしそうになったら、相談するから」


「ええ、何かあったら私からも、お話致しますわ」


 なんだか深刻な顔で取り決めを交わし出す二人。しまった、「魔境をまるごと爆破」は言葉として不穏すぎたか。


「二人とも、私を信用してよ。迷惑かけるようなことなんて、しないわよ。……滅多に」


「自分で信じ切れてませんじゃないですの!」


「イルマ、実験する時、必ずわたしも呼んでね。何とかするから」


 うん、まるで信用がないな。この件は都度相談しよう。


「すぐに実験なんてしないわよ。しばらくは勉強よ。まずはルトゥール最高の錬金術師を目指すんだから」


「現実的な目標でなによりですわ」


「頑張ろうね、イルマ」


 友人二人が安心したのを見て、私はテーブル上のお菓子を口に放り込んだ。

 まだ一日は終わっていない。このお茶が終わったら、少しは仕事をしておこう。

 それから、新しいレシピ作りと筋トレだ。

 

 明日以降もきっと、賑やかな日々が続くはず。楽しい日々であるといい。


 そんなことを考えながら、私は紅茶でお菓子を一気に流し込んだ。


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あとがき


最後までお読み頂き、ありがとうございます。

久しぶりの更新で読んでくださった方、新しく読んでくださった方、どちらに対しても感謝です。


今後もイルマ達はこのノリで元気に過ごすことかと思います。

もし、またの機会があれば読んで頂けると嬉しいです。


また、楽しんで頂けましたら☆レビューを入れて頂けると、作者がとても喜びます。


最後にもう一度、ありがとうございました。

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おちこぼれ錬金術師の工房経営 みなかみしょう @shou_minakami

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