第67話「爆発と閃光」

 私達は廃墟目指して前進する。それも空から。爆裂球をまき散らして。

 トラヤの生み出した魔法の絨毯で移動を始めた私達は、すぐに特製爆裂球の投下をはじめた。

 なにせ魔法生物は数が多い。中心の廃墟に近づくにつれて密度も濃いし、大きいのもいる。 

 そんなわけで、容赦なく爆撃した。

 轟音と轟炎。静かだった廃墟の魔境は、とんでもなく騒がしい一帯へと変貌していた。


「よし……発動。もいっちょ……発動。あ、あの辺にもいる……発動」

 

 手の平より大きな爆裂球を投げ、ちょっと落ちたら発動する。しばらくすると地面のかなりの範囲が爆炎に包まれる。


 これを錬金術師五人でやっているので、魔法の絨毯が上空を通過した後は大変なことになっていた。


「ひでぇなこれ。戦いですらねぇ」


「わかっていたが、凄いものだ」


 後ろからリーダーさんとセラさんのそんな会話が聞こえた。他の人達もなにかしら言っているだろうけど、聞こえない。なにせ、音が大きいので。


「……発動! うん。まだ在庫に余裕あるわ。トラヤ、下はどんな感じ?」


「わたし達の通り道にいたのは大体殲滅できてるみたい。さすがに特別大きいのは殲滅までいかないけど」


「そっか。大物は無理だったか」


 今使っているのは範囲重視のものだ。威力の方は仕方ない。ここは戦果に繋がっていることを喜ぼう。


「もうちょっとで廃墟の上ね。近づいたら、上昇をお願いね。それから結界」


「わかってる。念入りにするね。イルマのすることだから」


 凄く真面目な顔をしてトラヤが言った。私がどんなことをやらかすと思っているんだろう。

 程なくして、魔法の絨毯は廃墟の上に到着した。

 私が爆裂球を投げるのをやめると他の錬金術師達もそれに習う。


「廃墟上空についたんで、上昇します」


「ふぅ……なんだか貴重だけど恐ろしい体験をしていますわ」


「凄いですねこれ。地面に落ちるのは小さな爆裂球なのに、威力が普通じゃない」


 カザリンとルニさんがそんな感想を呟く。一息ついた錬金術師とは対象的に、冒険者達が装備を再確認し、いつでも戦える態勢に入った。この後、吹き飛んだ廃墟に入ってからは彼らが頼みだ。


「トラヤ、この辺りでいいわ。結界をお願いね」


「うん。強めにするよ」


 そう言ってトラヤが杖を振ると、絨毯が球形の結界に包まれた。


「イルマの投げる錬金具だけ通るから、安心して」


「魔法って本当に便利ね」


 その応用性に感動しつつ、私はリュックから一つの錬金具を取り出す。

 大きさは先ほどまで投げていた錬金具と同じくらいの球形。違うのはその表面にいくつもの赤色の宝石が輝いていること。


「その大きさで吹き飛ばせるんですの?」


「うん。そのはず。前に小さいので実験した」


「そんなことしてるんだ」


「驚かせたくって、こっそりね」


 その時は威力に我ながら驚いたことは黙っておこう。ちょっと髪も焦げたし。


「じゃ、いくわよ。……とりゃあ!」


 私が新型爆裂球を投げると、綺麗な放物線を描いて、廃墟に飛んでいった。

 魔法の絨毯から十分に離れたのを確認してから、私は錬金杖を廃墟に向ける。


「発動!」


 直後、廃墟が爆炎に変化した。


「う、うおおおお!」


「きゃああああ!」


 押し寄せる爆音と衝撃波。先ほどまで廃墟があった場所が火球に変わったのを見て、歴戦の冒険者も叫び声をあげる。


 トラヤの結界はさすがの一言で、新型爆裂球の衝撃波を通しもしなかった。


「こ、恐かった。なんか、爆発した衝撃波が目に見えたんだけど。廃墟どころか辺り一面爆発したじゃん……」


「な、なにをしたんですの……」


「さ、さすが爆破の女帝……」


 友人知人もめちゃくちゃ驚いていた。


「今投げた爆裂球も二重になっていてね。最初に火と風の魔力を一気に周囲に展開するの。それから時間をおいて、第二弾が起爆。空間全部が爆破されるって仕組みよ。タイミングに苦労したわ」


「…………脳のどこを使えばそういう発想ができるんですの?」


 カザリンが本気の目で言ってきた。トラヤとルニさんも同じ目をしている。

 

「威力は十分だったみたいだから良いじゃないか。トラヤ嬢、状況は?」


 横で見ていたセラさんが不穏な空気を察したのかフォローしてくれた。

 杖を手にトラヤが地上を見下ろす。私も見たが、予定通り、廃墟は消し飛んでクレーターみたいになっている。中心部の台座と魔法陣だけが無事だ。


「うん。魔法生物はいないよ。降りて作業を始めよう」

 

 言うなり降下をはじめる魔法の絨毯。私達錬金術師はトラヤの周囲に。冒険者達は更にその周りを固めるべく、位置を変える。


「地上に降りたら壁を頼む」


「はい。可能な限り援護します」


「少しは働かないと報酬を貰いにくいからな。ほどほどでいいぜ」


 剣を構えながら軽口を叩いたリーダーさんを見て、周囲の空気が少し和らいだ。


 魔法の絨毯は地面に着地すると同時に消えた。


「これから私が魔法を解除にかかります。少しの間、時間を稼いでください」


 杖の宝玉を輝かせながら、トラヤは頭を下げる。


「もちろん。任せてくれ!」


 冒険者達が魔法陣を中心に散る。私達錬金術師はその周りに錬金具で結界の壁を作成。使っているのは金剛壁という錬金具で、ドラゴン退治の時にも使った強力な魔力の盾を生み出すやつだ。


 トラヤは魔法陣の前に立つと、杖を掲げて静かに詠唱をはじめた。


『標の元に立つ 我ら境界の力 礎に刻みし道筋よ 根源へと還らん 礎は始まりの境界へと続き 混沌へと至らん』


 地水火風、四つの属性に対応した宝玉が激しく輝く。


『礎は混沌 全ての礎となりしもの……』


 今回は以前より詠唱が長い。なんか、上手くいってるっぽい。


「来たぞ!」

 

 セラさんの声で、私の視線はトラヤから外れた。

 廃墟周辺にいた魔法生物。倒しきれなかった分がもうやってきていた。

 私は腰のバッグから指向性爆裂の矢を取り出す。集団戦を考慮して、威力を抑えたやつだ。 あくまでも、冒険者達の援護に徹する。こういう戦いは私の専門じゃない。


 ここにきて、ようやく戦いらしい戦いが始まった。

 剣や槍、弓矢、それと錬金具が魔法生物相手に乱れ飛ぶ。

 基本は結界で足止め、隙間からの攻撃だ。

 集まっているのは熟練の冒険者ばかり、魔法生物は着実に退治されていく。


「……順調だけど。どんどん数が増えてるわね」


「廃墟に近づくほど魔法生物は多いみたいでしたから。外に結構いたということですわね」


 凍結系の錬金具を投げながら、カザリンが落ちついた声で言った。商人とは思えない戦い慣れた動きだ。


「こ、この増え方はまずいですよ。一時間も持ちこたえられないかも」


 回復系の錬金具を発動ながら言うルニさん。

 私がどれだけ爆破しても、数の暴力には勝てない。まだまだ未熟だ。昔私を救ってくれた人みたいに、魔境ごと爆破できるような力があればいいんだけど。


「大きいのが来たぞ!」


 冒険者の誰かの声を聞いてそちらを向くと、そこにいたのは巨大な魔法生物。

 以前、水晶の渓谷で見た巨人よりも更に大きい。片手で人間を三人くらいなら叩き潰せそうなサイズだ。


「こ、こんな大きいの、いましたの?」


「もしかしたら、合体して大きくなったのかもしれません」


「厄介すぎるわよ……発動!」


 腰のバッグから指向性爆裂の矢を五本取りだし、投擲。相手が大きすぎるので狙い通り直撃だ。

 当たると同時に、矢の中から超高温の火炎流が吹き出し、巨人を貫く。


「…………」


 熱と風に焼かれた魔法生物の巨人は音すら立てずに崩れていく。


「さすがですわ! イルマさん!」


「ありがと。でも、そんなに数がないわよ」


 幸い、巨人サイズの魔法生物は他にはこない。でも、ルニさんが言ってたように合体でもしてたら厄介だ。

 思ったよりも状況が厳しい。頼みのトラヤの方はどうなった。


 状況分析しつつ魔法陣の方に振り返る。


 そこでは、杖を掲げた魔法使いが全身から魔力の光を放っていた。

 杖の先端についた四色の宝玉は力強く輝き、光の流れが装飾の中で生まれている。

 光の向かう先は、杖の中央にある無色の宝玉。


 魔法使いでない私でも想像がつく、あの無色の宝玉に向かって物凄い魔力の流れが生まれている。トラヤ自身までも魔法の一部として、あの杖は力を発揮している。


「また巨人が来たぞ! しかも複数だ!」

 

 誰の声かわからない。でも、微塵も歓迎できないその内容に眉を潜めた時だった。


『我 境界に立ちしもの ここに告げる』


 トラヤの澄んだ声が、空間全体に響き渡った。


『混沌よ、境界より還りよ!』


 魔法使いが輝く杖を掲げると、その先端から光が迸った。まるで光の衝撃波だ。まるで形を持っているみたいな不思議な光が杖から発されて、辺り一面を駆け抜けた。

 一瞬だけ目を灼くような閃光。


 思わず目を閉じたんだけど、不思議と目は痛くなかった。

 ゆっくり瞼をあけると全てが終わっていた。


「……終わったよ、イルマ。大変だったね」


 視線の先、いつもの調子で言うトラヤがいた。

 慌てて周囲を見回すと、先ほどまで私達目掛けて押し寄せていた魔法生物が全部消えている。


「ぜ、全部消えてますわ。今の一瞬でなにが」


「わ、私ちょっと見えたんですけど。あの光が当たった瞬間、魔法生物が消えてました」


「俺も見たぜ。砕けるとか崩れるとかじゃねぇ。空気に溶けるみたいに消えちまった」


 カザリン、ルニさん、リーダーさん。その場の冒険者が戸惑いつつも似たようなことを言っている。


「つまり、上手くいったってことでいいのよね?」


 近くに駆け寄って、問いかけると、トラヤは満面の笑みで浮かべる。


「うん。この魔境の魔法は解除したよ。しばらくしたら全部消えちゃう。ほら」


 指で示された先は魔法陣のあった台座。

 私の爆破にすら耐えた魔法陣は綺麗さっぱりなくなっていた。

 本当に上手くいったらしい。


「今日は帰って組合で祝勝会ね」


「うん。楽しみだね」


 久しぶりに見る上機嫌な相棒に、こちらもなんだか嬉しくなってきた。


「帰りましょ。私達の町に」


 こうして、ルトゥールを騒がせた廃墟の魔境での事件は幕を閉じた。

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