第66話「廃墟の魔境 再び」

 準備ができてしまえば、そこからの動きは速かった。

 トラヤの杖が完成してすぐに、冒険者組合は廃墟の魔境への突入部隊を編成。速やかに作戦を確認し、実行に移した。


 杖が完成して二日後、私達は廃墟の魔境に辿り着いた。

 

 今回編成されたのはドラゴン退治の面々に加え、新たに町に来た熟練の冒険者達が数名。それと、私が指定した錬金術師だ。


 冒険者達は組合から与えられた装備に身を固め、錬金術師はいつもより大荷物。

 そんな一団で入り込んだ魔境は、以前とは様変わりしていた。


「本当に広くなってる。倍なんてもんじゃないわね」


「魔力を集めてどんどん強力になってるんだよ。わたしの想像より凄いかも」


 以前は森を抜けてすぐがすり鉢状の地形になっていた。それが今やすり鉢の外に広い平原が現れている。森、平原、凹んだ地面の中央に廃墟。しかも平原部分は結構広い。小さな集落くらいできそうだ。

 見つけて十日くらいしかたっていない魔境としては異常な成長速度といってもいいはず。


「なんで私まで呼ばれてるんですの……。本業は商人なんですけど」


「一か八かで問い合わせたら秘書さんが『地域貢献も仕事だから是非どうぞ』って言って快諾だったわ。凄い職場環境を作ってるわね、カザリン」

 

 今回の作戦にあたって、私は錬金術師の追加をお願いした。ここの魔法生物と戦う上で手が足りないからだ。そこで、声をかけたらカザリンと、先日会ったルニさんが加わってくれた。戦える錬金術師は貴重だから、ありがたい。


「あの子は私を絶対に死なないと思ってるんですわ。前もそれで結構酷い目にあってるんですの」


「信頼されてるんだね。大丈夫だから安心してよ」


 ぶつぶつ言うカザリンにトラヤが明るく言った。今日の彼女は調子が良さそうだ。新しい杖を嬉しそうに振り回している。


「あの、イルマさん。本当にこれだけで大丈夫なんですか。結構いますよ?」


 不安げに聞いてきたのはルニさんだ。作戦内容を知っていてもそうなるのは仕方ない。廃墟までの道を見れば、そこかしこに不定形の人型が見える。魔法生物は少なく見積もっても数百はいる。


「作戦通りいけば大丈夫。トラヤ、お願い」


「ほいっ。……風よ運べ」


 トラヤが杖を両手でもって呪文を唱えると、私達の足下が輝きだした。魔力の輝きだ。

 魔力はそのまま薄く広がっていく、まるで輝く布だ。


「光の運び手よ、来たれ」


 どよめく周囲を気にせずにトラヤが詠唱を完成させると、地面からの感触が別物になった。まるで、ちょっと柔らかい布みたいな感覚。


「はい。ちょっと上昇ー」


 トラヤの声に会わせて、魔力野庭が私達を乗せてゆっくりと上昇する。


「凄いな。まるでおとぎ話の魔法の絨毯だ」


「多分、この魔法のことがそう伝わったんだと思うよ。これで廃墟まで一直線。あの魔法生物は飛べないみたいだからね」


 トラヤの新しい杖は、彼女の魔法を飛躍的に高めた。なんだかとても凄い杖ができたらしい。これまでできなかった魔法が簡単に扱えるそうだ。

 この移動の魔法もその成果の一つである。


「道中はイルマ嬢の作った爆裂球で魔法生物を減らし、廃墟も爆破か」


「はい。あの廃墟の中が一番敵が多いと思うんで、一掃します」


 今回の作戦はこうだ。

 トラヤが魔法で私達を空から運び、高所を生かして爆撃しまくる。

 魔境の中心であり、一番の危険地帯である廃墟は、私の特別製の爆破で消し飛ばす。


「なあ、勢いあまって魔法陣ごと吹き飛ばして危ないことになったりしないのか?」


 そう聞いてきたのはドラゴン退治の時にもお世話になったリーダーさんだ。この作戦に賛成してくれた人だが、同時にやりすぎを心配してもいる人である。


「それは大丈夫。あの魔法陣は普通の爆破くらいじゃ消えないから。多分、建物がなくなってすっきりするんじゃないかな」


「わかった。じゃあ、俺達は魔法が解除されるまで、そこで踏ん張るだけだ」


 廃墟の敵を吹き飛ばした後、周辺の魔法生物が集まってくる。冒険者達の役目は、トラヤガ魔法陣を解除するまでの時間稼ぎになる。それは私達錬金術師も同じで、可能な限り壁を作る。


「使う爆裂球はこれね」


 ゆっくり上昇する魔法の絨毯の上で、私は持ち込んだ木箱から爆裂球を取り出す。


「結構大きいですわね。特別製と聞いておりますけど」


 爆裂球を受け取りながらカザリンが言う。今回のやつは手に収まらないくらい大型だ。もちろん、理由はある。


「これは中に小さな爆裂球が入っていてね。発動すると、落下中に地面に向かって広範囲に飛び散るの。それで、地面に接触した瞬間に起爆。今日いる錬金術師で投げまくればかなりの範囲を爆破できるわ」


 今回の件で参加した錬金術師は全部で五人。私達以外は冒険者パーティーのベテランだ。多分、ルトゥールで最も戦い慣れた面々である。


「今更どうこう言いたくないのですけど、良くもまあ思いつきますわね」


「役に立ってるからいいじゃない」


「わ、私は素敵だと思います」


「ルニさん、あんまり褒めるとイルマは調子に乗って変なことするからやめてね」


 なんだか色々言われているが、準備は整った。魔法の絨毯は十分に上昇。四階建ての建物くらいの高さまで来た。


「す、すごい高さまで上がるんだな。でも、安定してる」


「速度は出さないから安心してね」


 下を見て驚くセラさんにイルマが言う。冒険者達も弓矢や剣などの準備を完了。念のための備えだ。


 錬金術師達は、それぞれ魔法の絨毯の端につく。私は前方だ。すぐ横には爆裂球の詰まった木箱。投げまくってやる。きっと楽しい。


「準備いいわよ、トラヤ」


「じゃ、行くよ。みんな、頑張ろうね」

 

 魔法使いの言葉にその場の全員がそれぞれ返事をする。

 それを聞いた後、トラヤは満面の笑みで魔法の絨毯を動かした。

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