第6話 尋問
<前回のあらすじ>
吸血行為には重要な意味があった
<本編>
翌朝、俺は茜と一緒に登校していた。
学校に近づくほど同じ高校の生徒は増える。
それに比例して俺たちに集まる視線も増える。
よく考えたら今の俺たちは一緒に登校するカップルに見えなくもない。
その上茜は「舞い降りた天使」と異名が付くほど人気のある女子。
これだけの視線を集めるのも当然と言える。
俺はこちらに向けられる大量の視線にずいぶん前から居心地の悪さを感じているのだが、茜は特に気にしている様子はない。
「なあ、一緒に登校してよかったのか?すげー見られてるんだが」
「いいんですよこれで。男避けにちょうどいいんです」
茜はめちゃくちゃモテる。
その理由の一つとして浮いた話の噂が全くないということがある。
学校屈指の美少女。しかも万年フリー。告白する輩が絶えないのは必然である。
だから茜は俺を隠れ蓑にすることで言い寄ってくる男の対策をとることにしたらしい。
「俺なんかが男避けとして機能するとは思えないんだが」
「確かに先輩の魅力程度では全くのゼロになるとは思いません。でも先輩は体格よくて顔も若干怖いのでそれなりに効果は発揮すると思うんですよね。その威圧感は数少ない先輩の長所です」
いろいろ余計だが茜の言うことも一理ある。
俺は背丈があり仏頂面なので初対面の人には威圧感を与えてしまうようなのだ。
それでも昨日教室で盛大にいじられたように、打ち解けてしまえばみんなフレンドリーに接してくれる。
だから主に俺と交流がないヤツに対しての効果しか期待できなさそうだが。
「だから彼氏のふりをしろとまでは言いませんが、先輩が少なからず私に好意を持っているように振舞ってほしいんです。そうしないとわざわざ一緒に登校している意味がありませんから」
要は茜にアタックすると俺と対立する可能性があると思わせるように振舞えということらしい。
え、俺そんなに怖がられてるの?
暴走族どころか喧嘩もまともにしたことがないパンピーなんだけど。
自然な笑顔を作るトレーニングを割と本気で検討しつつ、茜に一つ気になったことを聞く。
「お前さ、俺に好きな人とかいたらどうするつもりだったん?」
いないんだけどさ。
「どうせいないんだからいいでしょ?それに先輩に好きな人がいたとしても成就することはありえないから問題ありません」
「お?そんなこと言っていいのか?俺は恋愛においては無敗の男だぞ?」
「戦を仕掛けたことがないが故の無敗記録なんてソシャゲのランキングくらい価値の無い称号です」
正論が俺の心にクリティカルヒットした。
教室に着くとすぐに俺の友達である高藤純也が話しかけてきた。
「なあ晴樹、お前1年の宮内茜と付き合ってるってマジ?」
さっそくか。
純也は学校内のニュースをいち早く仕入れてくる情報通だ。
情報屋というあだ名が付けられるほどの手腕の持ち主である。
それでも早すぎる気がするが、それだけ茜が人気だということだろう。
純也と俺の会話を耳にしたクラスメイトがこちらのようすを伺っている気配を感じる。
「いや、付き合ってない」
とりあえず交際については否定しておく。
下手に嘘をつくと後々ぼろが出そうだし。
「ほーん。じゃあなんで今朝一緒に登校してたんだ?」
どうしてと言われても……一緒に住んでいるからなんて絶対に言えない。
「俺と茜は同じ中学で同じ部活だったからな。それで交流があっただけだよ」
当たり障りのない事実を告げる。ぶっきらぼうにならないように注意しながら。
茜に課された指令通りに受け答えできているのだろうか。
自分では判断がつかないため上手くできているのか不安になる。
「そうか、中学の後輩ってわけか」
つかんだネタのオチが中学時代の先輩後輩という面白みに欠けるものだったからか、純也は少しがっかりしている。
ただ後輩と登校するだけでえげつない注目のされ方をする俺の身にもなってほしい。
情報屋のくせにしつこく質問してこないのは純也が他人のことを慮ることができる優しい心の持ち主だからだろう。
クラスメイト達も事の真相を聞いて俺に向けていた関心を別のことに移したようだ。
「じゃあ晴樹は宮内さんのこと好きじゃないの?」
「おっと急用があったんだった」
「どこに行く晴樹」
鎮火しかけたボヤに油をぶちまけて火災を発生させたのはクラスメイトの北爪穂香だ。
そして純也が俺の肩をつかんで脱走を阻止する。
離れていたクラスメイトの関心が一気に戻ってくる。
やってくれたな穂香!!!
思わず穂香の方を見ると、不敵な笑みをこちらに向けている。
こいつ……事態が悪化するとわかった上でわざとやりやがった。
とにかくこの場を治めるために適当な言い訳を考えなければならない。
付き合ってはいないけれど俺が茜に好意を抱いているかもしれないと思わせる絶妙な言い訳を。
「いやいや、好きじゃないよ。ただの後輩。友達みたいな感じ」
「本当ににそうか?隠さなくていいんだぞ。学校のアイドルを好きになっても笑うやつはいないって」
「本当にそんなんじゃないっての。今朝のは偶然だ。たまたま会ったから一緒に登校しただけで……」
出来る限り表情を崩さないように努めて言い訳を並べる。
いつの間にか純也の背後にはクラスのほとんどの男女が押し寄せている。
その様子から改めて茜の人気っぷりを思い知らされる。
というか茜が言った俺の威圧感全く機能してねえな。
純也の後ろにいるの半分くらい喋ったことない奴らだぞ。
じっと俺の顔を見つめる純也。
たのむ、今の言い訳で納得してくれ……
「ま、そうだよな。この俺がお前とずっと一緒にいて誰かを好きになったなんて話ただの一度も聞いたことないし」
俺の願いが通じたのか、純也は俺を問い詰めるのをやめた。
願いが通じたというよりも情報屋としての経験から合理的な推測をしたという方が正しいか。
ともかくこの場は収まりそうだ。
野次馬のクラスメイト達も引き上げつつある。
ふう、やっとこの局面を乗り切っ――
「でも晴樹、昨日宮内さんと一緒にお昼食べてたよね」
「取り押さえろ」
「穂香貴様ぁああああ!!!!」
またもや穂香がガソリンをぶちまける。
そして穂香は純也の指示で動いたクラスメイトに組み伏せられる俺を毒薬を作る魔女のような笑顔で眺めている。
こいつ……後で絶対絞める。
「晴樹ぃ。こいつはどう言い訳するんだ?」
純也が組み伏せられた俺の顔を覗き込みながら問い詰めてくる。
前言撤回。こいつの性根は腐りきっている。
「本当に付き合ってないのか?」
「付き合ってない!それは本当だ!」
ここで付き合ってると宣言すれば茜にとんでもない迷惑がかかる。
それだけは阻止しなければ。
「じゃあ宮内のこと好きじゃないのか?」
クラス全体が敵の超アウェーなこの状況。
その上俺には茜に出された「私に少し興味があることを示唆しろ」という指令がある。
それを踏まえた上でこいつらを納得させてこの難局を乗り切るだけの説得力をもつ言い訳、それは――
「好き!俺は茜のことが好きなんだよ!」
俺の平和な高校生活の終了が確定した。
後輩吸血鬼と下僕先輩 @makoshi_tomo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。後輩吸血鬼と下僕先輩の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます