第5話 吸血の意味
<前回のあらすじ>
茜は自分の力を制御できない未熟な吸血鬼だった
<本編>
帰りのホームルームが終わり、帰宅する。
茜は用事があるらしく、俺は一人先に帰ることになった。
昼休みに茜から聞いた情報を整理する。
吸血鬼は人の血を吸う。
吸血鬼は身体能力が尋常じゃない。
吸血鬼は本来の姿になることで能力が劇的に向上する。ただし茜は制御できない。
こんなところか。
ここに帰ったら聞く予定の茜が俺の血を吸う理由が加わる。
以上が俺が今日知った吸血鬼に関する情報だ。
他には俗説の弱点はほとんど効かないだとか、隷属因子による支配が可能という能力もある。
ふとある疑問が浮かぶ。
吸血鬼は人間より格段に優れた能力を持っている。
なのにどうして実在していることが認知されていないのだろうか。
現代で吸血鬼がの存在が確認されているのはフィクションの中や伝説、民話の中くらいだ。
その気になれば人間なんて簡単に淘汰できそうなのになぜ?
そんなことをぼーっと考えながら家に向かっていた。
家の近くのコンビニに差し掛かった時、突然見知らぬ人に話しかけられた。
「君、匂うんだけど……どうして?」
すぐ後ろで聞こえたその声に反応して振り返りながら飛びのく。
そこには俺と同じ高校の制服を着た女子生徒が立っていた。
戸惑う俺を無視して女子生徒は質問を続ける。
「ねえ、どうして君から吸血鬼の匂いがするの?」
意外な単語が聞こえて更に動揺する。
吸血鬼の匂いについて初対面の俺に尋ねるなんて普通じゃない。
「き、吸血鬼?何のことですか?」
少し声が裏返った。
明らかに怪しい返答をしてしまい後悔した。
今の返事で俺が吸血鬼とつながりがあることを確信したのか、女子生徒はこちらに歩み寄ってくる。
「そんなに警戒しないでよ。私は敵じゃないよ。私、
そう言って鈴原響子はこの場を去った。
俺と茜以外に吸血鬼を知る存在。
彼女はいったい何者なんだろうか。
「――ということがあったんだけど」
俺は夕食を食べながら茜に鈴原響子のことを伝えた。
もしかしたら茜が何か危険なことに巻き込まれているのかもしれない。
そう思って大分真剣に話したのだが、当の茜は意に介していない様子だった。
しかも鈴原響子のことは知っているようで、「そのうちわかりますよ」と言ってスルーした。
若干の不安を残しつつ、俺は夕食を食べ進めた。
「昼休みの話の続きをしたいんですけどいいですか?」
夕食を食べ終え食器を洗っていると風呂上がりの茜がカウンター越しに話しかけてきた。
俺は了承の意を示してから洗い物を中断しダイニングテーブルに着いた。
向かいにタオルを首にかけた茜が座る。
風呂上がりの茜を見ていると改めてこの家に住人が増えたことを実感する。
滞在二日目にして勝手に風呂を沸かして入浴を済ませている。
遠慮というものを知らないのだろうか。
そして思春期の女子として一人暮らしの男の家に住むということについてどう考えているのだろうか。
なんてことを聞いたら「先輩にはそんなことを気にするに値するほどの魅力はありません」とかなんとか言われるのがオチだ。
それはそれでムカつくなという俺の考えを茜の言葉が遮った。
「先輩、聞いてますか?」
「え?あ、ああごめん。聞いてなかった」
はぁーっと大きなため息をつく茜。
「どうせ先輩のことだから風呂上がりの私を見ていかがわしい妄想をしていたのでしょうが、妙な真似したら頭潰しますからね」
この自意識過剰女とんでもないことを口走っているが、本当にできる力を持っているから怖い。
ここは黙って従っておこう。
咳ばらいをし、茜が再度説明を開始する。
「私が先輩の血を吸う理由なんですが、主に2つあります。1つ目は吸血鬼としての本来の欲求を満たすため、2つ目は力を制御するためです」
真剣な面持ちで話す茜。
どうやら吸血行為には重要な意味があったようだ。
「吸血鬼本来の欲求というのは、人間の生き血をすすることです。幼いうちは吸わなくても大丈夫です。しかし成体に近づくにつれて吸血鬼としての欲求が強くなります。膨張した欲求が満たされないと禁断症状が出てきます。だから定期的に吸わないといけないのです」
「なら毎日血を吸わなきゃまずいんじゃないか?たしか昨日は吸ってないよな」
「そこまで頻繁に吸わなくても大丈夫ですよ。週に2,3回程度で大丈夫です。まあ、先輩がどうしてもっていうなら毎日でも吸ってあげますけど」
「遠慮しとく」
不貞腐れる茜。
そんな顔されてもなあ…毎日吸われたら貧血で倒れそうだし。
というか一昨日吸われすぎて気絶したばっかだから無闇に吸わせるのはやめよう。
「で、2つ目の力を制御するためってのは?」
そっぽ向いてる茜に説明を求める。
「……人間の生き血には吸血鬼にだけ作用する成分が含まれています。それを身体に蓄積させることで吸血鬼は溢れ出る力を制御しているんです」
若干投げやり気味に答える茜。
いい加減機嫌直せよ。
しかし力の制御か。
茜の力は昼休みに確認した。それは一目で生身の人間じゃ到底適わないとわかるほどのものだった。
それほどまでに危険な力だというのに茜は完全に制御できないという。
……仕方がないか。
「そういうことなら……吸うか?毎日」
茜に首筋を晒して提案する俺。
これは安全を確保するために必要な行為なんであり決して如何わしいことではない。
そのはずなのだがどうも気恥しい。
だから今は視線を茜の顔から逸らしている。
「……!さっすが先輩!ご褒美にこのタオルあげます!」
「え――うわっぷ」
茜は嬉しそうに肩にかけたタオルを俺の顔面目掛けて投げてきた。
軽く湿っていたので顔に張り付いた。
慣れ親しんだ自宅の香りに紛れて別の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
その香りに一瞬心を奪われたが何とか正気に戻る。
「いきなり何しやがる!」
「先輩が喜ぶかなと思って。嗅いじゃいましたよね?私の匂い」
「か、嗅いでねーし。何も匂わなかったし。そもそもお前の匂いとか微塵も興味ねーし」
断じて匂いを嗅いだりなどしていない。匂いが勝手に鼻に侵入してきただけだ。
「素直じゃないですね。まあいいです。今日のところはそういうことにしといてあげます。ではおやすみなさい、先輩」
茜は就寝の挨拶をして自室に引き上げていった。
パタンとドアが閉まり、部屋が静寂に満たされる。
先ほどまでの賑やかさの反動で一気に寂しさが押し寄せてきた。
俺も寝ようと思い立ち上がると、足下に落ちている先程振り払ったタオルに目が留まる。
それを洗濯カゴに入れるために拾い上げる。
拾い上げたものの何となくタオルから視線を外せない。
俺が手にしているのは何の変哲もないタオル。
決してJKが風呂上がりに使用したことで付加価値が付いたタオルなどと思っていない。
しかしなぜか俺の手の中にあるただのタオルに視線が釘付けになる。
………………スンッ
匂いを嗅いだ瞬間、体中に電流が走った。
JKの付加価値パネェ。
匂いが鼻に到達した瞬間、快感と同時に安らぎが体に充満する。
何とは言わないが女子高生ものが常に人気な理由の一端を垣間見た気がする。
湿った
この破壊力……天に召されるかもしれない。
ああ、まさしく天にも昇る気分――!?
昇天しかけた俺を地面に縛り付けたのは突如感じた悪意の乗った視線だった。
視線のする方向を見ると、ドアが少しだけ開いている。
壁とドアの間にできた一筋の暗闇に浮かぶのは、こちらを凝視する目と口角の上がった口元。
全身の血の気が引いていくのが分かった。
「せんぱ~い……み~ちゃった♡」
「あっあ、茜!?お前自分の部屋に戻ったはずじゃ……」
ニタニタという擬音がぴったりな笑みを浮かべながら茜がリビングに入ってきた。
「先輩が素直じゃなかったので戻ったふりをしてこっそり様子を観察してたんですよ。そしたらまさか先輩が私の匂いがしみ込んだタオルに顔をうずめてる現場を目撃してしまうなんて。先輩やっぱり私の匂い大好きじゃないですか」
「ち、ちがっ、これは嗅ぎ慣れない匂いがしたから好奇心を掻き立てられただけであって別に好きってわけじゃ……」
「そうですか。ところでロリ巨乳大使先輩。ここに幸せそうな顔してタオルに顔をうずめる男の動画があるんですけど、新しいあだ名欲しいですか?」
「私はご主人様の匂いが大好きです。大好きなのでこれ以上私の名誉を汚すのはやめてください」
新たな忌み名の命名は免れたが従順な下僕に一歩近づいてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます