第4話 吸血鬼について

<前回のあらすじ>

 茜が我が家に住み着いた


<本編>

 「そういえば今日は血を吸わなくていいのか?」

 夕飯の準備をしながら俺は茜に問いかける。

 吸血鬼は毎日血を吸うものだと思っていたので今日一日何もされなかったことが意外だった。

 疑問を呈す俺を不思議そうに見つめる茜。

 「なんだ?俺変なこと言ったか?」

 茜は首を左右に振り答える。

 「先輩っておかしいですよね」

 は?と抗議の意味を込めて茜を睨む。

 ニンニク好きな吸血鬼におかしいとか言われたくないんだが。

 茜は腹を立てた俺を見てクスリと笑いながら言う。

 「普通、血を吸わせてくれって言ったらもっと拒否しますよ。それなのに自分から血を吸うかどうか聞いてくるなんてどんだけお人よしなんですか」

 言われてみればその通りだ。

 普通は吸血されるなんて未知の行為、しかも明らかに自分に害のある行為を進んで行うなんておかしい。

 うーん、茜は俺にとって可愛い後輩って感じだし、今更吸血鬼でしたって言われて恐怖より心配が勝つんだよな。進化してるとはいえ人間に紛れて生きるのは苦労するだろうし――

 そこまで考えたところでふと茜の方を見ると、顔を赤らめてプルプルしていた。

 「あ、もしかして声に出てた?」

 やっちまった。これは恥ずかしい。

 気まずくなって思わず目をそらしてしまった。

 図らずとも歯の浮くようなセリフを口にしてしまった事実に赤面する。

 「でもあれくらいで照れるなんて茜も可愛いとこがあるごはっ」

 俺の言葉を遮ってソファから立ち上がった茜は目にもとまらぬ速さで腹パンをかましてきた。俺はたまらずうずくまる。

 「調子に乗らないでください先輩。先輩ごときのくっさいせりふでときめく女の子なんていませんよ。鏡を見て身の程を知ってください」

 見上げた茜の表情は先ほどとは対照的に無表情で、冷めた視線を向けてきた。

 だが俺はそれが照れ隠しだと確信した。なぜなら――

 「はっ、じゃあなんで耳が真っ赤なんでしょうねぇ???」

 なぜなら耳が真っ赤なままだったからだ。

 勝ちを確信した俺は立ち上がって全力で茜を煽る。

 「はっはー!詰めが甘かったなあ!効いてないアピールが逆に照れ隠しの判断材料にされて余計恥ずかしいよなあ?!」

 追い打ちを決め、オーバーキルでノックアウトしたと確信し勝ち誇る。

 「南条先輩……」

 俺の全力の煽り攻撃で再び赤面して膝から崩れ落ちた××がゆらゆらと立ち上がる。

 「お?どうした?まだ照れ隠し続けるのか??」

 俺は忘れていた。茜は俺のご主人様で、俺は茜の下僕ということを。

 立ち上がった茜は真っ赤な顔よりさらに赤い瞳で俺を睨みつけ、命ずる。

 「クラスLINEで性癖を曝露しなさい」

 「やめろおおおおおおお!!!」

 その夜、「2-3」のトーク欄に俺の性癖が自らの手によってばらまかれた。


 俺の学校生活はクラスメイトとの爽やかな挨拶から始まる。

 「おはよー」

 「おはようロリ巨乳大使」

 「おーっすロリ巨乳大使」

 「おはよう南条く…ロリ巨乳大使くん」

 「ちょっと待てやあ!!!!」

 爽やかな挨拶は俺の大変不名誉なあだ名の発表会となっていた。

 「なんだそのとんでもないあだ名は!?名誉棄損で訴えるぞ!」

 「だってなー」と周囲の人間と目くばせをしながら笑うのは、俺のクラスで一番仲のいい友達の高藤純也たかとうじゅんやだ。

 「お前、昨日のクラスLINE覚えてねえのか?」

 こらえきれずに吹き出す友人に殺意を覚えながら、昨日のクラスLINEの履歴を見てぎょっとする。

 そこには俺のアカウントから「俺の性癖」と題して端末に保存してあるおトレジャーが貼られている。

 そこまでは昨夜茜に操られて自身で行ったことだから覚えている。

 無論既に悶絶しそうなほど恥ずかしいのだが、問題はその後だ。

 実は送信取り消しを阻止するため、今朝学校に着くまで俺のスマホは茜に捕らわれていたのだ。

 だから昨夜のテロの後のトークを俺は知らない。

 それを今確認して、戦慄した。

 

 俺「こんな生き恥晒した俺にふさわしいあだ名を付けてください」


 「なんじゃこりゃああああ!!!」

 記憶のない自らのあだ名おねだりに俺のメンタルは粉砕された。

 クッソ、茜のヤツこんなひどい仕打ちをしていたなんて。

 「自分で言ったんだから仕方ないよね~?」

 煽ってくるこの女はクラスメイトの北爪穂香きたづめほのか

 陸上部に所属している彼女は明るい性格で、この手の話題にも臆さず乗ってくる稀有な存在だ。

 ちなみにトーク履歴によると、ロリ巨乳大使というあだ名を命名したのはこいつだ。いつか絞める。

 あたりを見回すと様々な視線が俺に向けられていた。

 特に女子からの視線がやばい。

 侮蔑や嫌悪感を込めた視線の一つ一つが矢のように俺を射抜いてくる。

 ゲームだったら5回は死んでる。

 ここで予冷が鳴り担任の教師が教室に入ってくる。

 「ホームルーム始めるぞー。ほら、ロリ巨乳大使。チャイム鳴ったから席につけ」

 担任の教師までもが忌み名で俺を呼ぶ。もうやだこのクラス。


 「遅いですよロリ巨乳大使先輩」

 「お前までその名で呼ぶのか」

 昼休み、俺は茜に誘われて一緒に屋上で昼飯を食うことになった。

 朝の一件のせいで教室に居づらかったのでちょうどよかった。

 壁に寄りかかり、並ぶようにして弁当を広げる。

 茜の弁当は俺と瓜二つなのだが、同じ家に住むことになったのだから当然だ。

 ちなみに基本的に家事は俺の仕事。唯一茜の衣類の洗濯だけ本人に任せている。

 だからこの弁当も俺が作ったのだが、もともと一人暮らしだったため、そこまで負担にはなっていない。

 「ところで先輩を呼び出した理由なんですけど」

 茜が話を切り出す。

 俺は弁当を食べながら耳を傾ける。

 「吸血鬼のことについてもっと説明をしておこうと思って呼びました」

 吸血鬼についての詳しい情報か。確かにそれは知っておきたい。

 「まず吸血鬼が人と決定的に違うのは吸血すること、身体能力が高いこと、そして外見が一部異なることです。吸血は俗説通りです。それによる副次的な効果は主に隷属因子による支配です。身体能力はこんな感じです」

 茜はここから一番離れたフェンスのところまで歩いて行き、目にもとまらぬ速さで俺の目の前まで到達した。

 ブレーキをかけた足元のタイルにひびが入っている。

 想像を絶する身体能力の高さに声が出ない。

 「これで5割です。全力の最大速度は大体新幹線と同じくらいです」

 新幹線並みのスピードとそれに耐えうる筋力が女子高生の体に詰まっているという。

 これは確かに人間を超越している。

 「そして外見なのですが……ハァ!!!」

 短く叫ぶと茜の姿が一瞬で変化した。

 煌びやかな金髪に深紅の瞳。そして立派な牙。

 昨日の夕方に俺を追いかけまわした時の茜の姿がそこにはあった。

 「こっちが本来の姿なのでいろいろな能力が高まっています。本気モードってヤツですね」

 そう短く説明するとすぐに普段通りの、人間の女子高生としての茜の姿に戻った。

 「実は私この力を上手く制御できなくて……長い時間あの姿でいると理性が飛ぶというか、目的を達成すること以外考えられなくなるんですよ」

 「じゃあ昨日すごい形相で追いかけてきたのはこれが理由か」

 「え、私そんなすごい顔してました?」

 「うん。山姥みたごはっ!!」

 「言葉には気を付けてくださいね」

 グーが……グーがみぞおちに……

 もう少しで弁当が出てくるところだった。

 「あと感情が高ぶると瞳が赤くなっちゃうんですよね。まだまだ未熟な証拠です」

 力を制御できないことを恥じる様子の茜。

 ここで俺はあることを思い出す。

 「ああ、昨日の夜目が赤かったのはやっぱり恥ずかしぐえっ」

 腹パンのダメージから回復しきらずうずくまっていた俺の頭を後頭部から踏みつけられた。

 「ロリ巨乳大使先輩はドM趣味もお持ちなんですか?度し難い変態ですね」

 その後ぐりぐりとたっぷり踏みつけられた後に解放された。

 「あと私が血を吸う目的なのですが――」


 キーンコーンカーンコーン

 

 茜の言葉を遮るように予冷が鳴る。

 「仕方ないですね。続きは帰ってから話します」

 俺たちは弁当を片付けてそれぞれの教室へと向かった。

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る