第3話 下僕としての生活

<前回のあらすじ>

 後輩は吸血鬼だった。


<本編>

 「もう先輩からは吸血済みです。」

 どうやら俺は既に茜に血を吸われていたらしい。

 血を吸った人間を眷属にできる吸血鬼である茜に。

 しかしやはり俺には血を吸われた記憶はない。

 「いつ吸ったんだよ」

 「さっき先輩が気を失た直前です。初めて人体から直接吸血したので加減がわからず吸いすぎちゃったみたいです。ごめんなさい。」

 つまり俺が気絶したのはこいつが血を吸い過ぎたから貧血を起こしたということらしい。

 あと舌を出して謝罪の言葉を述べるこいつは絶対に反省していない。

 それよりももっと大事なことを聞く。

 「俺は……吸血鬼になっちゃったのか?」

 だとしたら大ごとだ。

 この先人間の生活を捨てて吸血鬼としての生活を送る必要がある。

 「いや、先輩は人間のままです。」

 何言ってんだこいつ、という顔で茜が答える。

 良かったのだが、不安に駆られた俺がおかしいような反応をするこいつはムカつく。

 「私たち吸血鬼の唾液には隷属因子というものが含まれています。これを体内に取り込んだ人間は、因子を注入した吸血鬼の命令に逆らうことができなくなります。そして人間が吸血鬼になるためには主人である吸血鬼に本物の忠誠を誓わなくてはなりません。」

 どうやら俺の体内に隷属因子は混入したから茜の命令に逆らえないが、茜に忠誠を誓っていないので人間のままということらしい。

 「そんなわけなので私は今日から先輩のご主人さまです。」

 「はっ、俺にも先輩として、男としてのプライドがあるんだ。そう簡単に後輩女子のいいなりになんてなるわけが――」

 「這いつくばりなさい」

 「はい!」

 気が付いたら元気よく返事をして四つん這いになっていた。

 背中に茜が足を組んで座る。

 「どうですか?後輩女子に支配される気分は。」

 背中の上で茜が得意げにしている姿が容易に想像できる。

 こんな屈辱的なことはいまだかつて経験したことがない。

 「なあ、隷属因子ってやつから解放される術はないのか?」

 できることなら今すぐこいつの下僕なんてやめたい。

 「ないことはないですが、私が教えると思いますか?それにこの方が面白いじゃないですか。プライドへし折られて地べたに這いつくばる今の先輩、とっても惨めで可愛いですよ?」

 ニタァと笑う茜。

 この女いい性格してやがる。

 根っからの女王様タイプのようだ。

 「これからよろしくお願いしますね、せーんぱい♡」

 こうして俺の下僕としての生活が始まった。


 翌日、登校すると昇降口で茜が待ち構えていた。

 「おはようございます。南条せんぱい。」

 にこやかな顔で挨拶をしてくるが、どうにも昨夜見せた女王様としての一面が重なって複雑な気分になる。

 「お、おう。おはよう茜。」

 少し詰まったが、挨拶を返す。

 正直一刻も早くこいつと別れたい。

 茜の在籍する1-3は4階。俺の在籍する2-3は3階。なので俺の3階まで一緒に行くことになった。

 「なんだか落ち着かない様子ですね、先輩。」

 わざとらしく俺の様子を気にかけたようにふるまう茜。

 なんて白々しい。

 「いつ拒否権なしの無理難題がとんでくるか気が気じゃないんでな。」

 落ち着かない理由を包み隠さず言う。

 隠すまでもないことだろうしな。

 「先輩もしかして私の事ドSの女王様とかおもってませんか?」

 「違うのか?」

 「次言ったら女子トイレに突撃させますよ」

 「すいませんでした」

 茜の機嫌を損ねると社会的に抹殺されるようなのでおとなしく謝る。

 「それに一方的にとはいえ一度体を重ねた仲なんですから心配しなくてもひどいことはしませんよ。」

 「その気持ちはありがたいが誤解を招くような発言はやめろ。」

 慌てて辺りを見回すがどうやら聞かれていない様子だ。

 他人に聞かれたら相当めんどくさいことになっていただろう。

 なんせ茜は学校ではかなり人気のある女子だ。

 恵まれた容姿の上にみんなに分け隔てなく接する様子から、陰ながら「舞い降りた天使」という異名で呼ばれている。

 知り合いが何人か茜に告白して玉砕したという話を聞いたことある。

 決して広くはない俺の交友関係の中ですら数名いるのだから、総数はかなりの人数になるだろう。

 そんな学校屈指の美少女と一緒に過ごす機会が増えることは、普通に考えれば大変喜ばしいことなのだが

 「あ、先輩。私の下僕になったからって自分には魅力があるかもとか思いあがらないでくださいね?私はあくまで先輩の血に魅かれたのであって容姿に魅かれたわけではないですからね。先輩にはその血の味以外に価値なんてないんですからね。」

 現実はこんなものである。

 この女、俺の事を都合よく血液を搾取されるタンクとしかみていないのである。

 「これじゃあ天使の皮をかぶった悪魔だな」

 「何か言いましたか?」

 「いえなにも」

 鋭い視線を向けられ、慌ててそらす。

 この腹黒さが少しでも世間に露呈すればいいのにと思いながら俺は自分の教室に入った。

 

 何事もなく放課後を迎えた。

 茜が何か仕掛けてくるかと思ったのだが、命令どころか朝以降見かけてすらいない。

 学年が違うのだから何も不思議ではないのだが、何となく向こうから会いに来ると思っていたので肩透かしを食らった気分だ。

 もしかしたら通学路で待ち伏せしているのだろうか。

 俺は最大限の注意を払いながら帰路についた。


 何事もなく家に着いた。

 結局一日何も命令されなかった。

 もしかしたら茜は本当に必要な時以外には命令をしないいい子なのかもしれない。

 朝は悪魔とか言ってごめん。

 心の中で茜に謝りながら玄関のドアに手をかけた。

 その時今日一日血を吸われていないことを思い出したが、すぐに頭から追い出した。

 ドアを開けて家の中に入る。

 「ただいまー」

 「おかえりなさい先輩」

 玄関には茜が立っていた。

 「……お前、何してるの?」

 「今日からここに住むことにしました」

 「帰れ」

 どうやら茜は俺の家に住むつもりらしい。

 家に帰ってまで命令に脅える生活とか冗談じゃない。

 「えー、いいじゃないですか。先輩一人暮らしなんでしょ?」

 俺の両親はどちらも海外で働いている。どちらも数年に一度帰ってくる程度なので、実質この家は俺の一人暮らしなのだ。

 「今日からお世話になります」

 「帰れ」

 「クラスLINEで性癖をカミングア――」

 「どうぞ自分の家だと思っておくつろぎください」

 俺の社会的地位を人質に、茜は我が家の居住権を獲得した。

 

 

 

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