第36話3.36 王都に行くためにやることがあります
店舗のことはイーロス伯父さんとブレンダさんに任せ、転移門設置場所の開発に精を出して数週間。いつの間にか、夏休み初日を迎えていた。
「アルにぃ! 早く行こうよ。王都」
「む‼」
休みの日は中々起きてこないビルが、早朝からユーヤ兄を連れて俺の部屋へ突撃してくる。
「ビル、出発は昼前だって爺様が言ってただろう。全く、こっちは連日の土木作業で疲れているっていうのに……」
再び布団に潜り込もうとしたところで、さらに駆け込んでくる足音がした。
「アル、私たちも連れてってくれるってのは本当かい⁉」
グレンダさんと仲良く手を繋いだイーロス伯父さんだった。
「ええ、メンバーに入ってますよ。爺様が新しい家族をヤーロス伯父さんに紹介したいって言ってましたから」
「そうか! グレンダ、お前も王都にいけるぞ」
ぐっ! っとグレンダさんを抱きしめるイーロス伯父さん。グレンダさんも、はい、あなた! なんて言って喜んでいる。おかげで、俺は眠るどころではなくなってしまった。
仕方がないから俺はベッドから降りて洗面所へ向かう。そこでは、なんだか悲しげな眼をしたダニエラさんがタオルを持って待っていた。
「うぉ! おはようございます」
「アル様。おはようございます……」
「あ、ダニエラさん、朝からテンション低いですね。どうしたんですか?」
「はぁ、アル様、それを聞きますか? とっくにお分かりでしょう? 元同僚が玉の輿に乗って、さらには王都にハネムーンですよ。私なんて、ずっと仕事なのに……はぁー」
最後に盛大なため息をついて俺を見つめてくるダニエラさん。俺は極力目を合わせないようにタオルを受け取り、後ろを向いて顔を拭いた。
目を合わしただけで、玉の輿! とか言って迫って来そうで怖かったから。
「はぁ~。早く転移門を設置して、誰でも王都に行けるようにしないと」
俺の貞操が危なそうだった。
着替えをすると言って、部屋に来ていた面々――ダニエラさん含む――を追い出し一人つぶやく。
そして、朝食を食べるために食堂へと向かった。
「アル、おはよう!」
俺が食堂に入ると、母さんが一番に声を掛けてきた。おはよう、と返して席に着く。上座の方では、既に爺様と父さんが話し込んでいた。
「どうだ、転移門は?」
「全く、信じられません。時空理術だけでも伝説級だと言うのに、それを使う理具を作ってしまう。しかも、動作の為のエネルギー源が魔石だなんて私の理解を超えています」
「そうだろうな。儂も初めて聞いたときは自分の頭が変になったかと思った。今でもまだ半信半疑なぐらいだ。まぁ、バーグ属領にいるはずのユーロスが目の前にいるのだから信じざるを得ないのだがな」
そう、俺は、領都ラークレインとバーグ属領のルーホール町を転移門でつないだのだ。実験第二弾として。
「おはようございます」
俺は、爺様と父さんの話の途切れた時を見て挨拶を入れる。
「おお、アル、おはよう」
「おはよう、アル、朝から転移門で来たよ」
挨拶を返してくれる両名。俺は父さんに転移門の使い勝手に付いて聞く。すると。
「ああ、全く問題ない。よく出来ている。操作も簡単だし、理力が足りない時も体半分だけ転移――ではなく、きちんと転移を止めてくれる。安全面も考えられている素晴らしい理具だ。それに、アルの計画書も見せてもらった。王も大臣達もきっとあれなら納得するだろう」
大きく頷く父さん。どうやら動作を含め、諸所問題なさそうだった。
転移門の開発で一番気を使ったのは、安全性の確保だ。転移中に体が真っ二つなんてことになったら目も当てられない。メインの理力結晶や術式が壊れても突然止まらないように、3重の理術式を組み込んでいる。それでも、人は予想もつかないことをする可能性もあるので、知り合いで実験第二弾をしているのだ。
「そうですか。何か気になることがあったらすぐに教えてください」
「ああ、今のところは問題ない」
父さんの返事に安心しながら俺は、ダニエラさんが持ってきた朝食を食べ始めた。
―――
長い休みといえば宿題だ。朝食後、俺は出された課題を片付けようと部屋に向かう。そこに、ビルとユーヤ兄が肩を落として現れた。
「アルにぃ。宿題教えてくれ……」
「むむ!」
「ああいいよ。俺も宿題するところだ。分からないところは聞いてくれ」
「ありがとう」
どうやら、母さんに、宿題しないと王都に連れて行かない! と言われてしまったようだ。ユーヤ兄が、むむ! っと教えてくれる。
俺は二人を連れて、再び食堂へと向かった。3人となると俺の部屋では椅子がない、ということで。ビルに少しだけ説明して後は自分で考えるように言い置いて、俺も自分の宿題に入る。そこに。
「アル兄さん……あの、その、時空理術を教えてくれないかしら?」
「あたしも教えてほしいです」
サーヤを引き連れたシェールが、苦笑するサクラと共に現れた。
「何言ってるんだ。時空理術なら俺じゃなくてサクラに聞けばいいだろう?」
俺は理解に苦しんだ。なにしろサクラの時空理術は俺なんかより数倍も上手だ。学園でも認められ、授業を受けるどころか講義をするほどだ。噂では、先生たちも聞きに来ているとか。サクラに聞くのが一番ではないかと思う。
それに俺はビルとユーヤ兄の宿題を進めなければならない。この二人、放って置くと、すぐに飽きてしまって全く宿題が進まないのだ。
おかげで自分の宿題に全く手が付けられない。そんな中でシェールに構っている余裕はなかった。
そんな俺の状況を知ってか知らずか、サクラが語り始める。
「いやー、ごめんやでアル。うち、一学期中何度も教えたんやけど、どうにも分からへんみたいなんやわ。さらにいうと、今んとこ、先生含めて使えるようになった人おらへんのやわ」
肩をすくめるサクラ、俺はその姿を見ながら出会った頃のことを思い出していた。初めてサクラに時空理術を習った時のことを。あの、感覚的で曖昧な説明を。
「そうか、理術の先生でもダメなのか……」
「せやねんよ。何でか分からへんけど、みんな分かってくれへんのよ。
「あー、分かったというか、分からされたというか。まぁ、いいか。それなら、シェール、ビルとユーヤ兄の宿題見てやってくれ。それが終わったらシェールに教えよう」
これなら、時間が出来る! と思って言ったのだが、ビル達から苦情が来た。
「シェールは嫌だよ。アルにぃがいい。シェール、出来ないとすぐ怒るんだもん。な、ユーヤにぃ」
「ん‼」
ビルの言に対して力強く頷くユーヤ兄。ならば、サーヤやサクラは? と顔を向ける。すると、二人はブンブンと首を横に振る。
まぁ、サーヤとサクラでは、二人に教えることは出来ても長続きはさせられないか、などと思っていると、うってつけの人物が現れた。
「ラスティ先生、いいところに」
「どうしたの? アル君。何か問題?」
自分も宿題を手にしたラスティ先生だった。
「いや、ビルたちにもシェールたちにも勉強の手伝いをお願いされて、自分の宿題もあるのに手が回らないと困っていたのです」
「あら、そうなの。実は私も宿題で教えてほしいことがあったんだけど」
どうやら、ラスティ先生も俺に聞きたいことがあるようだった。
「先生もですか……仕方がないですね。分担作業にしましょう。俺は、シェール達に時空理術を。ラスティ先生は、ビル達の宿題の手伝いを。それぞれが終わったら、俺がラスティ先生の宿題の手伝いをしましょう」
「いいの? アル君。自分の宿題は……」
「自分の分は、夜にでも修行空間に入って頑張ります」
「それなら、私の分もそこでいいわよ。夜は、あっちで理術訓練の予定だから。あっちだとたっぷり時間取れるし。2人の時間が、ね」
なぜか胸を強調しながらウィンクを飛ばしてくるラスティ先生。俺は、目をそらしながら答えた。
「そうですか。助かります」
「いいのよ」
俺の態度を見て妖艶に微笑むラスティ先生。俺はその視線から逃げるように教え始めた。
「うう、羨ましいです。ラスティ様の綺麗なお姉さんポジション~。変わってほしい~」
食堂の隅のほうから聞こえるダニエラさんの呪いのような言葉には耳を塞いで。
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