第35話3.35 店舗のはずが新居になりました
思い立ったが吉日。とは、日本のことわざだが、イーロス伯父さんの動きは、まさにそれだった。なにしろ。
「さ、アル。この部屋の物を全て収納空間に片づけてくれ」
話が決まった途端に言い出したのだから。さらには。
「よし、行くぞ。研究室を作りに!」
俺が荷物を収納し終えると直ぐにイーロス伯父さんは部屋を飛び出す。俺は、深いため息をついてから伯父さんについて行った。
城の外では、馬車が待っていた。御者は――イーロス伯父さん専属のグレンダさんだった。20代後半ぐらいのおっとり系の美人さんだ。俺はグレンダさんに一つ頭を下げてから馬車に乗り込む。
「よし、グレンダ。出してくれ」
馬車は、先に乗り込んでいたイーロス伯父さんの合図で動き出した。
店舗には、すぐに着いた。そもそも、歩いても30分ぐらいなのだから、馬車だとすぐだ。開いた馬車の扉から飛び降りるように出ていくイーロス伯父さん。俺も馬車を降りて伯父さんに続いた。
「さて、アルよ。どうする? どこに二人の研究室を作る?」
店舗の中を駆けずり回りながら声を掛けてくるイーロス伯父さん。一応、研究室は共同の物という思いがあるようだった。いや、どちらかといえば、自分の研究に俺を取り込むためか。意外としたたかだな。と思いながらどうするべきかを考える。そして、思いついたのは。
「やっぱり研究室といったら、地下でしょう」
研究用に地下室を作ることだった。
「今から作るのか?」
「はい。土理術で作ります。強度を保つための鉄柱もありますので、ご心配なく」
俺は、イーロス伯父さんにトンネル掘った時の溶岩から作った鉄柱を少しだけ出して見せる。
「いや、しかし、そんな簡単に地下室なんて……でも、アルなら出来るのか……」
つぶやきながら首を傾げるイーロス伯父さんをよそに、俺は倉庫エリアの端から階段を作って行った。
30分程で、店舗下の土を収納空間に片付け、崩れないように鉄筋で補強して、地下室の大まかな形は出来上がっていた。
「後は、剥き出しの鉄柱に木材を組んで部屋らしくするか――って、間取りどうしましょう?」
俺は作られただだっ広い空間に立ち、後ろで呆然としているイーロス伯父さんに声を掛ける。
「……え? 俺に聞いてるの?」
「もちろんですよ。他に誰もいないじゃないですか」
驚く伯父さんは、俺の少し非難じみた声を聞いてようやく考え始めた。
しばらくして。じっと腕を組んで考えていたイーロス伯父さんが、おずおずといった感じで口を開く。
「……アルよ。頼みがあるのだが聞いてくれるか」
「はい、どうぞ」
「って軽いな。全く……」
「え? そんなに難しい頼みなのですか? 地下二階を作れとか? できますけど?」
「ははは、いやそういうのではない。というか出来るのか……いや、本当にそうではなくてな何というか、難しいような難しくないような――」
言いよどむイーロス伯父さん。俺は、口を挟まず首肯だけ返して伯父さんを促した。
「実はな、一緒になりたい人がいるんだ」
「へぇ~。そうですか」
「本当に軽いな」
「いやだって、伯父さんいい大人だし、結婚したいならすればいいと思いますけど?」
四十過ぎの人の恋愛について相談されても困ってしまう。まぁ、中身はおっさんだから話に付き合えないことは無いけど、伯父さんの表情からあまり深入りしないほうがいい気がしてくる。そんな、俺の気持ちに気付いたのか、伯父さんは続きを話し出した。
「そうだな。アルの言うとおりだ。結婚すればいい。ただな、そうすると城を出ないといけないだろ。無駄な研究ばかりで稼ぎのない俺では、城の外で生きていけるとは思わなくてな。言い出せなかったんだ。でも、この店なら……」
言いづらいのか、言葉を詰まらせて俺を見つめてくるイーロス伯父さん。
「伯父さんの言いたいことは分かりました。この店に、その彼女さんと一緒に住み込みで働きたいと。そして、研究も続けたいと。そういうことですね」
俺は伯父さんの言葉を引き取って続けた。
「その通りだ。まだ、12歳の甥っ子に頼む事では無いのかもしれないけど、アルと話していると何だか年上の頼れる兄みたいに思えてきてしまって……他の人に言えないことを言ってしまった。変だよな。すまん」
「いえいえ、別に変ではないですし謝ることはないですよ」
俺の精神年齢について、あまりに的確な表現に俺は思わず早口で返してしまう。伯父さんは、少し不思議そうな表情で俺のことを見つめていた。
「……すみません。ともかく、分かりました。この店に、店長用の住居も併設しましょう。とは言っても、地下に住むわけにはいきませんし、住居は二階に作りましょう。そして、今、二階にある部屋は倉庫部分に。そして倉庫は地下一階に。研究室は地下二階ということで。いいですか?」
「ああ、本当に地下二階も出来るのだな……それで構わない。よろしく頼む」
「はい、でしたら、工事してしまいます。ですので、イーロス伯父さんは、そのお相手の人と結婚する旨を爺様とウィレさんに報告してください」
やる事が決まったと、俺は作業にはいる。すると、イーロス伯父さん、階段を駆け上ったと思ったら、一階部分で叫んでいた。
「グレンダ! 結婚してくれ!」
「え⁉ まずそこからですか? というか、相手ってメイドさんなの⁉」
思わず突っ込んでしまう俺だが、そんな俺などお構いなしに。
「イーロス様。よろこんで‼」
「やったー‼」
一階部分では、大きな声が響いていた。
「俺のいないところでやってくれよ……」
という俺のボヤキなど聞こえるはずもなく。
結局、その日は夕方まで改築工事に時間を取られた。なにしろ、新婚さんが住み込むのだ。一部の防音には力を入れる必要があった。寝室とか、台所とか、トイレ――はやり過ぎか? イーロス伯父さんの性癖は知らないから……
「はぁー、やっと終わった」
工事を終えて店舗から出る。そこに、タイミングよく声が掛かった。
「アル様。お迎えに上がりました」
言わずと知れたダニエラさんだった。
「あれ、帰ったんじゃないんですか?」
「何を仰ってるのですか? 馬車を取りに帰っただけですよ」
駐車場に止められた馬車を指さすダニエラさん。それなら、と俺は馬車へと乗り込んだ。
「ふぅ~。結構疲れたな」
座席に座り一息つく俺。そこに、ダニエラさんが乗り込んできた。
「あれ? ダニエラさん。今日は、御者ではないのですか?」
俺の横にちょこんと腰掛けるダニエラさんに声を掛ける。ダニエラさんは、すすっと距離を詰めてから耳元で囁くように口を開いた。
「はい。今日は、他の人がやってくれます」
「そうですか。珍しいですね。ってあれですか? この店舗で働く人に道を教えているとかですか?」
俺は、すごい近いな? と思いながらダニエラさんから少し離れて質問する。ダニエラさんは、離れた分だけ距離を詰めて答えた。
「まぁ、それもあります。というか、そっちはついでです」
またしても耳元で囁くダニエラさん。俺は、止めて欲しいなとダニエラさんに非難の目を向ける。すると、そこには、目を閉じて口をすぼめた顔があった。キスをせがむような……
全く意味が分からなかった。
「な、何の真似ですか?」
思わず俺はダニエラさんを押しのけてしまう。すると俺の行動が全く理解できないという目を向けて来ていたダニエラさんが震える口を開いた。
「な、なぜ、綺麗なお姉さんに迫られて何もしないの。グレンダは、これでイーロス様を落としたって言ってたのに……」
俺は思わず頭を抱えた。伯父さん何やってんの‼ っていうのと、自分で綺麗なお姉さんとか! と叫びたくなるのを抑えるために。
そこからは、ダニエラさんを向かいの席に座らせて話を聞いた。なぜ、こんなことをしたのかと。結果。
「すみませんでした。グレンダが玉の輿に乗ったって聞いたもので、私もちょっと焦ってしまって……」
深々と頭を下げるダニエラさん。俺は呆れていた。
「っていうか、俺、まだ、12歳なんですよ? いくら何でも年が離れすぎじゃないですか?」
「そんなことは無いですよ。私、19歳ですし。高々7歳差です。貴族の方でしたら年上の妾なんて普通ですし。それに、そういった行為を教えるメイドもいるのですよ。なにより、アル様なら将来有望ですし、話してて楽しいですし、ちゃんと面倒見てくれそうですし……」
膝の上で手の指を付けたり離したりしながら恥ずかしそうに話すダニエラさんがちらちらこちらを伺ってくる。
俺は頭を下げながらきっぱりと告げた。
「ダニエラさん。ごめんなさい。俺、ダニエラさんのこと嫌いじゃないですけど、そんな目では見れません!」
「がーーーーん……子供に、振られた……」
この世の終わりのような表情を浮かべるダニエラさん。
「ダニエラさんなら、俺なんかよりいい人きっと現れますよ」
「……さらに、慰められた……」
俺の続けた言葉に耐えきれなかったのか、走っている馬車から飛び出していってしまった。
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