第34話3.34 突然ですが、店舗を持つことになりました



「え⁉ 本当に⁉」

「へぇ~、凄いねアル君」


 俺は、本心から驚いていた。商会を立ち上げたはいいが、店舗を持つのはもっと先だと思っていたから。

 

「ああ、本当だ。商業区中心街から少し外れた辺りの紅龍爵家の持ち家を改装して店舗にした。どうだ‼」


 俺が驚いたのが、よほど嬉しかったのか、これまでにないほど怖い笑顔を浮かべる爺様。


「ありがとうございます!」


 俺は立ち上がって頭を下げた。


 その後は王都へ行く日程について詳細を聞いた。どうやら学園の夏休みに合わせるらしい。王様への謁見があるのに、子供に合わせていいのか? と思ったら。


「普通は馬車で行くからな。いつ着くか分からん。だから、王都へ到着したらその旨を王城へ連絡するんだ。その後で謁見の日程を決める。これが普通の流れだ」

 

 よく考えてみれば当然の話が返って来た。


「ふふふ、アル君は、転移理術の便利さに慣れ過ぎなのよ」


 ラスティ先生のフォロー? と共に。


 話し合いの後、俺は早速、出来たという店舗を見に行くことにした。当然のように付いてくるラスティ先生を引き連れて。

 城から出て、商業区の外れへ向けて歩く。


「えっと、この角を曲がったところに――」


 地図を確認しながら角を曲がって俺は地図を落としそうになった。なぜなら俺の眼前には間口だけで立ち並ぶ店舗の3倍はあろうかという大店があったのだから。


「もしかして、あれですか?」

「そう、みたいね」


 驚く俺を見てラスティ先生は不思議そうな表情を浮かべる。俺は、ぼやかずにはいられなかった。


「爺様、大きすぎです」

「えっと、大きいかな? エクスト君としては、小さめにしたと思うよ? 紅龍爵家の持っている店舗の中から選んで」


 俺のぼやきに可愛く首を傾げながら答えてくれるラスティ先生。どうやら、先生にとって爺様の対応は普通のようだった。そんな先生の反応で俺は思い出す。

 そうだった紅龍爵家は、このハボン王国に三つしかない龍爵領の領主だった。さらに言うと俺はその紅龍爵家の孫だった。バーグ属領での暮らしを思うと、いまだに信じられないが。しかし、事実だ。受け入れるしかない。


「はぁー、理解しました。仕方がないですね。とりあえず、中を見て見ましょう」

「うん、行こう」


 俺のため息交じりの言葉に、にっこりと微笑みを返すラスティ先生が俺の腕を取って引っ張る。俺は重くなった足を進めて店舗の中へと入って行った。


「アル様。お待ちしておりました。掃除は済んでおります」


 入って早々、声を掛けてきたのは、メイドのダニエラさんだ。


「城から出る時に、馬車を進めてこないと思ったら、先にこちらに来てたんですか」

「もちろんです。専属メイドとしてアル様のお考えを予測して行動するのは当然の務めです」


 とてもいい笑顔で返してくるダニエラさん。


「さ、こちらに。商会長用の部屋も準備万端です」


 俺は勧められるままについて行った。

 店舗の構造はシンプルだった。一階の半分が販売エリア。もう半分が倉庫。そして二階には従業員用の作業部屋がいくつかと応接室に商会長部屋。後は、トイレや炊事場などである。爺様なりに考えた結果なのだろう。いや実際に考えたのはショーザさんかもしれない。

 そんなことを思いながら俺は、ラスティ先生と商会長部屋に入って腰を下ろした。


「ふぅー。どっと疲れましたよ」

「珍しいね。アル君が、こんなに驚くなんて」

「そうですか? そんなことも無いんですけどね」


 ニヤニヤしながら俺の頬をつついてくるラスティ先生。俺は適当に返事をしつつ頭では違うことを考えていた。それは。


「それより、どうしましょうかね。これだけの店舗となると、人を雇わないといけないですね」


 そう、誰が店番をするかということだった。


「そうねぇ。アル君は、学校もあるからずっといられないし……」


 口元に手を当てて考え始めるラスティ先生。二人して、うーん、と悩んでいるとダニエラさんの声がした。


「店番ならお任せください。城のメイド達で対応可能です。大丈夫です。店の管理も防犯も完璧です」


 親指を立てて男前に宣言してくれるダニエラさん。いや、確かに兵士に交じって訓練しているメイドさんなら管理も防犯も心配もいらないけど。問題はそこではない。お城で雇っているのだ、間違っても俺の店舗に派遣するためではない。そう思って言葉にする。


「でも、城の仕事があるでしょう? 城のメイドとして雇われている訳ですし」


 すると、とんでもない言葉が返って来た。


「え? 大丈夫ですよ。基本、城ではメイドを多めに雇っています。急な来客や不意の侵入者に対応するために」


 侵入者対応って……相変わらずメイドの仕事って何だろう? と思ってしまう。


「だから、大丈夫です。今、通行禁止のおかげで急なお客様もいませんし。アル様がどうしても気になさるのなら、城での仕事を辞めてアル様のところに就職してもいいですよ」


 再び親指を立てて宣言するダニエラさん、ものすごいどや顔を向けてくる。


「就職って……ともかく、婆様ウィレさんに相談して決めましょうか」


 あまりの押しの強さに、俺はそう返すのが精いっぱいだった。


―――


「あら、構わないわよ。ダニエラはアルの専属メイドなのだから。何なら他にもアルに付けようかしら?」


 城に返ってウィレさんにあらましを話したらこう返って来た。


「え⁉ ウィレさん、いいのですか? 城のメイドさん足りなくならないのですか?」

「アル様。大丈夫です。今は来客の予定もすべてキャンセルとなり、メイドは余っているぐらいです。それに、もし、足りなくなったとしたら募集すればいいだけです。行儀見習いの一環でメイドをしたいと言う人間はたくさんおります」


 驚く俺に、ホリーメイド長まで後押ししてくる。


「ホリーメイド長まで……分かりました。それでしたら、お借りします。こちらで働いた分の給金はこちらで持ちますので」


 爺様には店舗を、婆様ウィレさんには従業員を、それぞれ用意してもらって、何も返さない訳にはいかないと提案する。すると。


「あら、まぁ、無理はしなくてもいいわよ。メイドの給金は安くないのだからね」


 ウィレさんは、上品な笑みを浮かべて優しく告げる。そこに、口を挟んできたのはラスティ先生だった。


「えっと、従業員は、メイドさんにやってもらうとして、お金の管理とかする店長のような人を決めなくていいの?」

「なるほど、ラスティさんの仰る通り、その辺りの仕事はメイド達には難しいかもしれませんね。読書計算などは一通り教えてますが、大きな金額になると不安があります」


 うんうんと、頷くホリーメイド長。


「大丈夫です。店長は、既に当てがあります。ちゃんと頼めば多分断らないと思いますが……」


 俺は、該当人物の顔を思い浮かべながら返す。そこに。


「ふふふ。大丈夫よ。きっと断られないわ」


 俺の考えなどお見通しと言わんばかりのウィレさんの言葉が届く。俺は、はい! と頷いて部屋を辞した。



「ね、アル君。店長候補って誰? まさか、女の人?」


 廊下を歩いていると、慌てて追いかけてきたラスティ先生がジト目を向けてくる。


「違いますよ。イーロス伯父さんです。あの人、ずっと自室に籠って研究してるか、俺が頼んだ『墨いらずペン』作ってるじゃないですか。爺様に戦えと言われないように。それなら店舗に研究室作ったら喜んで移動してくれるんじゃないかと思って」


 そう、イーロス伯父さん、普段は本当に自室から出てこない。最も大きい理由は研究の為なんだけど、それ以外にも今ラスティ先生に話したような内容もあったりする。以前、理術の話がしたい‼ と部屋に押しかけて来た時に聞いたのだから間違いない話だ。


「へぇ~。あの子。そんな理由で籠ってたの。まぁ、エクスト君は、脳筋だからね。あの子とは合わないでしょうね……ふふふ、それなら問題無いわ。私はてっきりまた女の子に声を掛けるのだと思ってたのだけど……ふふふふふ」


 満面の笑みを浮かべるラスティ先生。そんな先生に、なぜか俺は得体のしれない恐怖を感じてしまい、余計な事を言ってしまった。


「いや、そもそも、俺がいつ女の子に声を掛けたんですか?」

「えー? 入学式でサクラちゃんを見たときとか、後は、サクラちゃんに聞いたけど、王都で、空人族の綺麗な人に声を掛けたとか……」


 それ以外には、と考え込むラスティ先生。


「いや、サクラは知り合いだと思ったからで、ダブさんは仕事上の関係で……」

 

 俺は、声を掛けた理由をなるべく正確に告げる。しかし、返ったラスティ先生の言葉に閉口せざるを得なかった。


「へぇ。知り合いに、綺麗だーって言ったり、仕事上の関係の人に、天使かーって言ったりするの?」

 

 うん、言わないね。普通の人は。そんなこと言ったら、口説いていると思われても不思議ではない。


「すみません。もう、しません。俺が悪かったです。許してください」


 俺は、歩きながらであるが思いっきり謝った。全く勝てそうになかったから。


「ふふふ、別にいいわよ。アル君が本当に好きなら、口説いても」

「いえ、しませんよ」


 少なくとも皆のいる前では! 俺は、内心で決意をする。そうこうしているうちに、イーロス伯父さんの自室へと到着していた。


「イーロス伯父さん、こんにちは」


 扉をノックして声を掛ける。すると。


「アル! よく来たな! 待っていたぞ‼」


 どたどたどた、と大声と共に走る音が聞こえたと思ったら、バターン! と勢いよく空けられる扉。そして、俺はがっしりと肩を掴まれて部屋へと連れ込まれた。呆気にとられるラスティ先生を残して。


「イーロス伯父さん、すみません、忙しい所に」


 作りかけの理具や、分厚い本が乱雑に積まれる部屋の隅に、辛うじて残された物のないエリア。そのエリアにある質素な椅子へとすわらされた俺は、頭を下げる。すると、イーロス伯父さんは、向かいの椅子に座りながら鼻息荒く口を開いた。


「何を言う、アルよ。お前の為なら時間などいくらでも作ろう。で、今日はなんだ? 『墨いらずペン』の生産についてはこの間話したな。それなら、『消しペン生産用理具』増産の話か? それとも、転移門の生産の話か? も、し、や、転移門を超える新しい理具生産の話か?」

 

 だんだんとヒートアップしていくイーロス伯父さん。俺は、全てに首を横に振ってから口を開いた。


「違います。今日は、イーロス伯父さんにお願いがあって来ました」

「だから、何を作ればいいんだ?」


 はやく、はやく、と足で貧乏ゆすりをしながら急かすイーロス伯父さん。


「実は、イーロス伯父さんに今度出来る黒紅龍商会の店長兼生産部長の職に就いてくれないかとお願いに参りました」


 俺の言葉を聞いて、ものすごく渋い顔をした。


「あー、黒紅龍商会については聞いている。アルが作る商会だってな。俺にそこに入れってことか? しかも、店長⁉ 生産部長はまだ分かるが、店長は無理だろ。自慢じゃないが、人付き合いは苦手だぞ?」

「ええ、俺だって分かってます。イーロス伯父さんに接客してほしいなんて言いませんよ」

「だったら……」

「大丈夫です。伯父さんにして欲しいのは、理具の生産とお金の管理だけです。接客作業は、城のメイドさんを借りれることになったので、そちらにお願いします」

「……」


 言おうとしていた言葉を飲み込んで、考え始めるイーロス伯父さん。俺は、もう一つ後押しすることにした。


「新しい店舗は、とても大きいです。伯父さんの研究室が作れるぐらいには――」

「乗った‼」


 言い終えるより早く、返事を返してくるイーロス伯父さん。俺は、苦笑しか出てこなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る