第29話3.29 恒久策の課題解決に尽力します
洗髪剤作ってから数日後、俺はようやく本題へと入っていた。いや、決して洗髪剤作るのが、無駄だとか、面倒だとか、そういう話ではない。
ただ俺の本来の目的である文明の発展のためには、洗髪剤よりも転移理具の方が先だと思っているだけだ。
実際、王都の貧困街を見てきた俺としては色気より食い気だと思えるから。女性陣に聞かれたら、いろいろ小言を言われそうだけど。
まぁ、洗髪剤は無事出来たことだし、転移理具の話に戻ろう。
実は転移理具、既にサクラや『付与』の真龍の協力を得て既に出来上がっていた。ラスティ先生に、お願いされて作ったのだ。先生が自由にハイヘフンに行くために。
だが、出来上がった転移理具には大きな欠陥があった。普通の人の理力量ではとても使えないという欠陥が。
この欠陥、もちろん『付与』の真龍に相談した。けど案の定。
「うむ、これ以上減らすのは無理だ」
素っ気ない回答しか得られなかった。相変わらず開発は好きだけど、改良には興味が無いようだった。
ならば自分でやるしかないのかと思案して出て来た案が二つ。一つ目は比較的簡単だ。機能を制限する、そう転移先を固定することである。
何しろ転移理術、転移前に転移後の情報を得てから発動するのだ。つまりは二回転移をしているようなものだ。使う理力量が高い理由の一つだった。
この事前の情報確認を減らすだけで3割も必要理力量が減るのだからやらない訳がない。
そもそも、どこにでも行けるとなると防犯上の問題も出てくる。下手をすると暗殺し放題なんてことになりかねないから。こちらの意味でも必要な処置だった。
問題は二つ目だ。俺が思いついたのは、理力を蓄えることが出来ないかということだった。地球で言うところの、電池やバッテリーといったものの考え方だ。だが、これについては、全く実現へ向けた当てがなかった。
人の丹田で作られる理力。体外に出すためには、理術として発動させる方法しか知らない俺。困ったときは、真龍に! ということで、ハイヘフンで訓練の後、真龍たちに相談することにした。だが。
「ふむ、鍛冶が専門の儂には分からんわい」
「しかりしかり、付与術以外は不調法ゆえな」
本当に相変わらず残念な回答だった。しかし、この物作りが得意な二人が知らないとなると――と、辺りを見回す。
するとあからさまに目を逸らす『武』と『闘』の真龍。
一応考えてくれているようだが眉根を寄せていることから、良い案はないだろうと思われる『火』、『水』、『風』、『土』の真龍たち。
俺は内心、本当に得意分野以外では役に立たない人たちだなぁと、肩を落としているところで背後から声が聞こえた。
「長老に聞け」
『影』の真龍の声だった。だが、俺が声に反応して振り向いても影も形も無い。
「なんで、『影』の真龍は、俺からも隠れるのか……」
ただつぶやくしかできなかった。
『影』の真龍の姿を隠すという行動心理は理解できないけど、伝えられた言葉は信頼できる。なにしろ『影』の真龍、ただ隠れるのが得意という訳ではなく、本職はスパイ――日本風に言うなら忍者――なのだ。
情報の扱いには最も優れた真龍といえるだろう。
ならばと俺は長老がいつもいる、俺が初めて連れてこられた場所へと足を向ける。すると相変わらず幻想的な光景が広がる中、長老は一人佇んでいた。
何故かは知らないけど、長老はこの場所に好んで居る。他の真龍のように、戦ったり物作りしたり理術の研究をしたりせずに、ただ佇んでいる。最も古い真龍だし何かしら理由があるのだろうと思うけど、よく分からない。
それが俺の長老に対する見解であった。
「長老、ちょっといいですか?」
長老に近づく。すると、ゆっくりと顔を向ける長老。俺は話を続けた。
「実は、理力を蓄えられないかと――」
他の真龍たちに話したのと同じ内容の話をする。すると。
「ふぉふぉふぉ、成るほどのぉ。蓄えたエネルギーを使うことにより、皆平等に利益を享受するということかの」
一を聞いて十を知るような返事が返ってきた。
ただ、理力を蓄える方法を聞いただけなのに……ひょっとしてこの人、同じことを考えていたのでは? と訝しんでしまう俺。
長老はそんな俺の顔を見て、ふぉふぉふぉ、といつもの笑い声をあげた後、一つの玉を自らの収納空間から出して手渡してきた。
渡された玉を俺は眺める。大きさは直径10cmほど、色は濃い紫、まるで魔石のような玉だった。だが、魔石にしては丸がきれいすぎる。
例えるなら人工的に作った魔石といった趣の玉だった。
「これは?」
玉から長老へと目線を上げて問う。
「これは、魔結晶。魔石を再結晶化させたものじゃよ。ここから魔力、いや、今風に言うと理力か、を取り出すことが出来る」
こともなげに話す長老だが、俺はその言葉に目を見開き叫んだ。
「魔石の力と理力は同じ力なのですか⁉」
衝撃の事実だった。確かに理術は元々、魔術と呼ばれていたし、理力は魔力だった。だからといって人の使う理力と魔獣の持つ魔石の力が同じだとは思いもしなかった。
「それなら、魔石とは……」
「そうじゃ、魔獣が作った理力を蓄えておく場所じゃ」
「ははははははは……」
何とはなしに笑い声が出てしまった俺。仕方がないじゃないか。何しろ、魔獣は危険だけど美味しいし役立つ物、そんな中、魔石だけは本当に不要な物として教わってきたのだから。
俺もすっかり、ジアスの人間になってしまったなと思って、笑いが止まらない。止まるまでに数分を要した。
「すみません長老、なんだか可笑しくて」
「ふぉふぉふぉ、構わんよ。それでこの魔結晶で事は足りそうかな?」
「はい、大丈夫だと思います。ですので、作り方を教えてください」
「ふむ、分かった。ならばこっちじゃの」
手招きする長老に導かれて、俺は建屋の外へと出た。建屋の外は、巨木が生え広がる森だった。
そんな中を、ずんずん進む長老。俺は小走りでついて行った。
「へぇ、こんなところに洞窟が」
連れてこられたのは森の行き止まり、切り立った壁だった。俺はその壁の上へと視線を向ける。だが、頂上は見えない。先のトンネルを掘った山と同じ地質で構成されているようだった。
それもそのはずで、このハイヘフン、実はヒーダ大山脈のほぼ中央に位置しているのだ。普通の人間が入ってこられない場所。完全な陸の孤島。それこそが、ハイヘフンという場所だった。
その切り立った壁沿いに少し歩いたところで見えてきた穴。長老は、その穴の中へと、速度を変えることなく入って行く。
どうやらこの中が目的地だったようだ。少し遅れて入ってきた俺に、またまた手招きをする長老。たどり着いた俺が見たものは――
紫色の巨体を持つドラゴンだった。
「ふぅお⁉」
驚き変な声を出しつつも、警戒態勢へと入った俺を長老が止めた。
「大丈夫じゃ。これは作りものゆえにの」
ふぉふぉふぉ、と笑う長老。
「これが魔石から魔結晶、今風に言うと理力結晶かの、を作る道具じゃ」
と続けた。
「試してみても?」
長老に断りを入れて、俺は収納空間から取り出した魔石をドラゴンへと差し出す。
するとドラゴン、徐に俺の手にある魔石を口に含み――
『バリ、バリ、バリ』
食べだした。え⁉ いいの? と思い長老へと顔を向けてみるけど、ふぉふぉふぉ、と笑顔を讃えて佇む長老。大丈夫のようだった。
しばらく後、ドラゴンは砕いた魔石を飲み込んで、長い尻尾を持ち上げた。
この瞬間、俺は、まじか! と叫びたいほどだった。ドラゴンの体勢がまるで、排便する動物そのものだったから。そしてコロコロと尻の穴から出てくる理力結晶。俺は盛大にため息をついた。
長老、残念なのはあなたもですか……。という得も言われぬ思いを込めて。
「長老、この排泄のような仕様。何とかならないのですか?」
「ふぉふぉふぉ、どうしようもないの。魔獣を模している以上、必要な仕様ゆえに」
「そうですか……」
俺のあきらめの声が洞窟内に響いた。
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