第27話3.27 苦労している間に完成しましてました

 魔獣の気配が増える中、俺がまずしたのは人形を着ることだった。


「着ないと戦闘力が半分近くに落ちるからな……」


 ぼやきながらもさっさと収納空間から人形を出して体に押し当てると――すぅーっと体と人形が一体化していく。こんな時のために仕様を変更していたのだ。

 幼児向けヒーロ―アニメのように変身に時間をかけてはいられないから。

 魔獣が空気読んでくれるはずもなく、本当に命に係わるから……。


 瞬時に変身を終えた俺は最も魔獣の気配が手薄なところを目指して駆け出す。直後、俺が元居た場所に数枚の羽根が突き刺さった。


「やっば。木の上のやつは気配を消すやつか!」


 増えていく魔獣の気配に気を取られすぎた俺を挑発するかのような上空からの攻撃。俺は、まず上空の敵を減らすことにした。


「気配を消すような奴は、打たれ弱い!」


 背後から追いかけてくる魔獣を避けつつ巨木へ飛び付き、そのまま重力を無視して駆け上る――ように見えるけど、実際には転移理術だった。

 そう、目に見える範囲で小さい転移を繰り返しているのだ。


 その効果は魔獣の攻撃を避けるのに絶大だった。相手からしたら体の動きと移動速度が合わないのだから。

 その代わり理力の消耗が激しい。長い時間は無理だった。


 飛んでくる羽を転移で躱し、羽が飛んでくる元へと向かう。そこには、三羽の黒い鳥――体長1mほど――がいた。名は森ガラス。陰から獲物を倒す、もしくは、他の魔獣が弱らせた獲物を掻っ攫う狡賢いやつだ。

 相対した俺に羽を飛ばす森ガラス。だが少し遅かった。すでに俺は転移しており、森ガラスの背後へと回っていたから。


 一刀で三羽を切り裂き、その場から跳躍する。三羽が落ちた先では、魔獣たちによる奪い合いが始まっていた。


「ふぅ」


 俺は着地して一息吐く。そして、すぐに駆けだした。


「今のうちに……」


 木の実を少しでも集めなければいけなかった。例え無事に生き延びたとしても、『闘』の真龍が納得するだけの木の実を持っていなかった日には、今の状況ですら、ぬるま湯につかっているのではないかと思うほどの状況に追い込まれるのだから。

 かつてのような……


「いや、大丈夫だ! 為せば成る‼‼」


 全方位の警戒を怠らず、進行方向の魔獣には攻撃を、周囲の魔獣が近づいてきたら場所を変え、木の実を拾っていく。

 そうしているうちに。


「近くに魔獣がいない⁉ よし、今のうちに拾うぞ‼‼‼」


 絶好の採取タイミングが訪れた。

 目に付く木の実を、どんどん収納空間へ放り込んみながら移動していく。やがて巨大な、木と大きさの変わらないぐらいの岩山の側へとたどり着いたとき――物凄い恐怖が押し寄せてきた。


――ここ、巨木の森だよな。なぜ、索敵範囲に魔獣がいない……


 索敵と採取でいっぱいだった頭から採取が消えたことにより考える余裕が出来たのだ。


 俺は改めて辺りを索敵する。だが、近くには魔獣一匹見つけられない。遠くにはヤバいやつらがごろごろいるにもかかわらずだ。


「こういう所って……」


――もっとヤバいやつがいるんじゃ


 口にしたら現実になりそうなので慌てて口を手でつぐんだ俺だが無駄だった。


『ワッパ。我になんぞ用かの?』


 耳元というか、心の内に直接、声が聞こえてきたから。岩山だと思っていた所から俺の身長を超えるほど巨大な目を見せて。


「んーーーーー!」

『何を言っておるのか分からんぞ?』


 慌てたため、手で口をつぐんだまま話した俺に真面目な突っ込みを返してくれる声の主。

 俺はというと。


「すみませんでした。決してテリトリーを侵そうとか思ってないんです。間違いなんです。すぐに帰りますーーー‼‼‼‼」


 いうだけ言って、全力で走り出した。


『あ、おい。待て。おい!』


 聞こえる声を無視して。




 ハイヘフンへと帰った俺はサクラに愚痴っていた。


「本当に死ぬかと思ったんだぞ。あの声の主、近づくまで全く気配を感じさせないんだから」

「それって、多分あれやな。ヒーダ―山脈の主やな」

「主? そんな奴がいたのか」

「そうや。聞いた話やと、その主、ちょっと小蠅がうるさい言うてブレス吐いたら大爆発が起こってジャバ海とヒーダ―山脈がでけたっていう龍や」

「なんかそれ、聞いたことがある。ハボン王国の建国神話に出てくる守り神のことだ。神話だと王家を守るためにブレス吐いたって言われてるけど」

「へぇ~。まぁ、結果的に助かったんちゃう?」

「そうかもね。でも、そんな龍なら逃げなくて良かったかも」

「んー、それはどうやろ。そのままおったらきっと戦うことになっとると思うで。戦うの好きで『武』と『闘』と気がおうて、たまにやり合う仲みたいやし。二対一でやると実力が拮抗してておもろいとか言うとったし」


 話を聞いた俺は冷や汗が止まらなくなっていた。

 

――脳筋真龍二人と互角……


 俺ならきっとブレスどころか鼻息だけで殺されそうだった。正直、小蠅以下だ。

 二度と近づかない、俺は心に決める。

 そんなところに『治癒』の真龍がやって来た。


「思った以上に、いい出来よ~。材料の相性って大事なのねぇ~」


 自分の髪先を見ながらニコニコ笑顔の『治癒』の真龍。どうやら自分の髪で試したようだった。


「母さんが、言うんやったら本物やな」

「そうか、そんなにいい物になったのか」

「ええ。良い物よ。もちろん、私の作るものに比べれば数段落ちるけど」


 数段落ちる、とはいうが、真龍の粋を集めて作ったものと比べて数段で済むのなら、一般的には十二分である。

 完成度の高さに安堵した俺は寸胴のような金属の容器に入れられた洗髪剤を収納空間へとしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る