第26話3.26 洗髪剤作だけでは済まなさそうです


 材料が揃ったら制作である。

 俺はサクラと何故か付いて来たラスティ先生を伴ってハイヘフンを訪れていた。

 『治癒』の真龍に設備を貸してもらうためだ。


 本当は自分で作るつもりだったのだけど、サクラが遠話で油とハチミツを取ったと話したところ、是非見たい! とお願いされたそうだ。

 なんでも、カースビーのハチミツも椿油も使ったことが無いそうで。


「『治癒』先生なら椿油ぐらいすぐに入手できるだろうに」

「そうなんやけど身近にもっとええ油があったから、わざわざ人から買うようなことしてへんかったみたいやわ」

「そうか……ちなみに、いい油って、どんな油?」

「アルはヒーダ―山脈の真ん中に大きい森があるん知ってる?」

「ああ、あの滅茶苦茶でかい木がある森な。『武』と『闘』の二人に修行だって放り込まれたことがあるな。物理攻撃を99.9%以上跳ね返す上に理力攻撃を完全吸収して返してきたりとか、訳の分からん魔獣がいる森だったな。全力で逃げたけど」

「そう、その森や。その森の最奥にひと際大きい木があるのは?」

「もちろん知ってる。あの木から遠ざかるように走ると森から抜けられるから。でも、ちょっと走って遠ざかったぐらいでは大きさ変わらんから、何度も絶望しかけた恐ろしい木だな」

「ははは、そういえば昔、そないなこと愚痴ってたなぁ……まぁ、その木や。母さんが使う油が取れるんは」

「はっはー、色んな意味でやばいな」


 『治癒』の真龍の持つ加工室へ向かう中、サクラと交わした会話だ。ちなみにラスティ先生はハイヘフンへ着くとすぐ、『風』ちゃんとこ行ってくるわ、と違う方へ歩いていってしまった。

 どうやらパシリとして使われたようだった。まぁいいんだけど。




「こんにちは」

「きたで~」


 サクラの案内で到着した『治癒』の制作室、その扉を開けてすぐ俺は二歩ほど後ろに下がった。


「やあ、久しぶりだね。アル君」

「……ご無沙汰しております。『闘』師匠」


 制作室に、にこやかな笑顔を浮かべる巨体があったからだ。


「うん、早くはいりなよ。洗髪剤作りに来たんだろ?」

「はい……」


 視界には、にこやかな笑顔が映るのに、なぜか俺の身体は『闘』の真龍に近づくことを拒否している。

 そんな俺へ向け『闘』の真龍は、ずいっと一歩踏み出した。


「いけないなぁ。いつでも心は穏やかに、って教えたはずなのに……今日、時間あるかい」

「はいぃ」

「よろしい。それでは待ってるよ」


 手を上げて俺の横を通り過ぎる『闘』の真龍。俺の地獄行きが決定した。

 



「アル、顔が真っ青やけど大丈夫なんか?」

「ああ、大丈夫だ。それで、どうですか? 良い物は作れそうですか?」


 持って来たハチミツと油を見てもらっている『治癒』の真龍に問う。


「これ、いい物になりそうよ。それぞれの品質は普通よりちょっといいぐらいだけど、相性がいいわ! 元が一緒だからね~‼‼」


 彼女はウキウキしながら二つを何かの装置へと投入していった。


「これでいいわよ。後は理力を込めるだけ」

「はい、それは俺が」


 材料を投入して蓋を閉めた後の装置へ俺は理力を込める。装置は小さな音を出しながら稼働し始めた。

 ちなみにこの装置は『治癒』考案、『鍛冶』と『付与』設計製作の洗髪剤製作用理具である。この後は、何もしなくても一時間ほどで完成するそうだった。


――ということは、早くも行かないといけない⁉


 俺の脳裏ににこやかに笑みを浮かべる『闘』の顔が浮かぶ。俺は、まだやるべきことがあるはずだと必死で考えを巡らせた。

 そして思いついたのは。


「あの、カースビーの呪いに回復理術が効かないってのは本当なのですか?」


 呪い、という真龍たちの教えの中にも出てこない不可思議なものについて知ることだった。


――もちろん修行が無くても聞く気だったけど!


「呪い? ふふふ。あれはそんな原因の分からないものではないわよ?」

「いや、俺からしたら理術すら原因の分からないものでしたからね。もしかしたら呪いも存在するのかも、と思ったのですよ」

「なるほど……確かに私の知識では呪い自体の存在を完全否定出来る材料はないわね。でも……カースビーに刺されて死ぬのは、ただの魔毒によるものよ――」


 説明を始める『治癒』の真龍。

 まとめると。


「魔毒が丹田を刺激して異常に活性化させる……」

「そうなの。丹田って三つあるでしょ。だから複数回刺されると複数の丹田が異常活性して体が疲弊しちゃうのよ」

「そこに体を元気にする――つまり活性化させる回復理術かけたら、余計に丹田が活性化して、体力を奪うと」

「そういうこと」


 カースビーに刺されて起こる症状はアナフィラキシーに似てるけど違うものだった。

 それでも。


「ということは、丹田の動きを抑制する理術をかけてやれば」

「死ぬ確率は格段に減るわね。ちなみに、丹田の動きを阻害してくる魔獣の毒から精製した、こういう薬もあるわよ?」


 『治癒』の真龍が収納空間から小さな袋を取り出す。中には錠剤が入っていた。


「こっちは作り方よ」


 ついでとばかりに差し出してくる紙切れには、『鎮丹田薬』と銘打たれていた。


「ありがとうございます」


 頭を下げて薬とその作り方が書かれた紙を受け取った俺だが、心の中は複雑だった。


――ああ、用事が終わってしまった


 そんな内心を知ってか知らずか。


「どういたしまして! これで『闘』ちゃんとこ行けるかしら⁉」


 にこやかに返してくれる『治癒』の真龍。俺は動くのを嫌がる首を何とか動かして制作室を後にした。


 『治癒』の真龍と楽しそうに話を始めるサクラを横目に……。

 



「お待たせしました」

「ん? そうでもないぞ」


 立ったまま目を閉じていた『闘』の真龍が俺へ目を向ける。そして、おもむろに俺に近づいて、ぼそりと告げた。


「行くぞ」

「へ…えぇぇぇぇぇぇぇ」


 がっ、と俺の身体を掴んだ『闘』の真龍が移動を開始する。転移のような理術ではなく、ただ走るという原始的な移動を。

 だが、原始的と侮ることなかれ! 速度が音速を超えてそうなぐらいなのだ。特に、その速度までたどり着く時間が、つまりは加速力が半端ない‼


――体がちぎれるぅぅぅぅぅ‼‼‼‼‼‼


「うぅぅぅぅぅぅぅ」


 唸っているうちにぴたりと動きを止める『闘』の真龍。俺はというと、逆方向へ加わる荷重を受けて再び体がちぎれそうになり――倒れ込んでいた。


「はぁ、はぁ、はぁ、動く、前に、教えてください」

「ん? 言っただろ? あれで準備できないとは、大分弛んでいるみたいだな。そんな様子じゃ、無事に帰れないぞ?」


 物騒なことを言う『闘』の真龍。俺は恐る恐る聞いた。


「……いったいここはどこですか。俺に何をさせるつもりですか」

「うん? 聞いていないのか。『治癒』が使っている油集めの手伝いだ。ほれ、その辺りに木の実が落ちてるだろ。それを拾うんだ」

「⁉ それってもしかして……」


 俺は慌てて起き上がる。すると見えてきたのは。


「げぇ」


 件の絶対に近づきたくない、巨木だった。

 

「それじゃ、私は別のところで集めてくるから」

「ちょ、待って!」


 俺の言葉など聞きもしないでスッと姿を消す『闘』の真龍。俺がちょっと惚けていたら、背筋に寒い物を感じた。それも何度も。

 『闘』の真龍を恐れて隠れていた魔獣たちが俺の元に集まり始めたのだ。


「これ、全力でやらないと本当にヤバい⁉」


 突如として命を懸けた採取が強制的に始まった。


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