第24話3.24 カメリアって、そっちなのね
カースビーについての恐怖を少しはぬぐえた俺たちだが、人体実験してみる気にはなれない。つまりは呪いではないという確証が持てない。結局はこれまで通り、カースビーに刺されないように慎重に行動する必要があった。
「放置するわけにもいかないし……もったいないけど駆除かなぁ……安全にするにはどうするのが一番かなぁ……」
俺は頭を悩ます。そこに声が届いた。
「あの小屋に集まってるんやったら、あん中に女王がおるんちゃうかな? それやったら小屋ごと燃やす?」
「可能性はあるわね。アル君、調べられる? 私、この距離だとちょっと分からなくて」
「先生、調べてみます。サクラ、ちょっと空間断裂の外に出るよ」
「はいはい」
器用に空間断裂から出るための穴を空けるサクラ。俺は外に出て気配を探った。
「あれ?」
「どうしたの、アル兄さん」
「戦うのか!」
「むむ!」
目ざとく俺のつぶやきを聞いたシェールの問いかけに、即座に反応するビルとユーヤ兄。俺は、ビル、ユーヤ兄、話聞いてた? 数か所刺されただけで死ぬかもしれないんだよ? と思いながらシェールに返した。
「小屋の中に女王いるみたいなんだけど、それより――人もいるみたいなんだ……」
「「「「は?」」」」
ラスティ先生、サクラ、シェール、そしてサーヤまで揃って口をポカンと開ける。自分で言っておいてなんだが、俺も、もし聞く側なら開いた口が塞がらないだろうな、と思う状況だった。
なにしろ解けない呪いをかけると言われて恐れられているカースビーが小屋とはいえ建物一棟を覆い隠すほどいる、その小屋の中に人の気配があるのだから。
「えっと、その人は生きているの? そもそも本当に人なの?」
「ええ、種族は分かりませんが確実に人ですね。しかも、普通に動いてますね。ご飯食べてるところかな?」
「ご飯食べてるって……その人、頭おかしいんとちゃう?」
「ははは、否定できないな……」
俺なら普通の虫でも、あれだけいたら近寄らない、どころか、見たら逃げるな、などと考えていたらシェールの声が聞こえた。
「普通に生きているのなら、声かけたら家から出てくるんじゃない?」
「そうだな。呼びかけたら出て来てくれるかもな。……サクラ、声かけた後カースビーが変な動きしたらすぐ空間断裂の中に入れてくれ」
「分かった……よし、準備できたで!」
頷くサクラへ俺も頷きを返す。そして大声を上げた。
「すーみーまーせーんー。小屋のー中の人―外にー出れますかー」
すると! ブゥワン‼‼‼‼ とちょっと膨れるカースビーの塊。
「空間断裂‼‼‼」
瞬時にして俺の周りにサクラが術をかけてくれた。
ちょっと肝が冷えた俺は、はぁー、と大きく息を吐いた後。
「助かる」
とサクラにちらりと目線を送る。頼んだこと、とは言え即座に動いてくれたのが嬉しかったから。さらにサクラは、任せといてや、と力強く頷いてくれる。本当に頼もしかった。
実のところ、俺も万が一を考えて全てのハチを焼き尽くす炎理術の準備をしていた。
だが、その術を使った場合、カースビーはもちろんのこと小屋も焼き尽くす――中の人も含めて――と後味の悪い物になってしまうから。
そんなことはしたくない、と考えながら中の人の動きを探る。
すると、ゆっくりではあるが中の人は扉の方へ動き始めていた。
ゆっくり、ゆーっくり、動いて扉のところまで来た人が、またまた、ゆーっくり扉を開ける。
カースビーは扉の速度がゆっくりだからか、まったく気にしていないようだった。
「刺されないためには、あの速度が大事なのかしら?」
「かもしれませんね」
「だとしても私はやる自信はないわ。死の恐怖に負けてしまいそう」
「へぇ~、いつも冷静なシェールちゃんでも無理なんか。うちも無理やろなぁ」
扉の動きを見ながら話しているとビルが口を挟んできた。
「武術の達人が修行しているのかもしれない」
「ん!」
同意を示すユーヤ兄。
「なるほど。死を前にして心を保つための訓練か……ありえるかもしれないな……」
俺も思わず同意してしまった。なにしろ俺も真龍たちによって似たような修行をさせられたから。
目も耳も鼻も物理的に潰された中で一切の気配さえ感じさせず一撃必殺の攻撃を繰り出してくるのをひたすらに避ける修行を。
そんなことを思い出した俺は内心で苦笑した。
――何をびくびく怯えているのやら
周りに感化されすぎだった。
火理術で焼かなくても全てのカースビーを刀で切り裂けばいい。他の人を襲う前に。
それだけの技量はあるのだから。
今度、ハイヘフンに行って『武』と『闘』の真龍にもまれるのもいいかもしれない。
もしくは出てくる武術の達人に! と一人納得しているところで、ようやく小屋の外に人が出てきた。
出てきた人を見た瞬間、俺はつぶやいた。
「甲羅背負ってる武術の達人……亀――仙人?」
「ちがうやろ? どっちか言うたらアメコミの亀忍者……」
地球の記憶がある俺の言葉に対し俺の記憶から再生された作品を知るサクラが突っ込みを入れる。
俺は大きく頷いた。
「ああ、確かにそっちの方がしっくりくるな。肌の色が亀っぽいから、別物に見えるけど……」
それに甲羅も背負ってるんじゃなくて体の一部って感じだ。腹側にもあるし。
そんな風に言い合いながら観察している間に亀忍者みたいな人は、俺たちの存在に気付いたようで、こちらに向かって歩いている。
その歩みは、変わらずにゆっくりだった。
「アル。空間断裂であの人も覆おか? そしたらはよ歩いて来られるんちゃう」
「いや、それは止めようか。いきなり理術で覆って攻撃だと思われても困るし。ラスティ先生は、どう思います」
「こっちに来ようとしてるんだから待ってればいいと思うわ」
「分かった」
何もせずに、ただ待つを選択した俺たちだが、その歩みはあまりに遅く。
結局。
「こっちから行こうか。ハチたちも動いてないし」
「空間断裂は維持しとくさかい」
「お願い」
馬車を進ませた。
亀忍者の人と話せる距離まで近づいた時の俺たちの耳にはカースビーの羽音が聞こえて来ていた。
「大丈夫よね。アル君」
「はい。襲い掛かって来ても。すべて切り落として見せますから」
「ラスティはん、うちの空間断裂もあるさかい」
「わ、分かったわ」
心配するラスティ先生によく言い聞かせた後、俺は亀忍者の人に頭を下げる。亀忍者の人も、ゆっくりと頭を下げた。
「初めまして。アル・クレインと申します。バーグ属領の領主であるユーロス・クレインの二番目の息子になります」
「……ごれば、ごれば……ごでいねいに。……はずめまずで。……わずは、ガメリアーどいいまずだ」
俺のあいさつに、ゆっくりゆっくり言葉を返す亀忍者の人。俺は、あまり理解できなかった。
「えっと、すみません。お名前をお教えください」
「……わずは……ガメリアーどいいまずだ」
「ガメリア―ドさん?」
「…………ぢがいまずだー。……わずは……ガメリア、どいいまずだ」
「え?」
再度聞いても俺には、『ガメリアード』としか聞こえない。もう一度聞き直すか迷っているとラスティ先生の小さな声が耳に届いた。
「この人がカメリアさんだって」
「え⁉ 椿油作ってるっていう?」
「それは分からないけど、『カメリアといいます』って言ってるからカメリアさんよ」
「なるほど……っていうかよく言ってることが分かりますね?」
「こっちの地方の古い訛りだからね。ある程度は」
「そういうことですか」
ラスティ先生、ぱっとみ20歳ぐらいだけど実際には100歳近い、普通の人間ならお婆ちゃん――などと考えていたら冷や汗が出た。
「変なこと考えてるでしょ?」
ラスティ先生から何とも言えない気配を感じたから。
でも、今は構ってられない。小さく咳払いをして俺は話を戻すことにした。
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