第23話3.23 辿り着いたものの近づけませんでした 


 話の後、すぐに件の油屋へと向かうことにした。馬車で。

 本当は転移理術で行ってもいいのだが今度の取引を考えると一度、地道で行ってみるべきだと考えたからだ。

 今日は実家に泊まることになったしね。母さんズに、そのままラークレインに帰るよ、って言ったらとっても寂しそうな顔してたから、断れなくて。


 馬車と言っても荷車に毛が生えた程度の荷台に揺られながらラークレイン近郊では見られない田舎道を馬車が進む。

 今日の御者はユーヤ兄だ。なんでも従者なんだから馬車ぐらい扱えないと困るよ、とビル付きのメイドであるエイリンさんに仕込まれているのだとか。

 やっぱりラークレイン城のメイドは変だった。


「基本はこの道を真っすぐね」

「ん!」


 荷台の先頭に座ったラスティ先生の案内を聞いた頷いたユーヤ兄が馬を進める。そんな中、俺は乗って早々、突き出して来たサーヤの狐耳を撫でていた。


「ユーヤ君、上手ね。ワーグより上手いわよきっと」

「まぁ、ワーグさんが馬車を操っている姿が想像できませんが……」


 でも父さんの護衛なんかで御者することもあったのだろう、と脳内でユーヤ兄とワーグさんを入れ替えてみる。やっぱりしっくりこなかった。

 なんでだ? と首を傾げていて一つ分かった。


――馬車が貧相すぎるんだ


 チャリオットみたいな乗り物ならきっと似合う。ヒャッハーって言いながら魔獣追いかけていそうだと苦笑していて、大事なことを思い出した。


「ラスティ先生。この辺りに出るハチって強いんですか?」

「ああ、これから行くところのやつ?」


 俺が頷くと先生は続けた。


「どうかしらね。ホワゴット大森林にはいろんな種類のハチがいるから。でも、あんまり森の外には出てこないんだけどね。『ドラゴンの寝返り』の影響かしらね」


 肩をすくめるラスティ先生。それなら、と俺は質問を変えた。


「ラスティ先生がハチミツ取るとしたらどんなハチから取りますか?」

「私? ――だと、狙うのはプリンセスビーかしらね。体調50cmぐらいのハチでね、群れも小さいし全部倒してからハチミツ取れるしね。ただし味は、今一つね。もう少し高級品だとツキノワかしら。眉間に白い線が入ったハチで体調は150cmぐらい。単独行動だから危険は少ないわね。ただし、個体数も少ないし、取れるハチミツも少ないし、も一つ言うと風に敏感で私の理術避けるのよね。ちょっと面倒ね。後は、もっと高級品のハチもいるらしいけど……噂だけだからやめとくわね」


 ぺろりと舌を出すラスティ先生。普段はあまり見せないけど、とっても可愛い仕草だった。

 ハチミツの話をしたから口が動いたのか、と考えた俺は収納空間から飴玉を出して先生に勧めた。


「ハチミツ飴です。おひとつどうぞ。王都で買ったものですよ」

「ありがと」


 受け取ろうと手を出す先生。その先生より先に手が伸びてきた。


「いっただき~!」


 ビルだった。


「おいおい、先生が取ってからにしろよ。まぁいいけど。あ、でも、どうせ取るならユーヤ兄の分もとってくれ」

「分かった!」


 もう一個飴玉を取ってユーヤ兄に渡すビル。その間にラスティ先生もシェールも飴玉を取っていた。


「う~ん。甘いわねぇ~。これ、いいハチミツ使ってるわ」

「そうなのですか?」

「ええ、シェールちゃん。こんなに甘いハチミツなら、きっと、さっき言ったツキノワクラスのやつ使ってるわね」

「へぇ~。確かにラークレインで買った飴より甘い気がします」


 シェールは一人納得した後、馬車に乗ってからずっと読んでいる『時空理術の手引書(サクラ著)』へと戻っていった。


「サクラはいらない?」


 俺は自分の書いた文章を隣で唸りながら読まれることに苦笑しているサクラに声を掛ける。


「あー、もらおかな。でも、先にサーヤにあげた方がええで……」


 サクラはサーヤの開かれた口を指さしながら答えた。


「サーヤ、欲しいなら欲しいって言ってよ」

「ずっと欲しくて、アーンしてたです」


 いや、それ気付かないから、と思いながらも俺はサーヤの口に飴玉を一つ入れてあげる。するとにっこり微笑みを返してくれるサーヤ。

 そんなサーヤを見てて、さっき人の女装を想像して笑っていたサクラに仕返しする方法に気付いた。


「サクラもアーンしてあげよう」

「え? いや、うちはええで」

「遠慮せずに、ほら」

「いや、ええって、恥ずかしい。みんな見てるし……」

「いやいや、少しぐらい恥ずかしい目見てもらわないと。人の女装姿想像して笑ってた罰として」

「いや、いや、いやや」


 首を横に振って嫌がるサクラだが、馬車の上で逃げ場はない。俺は頑なに開けようとしない、その小さな口に飴玉をねじ込んでやった。


「恥っず」


 真っ赤になった顔を同じように赤くなった手で覆い隠すサクラ。俺は、ざまぁみろ、と思っていたが……しばらくして、自分も恥ずかしいことをしていたことに気付き。

 同じように赤くなる羽目になった。




 話を聞いたり恥ずかしがらせたり恥ずかしかったりしながら、一時間ほどで目的地と思わしき場所へと到着したようだった。


「この辺り、椿の木ばかりですね」

「目的地に着いたのかしら。ユーヤ君、建物見える?」

「ん!」


 ユーヤ兄が指さす方向に目を向けると。


「えっと、あの小屋……ハチに襲われてませんか?」


 小さな、それこそミツバチと変わらない大きさのハチに覆いつくされている小屋を見つけた。


「あー、本当ねぇ。ユーヤ君、馬車止めてぇ!」

「む!」


 手綱を引いて馬車を止めるユーヤ兄。俺は、というと飛び出そうとしているビルの首根っこを掴んで押さえていた。


「アルにぃ! なんで、止めるんだよ‼」

「いきなり突っ込んでいくバカがいるか!」

「いるじゃない、ここに」


 冷静なシェールの突っ込みに深いため息が出る。そこに、ラスティ先生の嫌そうな声が聞こえてきた。


「あれって、もしかして……カースビー…………」

「カスビー?」


 何かのお菓子を作ってる会社、な訳はないけど聞いたことない名前をつぶやく先生の顔を俺は見つめる。先生は顔を青ざめさせながら首を横に振っていた。


「違うわ。カース・・・ビーよ。呪いのハチって言われているハチよ……」


 先生の態度から、ただ事ではないと思った俺は馬車ごと椿林の外まで転移させて、さらに念を入れることにした。


「サクラ、念のため、空間断裂しといてくれ」

「分かったわ」


 ペキン、と音を立てて張られる空間断裂理術。その範囲内に魔獣が一匹もいないことを確認してから青ざめた顔のラスティ先生へ目を向けた。


「大丈夫ですか?」

「ええ。平気よ」


 一つ深呼吸するラスティ先生。若干、赤みが戻った顔に無理やり笑顔を作ってから口を開いた。


「さっき言ったように、カースビーというのは呪いのハチなの」

「他のハチ魔獣とは何が違うのですか? 身体は小いさそうでしたが、毒が物凄く強力とか? そもそも呪いってあるんですか?」

「違うわ。毒そのものは弱くて刺されても数日腫れる程度よ。一か所だけなら」

「というと?」


 俺の相槌へ一つ頷きを返した上で、ごくりと唾を飲み込んだ先生は神妙に告げた。


「何か所かは定かではないけど、複数刺された人が全身に斑点を出したり、呼吸が苦しくなったり、突然倒れたりして……中には死んでしまう人までいるの! しかもね、回復理術をかけても治らないの‼ だから呪いだって言われてるの‼‼」

「なんやそれ、怖いやん」

「回復理術使えないと、どうしようもないです」

「呪いの解き方、理術の分野でも聞いたことがない……」


 青ざめるサクラ、オロオロするサーヤ、そして考え込むシェール。そんな中、俺はというと、長い長い息を吐いていた。


――それって、アナフィラキシーショックじゃないのか、と


 まぁ、理術があって魔獣がある世界だから、呪いが存在しても不思議ではないけど、でも、これまでのところ傷修復理術や骨接理術はもちろんのこと成長理術も、まして豊胸理術ですら日本で一般的に知られていた知識を基にして使ってきて問題は無かった。

 つまり人体の構造は地球とジアスではほとんど変わりはないと考えて間違いなさそうだ。

 そんなところで、言えることは一つだ。


「ラスティ先生。それはきっと、回復理術の使い方を間違っているのですよ。恐らくですが、複数回刺されることにより体が毒素を排出しようと頑張りすぎてしまっているのです。そんな時に理術で更に体を活性化させてしまえば、より症状を悪化させるだけです。そんな話、聞いたことありませんでしたか?」

「き、聞いたわ。古い友人が、呼吸が苦しそうだからって代謝を上げる理術をかけてあげたら呼吸が止まりそうになったって!」


 なんというか、本当に予想通りだった。


「そういうことがあるんか。母さんに教えよかな、あ、でも知っとるよな」

「アル兄様、流石です!」

「それなら、どういう理術をかければいいのよ!」


 一人ぶつぶつつぶやくサクラ。抱き着いて来て耳を俺の顔に押し当ててくるサーヤ。そして、ぎろりと睨みつけてくるシェール。

 いやサーヤちょっとやめてもうちょっと話したいから。それにシェール、睨むならサーヤを止めて。ちょっと話せないから。


 困っているとラスティ先生が、そっとサーヤの頭を撫で始め動きを止めてくれた。


「対処としては、副腎を活性化させながら大人しくさせるしかないですね」


 アナフィラキシーに使うのはアドレナリンだっていう話を健康課の頃に聞いたし、自分で太ももに薬を刺している子供も見たことがあった。


「それだけで、治るの?」


 首を傾げるラスティ先生。シェールも隣でうんうんと頷いていた。納得がいかないらしい。

 だが、俺も実際に治療したことはないし、治療のために挿されるなんてもっての外だ。


「確実とは言えません。個人差も種族差もあるでしょうから」

「そうよね。絶対に治る理術なんて存在しないものね。それでも、少しでも治せる可能性があるなら、機会があれば古い友人に話してみるわ。かなり落ち込んでいたから。教えてくれてありがと」


 ラスティ先生は背後から俺をぎゅっと抱きしめた。


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