第21話3.21 材料探しに手間取りそうです 


 爺様の依頼を終え、報酬を受け取った俺は早々に爺様の執務室から退出した。

 これ以上、余計なことを押し付けられたくなかったから。


「はぁ、転移理具の構想を作らないといけないのに……」


 ぼやきながら廊下を歩く。そこに。


「あ、やっと見つけたで」


 サクラが駆け寄って来た。


「あれ、サクラ、学校の用事は終わったの?」

「今日は、というかしばらくは、ええんや」

「そうか。それで何?」

「えっとな、ついでがあったさかい、『治癒』母さんに洗髪剤の作り方聞いて来たんや。アル忙しそうやったし」

「ありがとう。助かるよ」


 礼を言った俺に申し訳なさそうな表情を浮かべるサクラ。俺は恐る恐る聞いた。


「えー、悪い話?」

「あー悪くはないけど、面倒な話やな」


 サクラは、そう前置きして説明を始めた。




「…………つまり作り方は分かったけど材料、具体的には良質な油とハチミツがないってこと?」

「そやねん。母さんが言うには材料が悪かったら良い物はでけへんて」

「まぁ、道理かな」


 もっともな話に頷きながら俺は考えていた。


「……油は生産者を探して買うとして、問題はハチミツか。確か、ハチって魔獣で、かつ、かなり凶暴なんだよね?」

「そう言うとった。しかも母さんはビーエンペラスの最高級品を使うみたいで、いつも『闘』姉さんに蜜取り手伝ってもらうらしい」

「それって、『治癒』の真龍、一人では危ないってことだよね」


 こくりと頷くサクラ。気づけば俺の口から大きなため息が漏れていた。

 治癒を専門にするとしても真龍である。膨大な理力を持ち、普通の人間では辿り着けないほどの強さを持っているはずである。それなのに手伝ってもらっている。

 

――俺とサクラなら取りに行けるかもしれないけど、販売するとなると量を確保できないな


「……ちょっとグレード下げよか」


 それが妥当だと思われた。


「えっと、普通に店で売ってるハチミツで作るってこと?」

「それは下げすぎかな。希望としては上級品――高段位の魔獣駆除組合員ハンターが集められるぐらいかな」

「依頼するんか?」

「それもいいけど、最初は自分たちで取りに行こうかと思う。昔、ラスティ先生がバーグ属領でハチミツ取れるって言ってたし、何より魔獣と戦いたくてうずうずしてる奴らもいることだし」

「あー、ビル君とユーヤ君やな」


 苦笑を浮かべるサクラと共に俺はビルとユーヤ兄がいるであろう訓練場へと歩き始めた。




「絶対行く!」

「ん!」


 こぶしを握り締めて気合を入れる二人。その横でシェールは理術の訓練を一旦止めて、ジト目を俺に向けて来ていた。


「明日だけど、シェールは行かない?」

「……行くわよ。ルーホール町に行くんでしょ。久々に父さんと母さんの顔見たいもの」


 二人が帰って数か月、12歳の少女にしてみれば親が恋しくなっても仕方のない話だった。

 それでも自分で時空理術を使えれば帰れるんだろうけど、未だシェールは習得できていなかった。その為か余計に目線がきつく感じた俺は顔を引きつらせながら、助かるよ、と礼を言う。


 するとシェールは、もう一つ、と付け加えた。


「出来上がったら使わせてよね!」

「もちろん」


 即答に満足したのか、理術訓練に戻っていくシェール。それを見送った俺がサーヤに目を向けると、にっこり微笑んで頷いてくれる。

 かくしてハチミツ収穫の準備は整った。




 ビル達と別れた後、俺とサクラはショーザさんの店に顔を出していた。


「珍しいですね。アル君がここに顔を出すのは。最近は『墨いらずペンの』陳列もイーロス様が来られているというのに」

「ええ、今日はショーザさんに商談をしに来ました」

「なるほど。何が御用入りですか?」


 商談と聞いて真面目な表情を浮かべるショーザさん。俺は、真面目な顔が一番胡散臭いな、と思いながら話を切り出した。


「欲しいのは油です。上質な植物油。価格に糸目は付けません。量は取り合えず100kg程ですかね。良い物なら定期的に購入を検討します」

「なるほど、植物油ですか。いくつか生産者を知っていますから紹介しますよ」


 その言葉に俺は驚いていた。何しろ普通なら仲卸みたいな感じで数パーセントの代金を払うものだから。


「えっと、良いのですか? ショーザさんの商会を通さなくて」

「ああ、構いませんよ。というか、むしろ通してほしくないです」

「何故?」


 本気で訳が分からない俺に向けて、ショーザさんがニヤリと笑った。


「簡単ですよ。そんなことをしたら、きっと将来その代金だけで大儲けできてしまうからですよ」

「駄目なのですか?」

「もちろん駄目ですよ。『墨いらずペン』の時も似たようなことを言いましたが、私はアル君の、いや『黒紅龍商会』の傘下に入るつもりは無いのですよ」


 俺も入れるつもりはないが、と思ったがとりあえず頷いておく。俺の気持ちに気付いたのかショーザさんは、くくく、と笑ってから続けた。


「分かって無いですね。アル君に入れるつもりは無くても、売り上げの大半が『黒紅龍商会』となったら、もう傘下に入ったようなものなのですよ。倉庫や従業員を増やして固定費を増やした日には、絶対に関係を切れなくなってしまうのですから」

「あー、なるほど」


 ここでやっと、俺には思い当たる関係性があった。


――自動車会社における部品会社みたいなものか


 部品会社は一応独立してるけど、他に買ってくれる会社なんて無いのだから、傘下に入っているようなものだった。


「分かりました。では生産者の情報だけ買わしていただきます」

「まいどあり~」


 胡散臭い笑顔のショーザさんが生産者の話を始めた。

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