第20話3.20 どうして目を逸らすのでしょうか

 

 作業を始めて数日。マウントフォーム領内の街道整備は無事に終了していた。

 今は紅龍爵領側で兵士さんが駐在する建物を建てようとしている。


「平屋の丸太小屋でいいか。広さは、適当に10m四方ぐらいにしておくか」


 思い浮かべた設計とも言えないイメージに合わせて収納空間に溜まっている木材を理術でカットして積んでいく。

 ほんの10分ほどで骨組みまで出来ていた。


「後は、孤児院と一緒だな。問題は内装だけど、爺様からは好きにしろって言われてるんだよなぁ。俺、建築家じゃなくて商人なんだけどなぁ」


 爺様の無茶ぶりを愚痴っていても仕方がない。必要な内装を考える。


「馬なら一番近くの村まで小一時間ってところだから、最低限でいいか」


 便所と手洗い場、小さな台所とベッド……ワンルームアパートぐらいだな。風呂はいらないだろ。

 自分が学生時代に住んでいた格安アパートのような間取りで作っていく。

 上下水道や家電の代わりには自家製の理具を設置していった。


「おお、ルーホール町の屋敷より住みやすそうだ……」


 あの面積だけが広いボロ屋敷と比べてしまい、何とも悲しい気分になる。


――こんな簡単に出来るなら1回帰って直そう。


 俺は密かに決意した。


 一つ作ると二つ目は楽だ。マウントフォーム側にも全く同じものを作っていった。



 しばらくして日が少し傾きかけた頃、作業を終えてトンネルを歩いて抜けると、そこには。


「紅龍爵領側の街道はこれで完成よ。もういいかしら?」


 馬を引いて歩いているシェールがいた。ビルとユーヤ兄とサーヤを護衛にして。


「ああ、シェールありがとう」


 礼を言った俺にシェールが手を出す。俺は一瞬、何だ? と思ったけど、ギラギラとした視線を受けて思い出した。


――お礼の品だったな……


 実のところシェールは、爺様が王都に連れて行く、という約束だけで作業を手伝っていたわけではなかった。

 俺に別の要求をしていたのだ。『ドラゴンの寝返り』の分の貸し――なぜかシェールにもあった……も含めて。それは金などではなく。


「約束通り、新作の理術論文だ」


 当然のように理術関係だった。


「いただくわ!」


 俺から論文を奪い取った瞬間にその場で読み始めるシェール。帰ってからにしろよ、と声を掛けるが聞こえていないようだった。


――まぁ、俺の知識に有った自然科学を組み込んで『風』と『水』と『土』と『火』の真龍が合作で書き上げた最新論文だからなぁ


 俺も初めて読んだ時には驚いた。ラーク学園どころか、世界中探してもここにしかない理論だったから。

 論文名は『理術相対性理論』。

 ちなみに『相対性理論』とはいっても、地球で有名な理論とはもちろん異なる。

 簡単に言うと、風、水、土、は全て物質であり、火つまりは温度による状態の違いであり、術者との相対性――つまり理術を発動する側からの働きかけは同じ理論で実行可能であるというものだ。

 四つの属性が完全に別物であるという説を根底から覆す理論である。


 目と手以外を硬直させたまま読み進めるシェールを苦笑しながら眺めている俺の体を柔らかく温かい物が包み、さらに眼前に狐耳が付きただれた。

 もちろんサーヤだ。


「サーヤもありがとう」

「はいです」


 俺が耳を撫でてやると目を細めて気持ちよさそうな顔をするサーヤ。俺は、後で変なお願いされる前に聞いておこう、とサーヤに聞いた。


「『ドラゴンの寝返り』の時の貸しは、どうやって返したらいい?」

「貸し、です? あたしは――なでなでしてくれるだけで十分です」


 言いながら尻尾を俺の太ももにこすりつけてくるサーヤ。俺はそんな健気な――サクラともラスティ先生ともシェールとも違う――要求をしてくる彼女に癒されていた。


――サーヤは本当に優しい子だなぁ


 そんな彼女の尻尾も追加で撫でながら俺は、それでも、と返した。


「それじゃあ、いつもと変わらないし、今回手伝ってもらった分もあるから、今度、王都で何か買ってあげるよ」

「え⁉ そんな、悪いです……」

「大丈夫。お金なら心配いらないよ。これでも稼いでいるからね。サーヤが欲しい物なら何でもあげられるよ」

「何でも、いいですか?」

「うん、何でもいいよ。何か欲しいものあるの?」

「それは、売ってる物でないとダメです?」


 売って無い物って何だろう、としばらく考えて思いついた。


――今度作ろうとしている洗髪剤とかかな


 サーヤも女の子だもんな。綺麗になりたいに決まってる。


「売って無くてもいいよ。俺が用意できるものなら」

「本当です⁉ 考えてみる、です」


 嬉しいのか少し顔を赤くして俺に向かって微笑むサーヤ。その笑顔に癒されていた俺だったが、妙な視線に気づいた。


「どうしたシェール。論文で分からないことでもあったか?」

「いいえ。そんなことより、そんな約束して大丈夫なの?」

「えーっと駄目かな?」

「駄目じゃないけど……サーヤが望んでいるものって――」


 奥歯に物が詰まったような話し方のシェール。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに、と俺が訝しんでいるとサーヤが、シェールの方へ顔を向けて口を挟んだ。


「シェールちゃん、どうしたのです?」


 サーヤもシェールの様子が気になったようだ。


「な、何でもないわ!」


 何を驚く必要があるのか驚愕の表情を浮かべたシェールがサーヤから目を背ける様に論文へと目を向ける。気づけばビルとユーヤ兄も何だか目をそらしていた。

 やばい物を見たと言わんばかりに。


「どうしたの? ビル、何か変なことあった? ユーヤ兄も」

「いや、何でもない」

「む!」


 ビルを肯定するかのように首を縦に振るユーヤ兄。俺は訝しみながらも2人に聞いた。


「2人はお礼何がいい?」

「いや、何もいらないっていうか……な、ユーヤにぃ」

「ん!」


 こっちには目を向けようともせず頷きあう2人。俺は訳が分からず困っていると、サーヤの声が聞こえた。


「ビル兄様とユーヤ兄様は強い魔獣がいるところに連れてって欲しいって言ってたです。でもアル兄様は忙しそうだから――遠慮してるです」

「そういうことか……」


――ビル、遠慮なんて覚えたか。成長したんだな……


 嬉しいような寂しいような気持ちでビルを見ていると、サーヤがぎゅっと俺の身体を抱きしめてきた。大きな胸が押し付けられて形を変えるほどに。


――サーヤは、まだまだ子供だな。体は別だけど……


 それでも美容に興味を持つということは、少しずつ大人になっていってるということだな、と少し寂しい気持ちになりながら耳と尻尾を撫でていた。


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