第19話3.19 作業に集中できません


 ラークレインへ帰った翌日、俺は爺様に報告に行った。


「爺様、王都へはいつでも行けるようになりましたよ。いつ連れて行けばいいですか?」

「うむ、そうか。いつがいいかな……」


 腕を組んで考え込む爺様。

 いや、本当にいつでもいいんだけどな、直ぐ帰ってこれるし、何なら今から言って帰ってきてもいいぐらいだと、伝えようかと思い始めたところで、爺様が面倒なことを言い出した。


「物流が再開してからがいいのだが、そうするとシェールの夏休みが終わってしまう。どうすればいいか教えてくれ!」

「いや、気にするのはシェールだけですか? 俺の夏休みも終わりますけど?」


 あまりの言葉だったので思わず突っ込んでしまった俺を爺様は鼻で笑う。


「ふっ、何を言っている、アルはほとんど学校行ってないだろ。真面目に行っているシェールと同じじゃない。それよりもどうすればいい?」

「えー」


――なんか、俺の扱い悪くない? まぁいいか、爺様だし……


 早々に諦めた俺は、どうするか考える、とはいっても答えは一つだった。


「俺に作って欲しいのは、道ですか? それとも、関所ですか?」

「両方だ! ついでにマウントフォーム側も頼むぞ‼」


 満面の笑み――超怖いやつ――を浮かべた爺様が大声を上げる。

 ほぼ全部じゃないかとちょっとげんなりした俺はというと。


「……お代はいかほどで?」


 そう返すしか出来なかった。




「はぁー、思いっきり吹っ掛けたのに……」

「ダメよ。アル君。龍爵家の資金力が半端なわけないんだから」

「ですよねぇ」


 馬上で手綱を握るラスティ先生の後ろに座った俺は、ため息をつきながら理術を発動させていた。

 そう、土を平らにして街道を整備していく理術を。トンネルを超えた先であるマウントフォーム領内で。


「しかも言ったその日に作業させるなんて酷くないですか?」

「それだけ、急いでいるってことよ。だからもう少しやる気出して」

「さらにはシェールだけ王都に連れていくとか言ってるし。まぁそれを口実に紅龍爵領内分は手伝わせてるけど」

「何言ってるの。アル君はいつでも行けるんでしょ? この間もサクラちゃんと二人・・で行ってたみたいだし……それから何だか二人の距離が近くなった気がするし……ね、アル君、私も王都デートしたいなぁ。最近、あんまり一緒に居れないし。この間の貸し、返してもらってないし……」


 爺様の対応が悪いから、ちょっと愚痴っていただけなのに、なぜかラスティ先生からの強請りに変わっていた。


「へ? いや、あれはデートとかではなくてですね……その、お使いです、よ。そう、爺様とウィレさんから頼まれた……」


――ちょっと腕組んで歩いたりしたけど……


 でも、それってラスティ先生はいつもしてくるし、と思うが何故かそれを言ってはいけない気がした俺は四苦八苦しながら答えた。


「……………………」


 そんな俺へ無言の圧力をかけてくる先生。


「俺って結構忙しくて、その……」


 俺が困り果てていると笑い始めた。


「ぷっ! ははは、もぅアル君と話をすると楽しいわ」

「いや俺が楽しめない話なんですが……」

「そう? でも気は紛れたでしょ?」

「確かに……」


 爺様を愚痴っている気分ではなくなった。


「じゃ、急いでやりましょ? そしたらデートも行けるわ!」

「え、デートは行くんですか?」

「嫌なの⁉ じゃぁ貸しはどうやって返してもらおうかしら。代わりに……」


 胸同様女性らしく育ったお尻を後ろにずらして俺の股間に押し付けてくるラスティ先生。俺は慌てて腰をずらしながら叫んだ。下半身に血が集まっていくのを感じて。


「デート! 良いですね。行きましょう‼ 場所は王都で良いですか⁉ それとも他の場所――」

「温泉でしっぽりとか?」


 再び、お尻をずらして俺の股間に押し付けようとする先生。


「――は止めて王都にしましょう! そうだ。今度、王都の有名店に洗髪剤作って持って行くんです。一緒に行きましょう! ラスティ先生も興味あるでしょ? 化粧品とか、ね」


 俺は頑張って軌道修正しようとするが返ってきた言葉を聞いて、失敗を悟った。


「それって、私の体が衰えて来てるってこと?」

「い⁉ いーえいえ、違いますよ。先生は物凄く綺麗ですよ。でも、もっと綺麗になれる化粧品があるんですよ」

「へぇ~。もっと綺麗になったらアル君、嬉しい?」

「もちろんです!」


 こくこくと頷くしか出来ない俺だったが、次の言葉で動きを止めた。


「もっと綺麗になったら、昔みたいに一緒に寝てくれる?」


 後ろを向いて投げキッスしてくるラスティ先生。その唇は化粧をしていなくても十二分に艶やかで。


――絶対に『一緒に寝る』の意味が昔と違う……


 瞬時にそう思った俺は全身・・を硬直させる。そしてラスティ先生の腰に固くなったものが当たらないように少し腰を引いてから声を絞り出した。


「…………機会があれば…………」

「ふふふ、そうなのね! 機会があればいいのね‼」


 その言葉に満足したのか満面の笑みを浮かべるラスティ先生。俺はというと、その日は、ずっ~と頭の中で。


――森人族であるラスティ先生に、やばい言質を与えたのではないだろうか……


 それだけを考えながら作業していた。

 

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