第18話3.18 美容用品に手を出す気は無かったのですが
「すると、洗髪剤はお母さまの手作りなのですね」
「そうやねん。母さん、こういうのに力入れて一人で作っとるんよ。せやから、作り方とか聞かれても分からへんねん。ごめんな」
「いえいえ、しかし本当にお綺麗な髪。いや、それ以上にそのすべすべのお肌。こちらのお手入れは――」
俺の横でサクラと店主アペレスさん、そのお孫さんであるカンパスさん、3人で繰り広げられる会話。なかなか終わりそうになかった。
その間に俺は、その会話を聞くふりをしながら情報空間の資料を探っていた。そう、サクラが母さんと呼ぶ、『治癒』の真龍の作った資料を。
『治癒』の真龍と呼ばれている彼女、実は回復理術を極めて真龍へと至ったわけでは無い。なんと元々は、美を追い求める人であったそうだその過程で、美のために必要なのは健康だという考えの元、回復理術を極めたそうだ。
ゆえに、回復理術の他にも、食べ物についてや、服について、もちろん、髪や肌についても研究に研究を重ねて来たらしい。
その結果作り出されたのが、サクラが普段使っている洗髪剤や洗顔液などの美容用品だそうだ。そりゃぁ、この美容用品の最先端を行く店の店主が食いつくはずだ。
ただ洗うだけとはいえ世界最高峰の製品を使った髪と肌なのだから。
資料を読み終え一人納得した俺は、お茶を一口飲む。その横では。
「せめて原料の一つでも――」
「水はどこの物を――」
「ごめんなさい。ほんまに、なんーにも知らんのや……」
「秘密なのは分かっておりますから。ヒントだけでも――」
「えぇーーっと……」
サクラが何を言おうとも引く気はなさそうだった。
――そう簡単には諦められないか……
堂々巡りの話を続ける三人にしびれを切らした俺は提案することにした。
「次回サンプルを持ってきますよ」
その言葉を聞いた瞬間! 目を見開き、よろしくお願いいたします! と頭を下げるアベレスさんとカンパスさん。今度は。
「それでしたら今日のお代はいただけません。何しろ、注文の商品をお届けできなかった我々が悪いのですから!」
変な理由を付けて代金の受け取りを拒否し始めた。
「そんなことになったら私がウィレさんに叱られます。受け取ってください」
「いえ、結構です」
机に置かれた代金を押し付け合う俺とアベレスさん。本当に面倒になった俺は伝家の宝刀を突き付けた。
「私、『黒紅龍商会』という商会をさせていただいてますが、商品代金を受け取らないような商人とお付き合いは出来ませんよ? 受け取っていただけないなら『サンプル』の件は無しになりますが?」
「お代いただきます‼‼‼‼‼」
ものすごい早業だった。カンパスさんが!
「では商品を……」
「店の外までお持ちします」
手を出した俺にカンパスさんが優雅な一礼を返す。俺としてはさっさと収納空間に放り込みたかったが、諦めてサクラを促し外に出ることにした。
俺たちの後ろをアベレスさんとカンパスさんがそれぞれ綺麗な木箱に入れた商品を手についてくる。
そしてたどり着いた出口にて2人は俺たちに商品を渡した後、姿勢を正して。
「「ありがとうございました。次回のご来店を心よりお待ちしております!」」
見事に揃った声を出しながら深々と一礼した。
「……はい……」
上品な態度の中に含まれる執念のようなものに俺は気圧される。そこに。
「「「「ありがとうございました。次回のご来店を心よりお待ちしております!」」」」
これまた見事に揃った声が届いた。店内の全ての店員が俺たちに向けて深々と頭を下げていた。多分だが、店主であるアベレスさんとその孫娘であるカンパスさんが揃って頭を下げていることで、店員たちも言わなければいけないと思ってしまったのだろう。
――高そうな服を着た他の客が訝しそうに俺を見てる……
俺はそっとサクラへ目をやる。サクラも困った顔をしていた。
俺は扉へ目をやる。サクラも気付いたようで――揃って逃げるように店から飛び出した。
疲れた~、と首を回しながら王都から出るために歩く俺へサクラが困り顔で告げてきた。
「アル、あんな約束して大丈夫なん? 『治癒』母さん、売るほど洗髪剤作ってくれるとは思わへんけど……」
それは分かってる。『鍛冶』も『付与』も他の真龍も販売するための物など作ってはくれない。でも作り方は教えてくれる。
「大丈夫。情報空間で原材料と作り方書いた資料を見つけたから。元の世界の知識と合わせて再現してみる。アドバイスはくれるだろうし。それに、あの店で余分に買った洗髪剤も悪いものではないと思う。ちょっと成分抽出が荒いだけで」
見つけた資料により材料は分かった。作り方も簡単でジアスの技術で再現できそうだった。
植物の成分を抽出して配合攪拌するぐらいだ。
後は温度管理かな? かつて役所にいたころ、きれいな水を求めて工場を作りたいと言ってきた化粧品会社があったからそれなりには知っている。
あまりの交通の便の悪さに話は頓挫したけど。
そんな昔のことは、置いといて。
俺たちは王都を出た後、急いで転移してラークレインへと戻った。
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