第17話3.17 やっぱり、ただのお使いでは終わりそうにありません
貧困街を離れた俺とサクラは、王都をゆっくりと歩いていた。手を繋いで。
――いや、密着するのは流石に恥ずかしくなったんだ。人通りが増えて!
内心の突っ込みなど気付くはずもないサクラが申し訳なさそうに告げた。
「すっかり時間を取ってしもたな」
「本当に。今日は、ちょっと土産でも買って帰ろうか」
「え、ええんか? 紅龍爵家に顔出さんでも……」
「いつ行くとも言ってないから、大丈夫。今度一人で行ってくるよ。トールス商会にも話を通さないといけないし。それに、サクラも疲れただろうし」
「それでええんやったら、ええけど。でも一人はあかん。絶対! どんな女が出てくるか分からんから!」
慌てて付け加えるサクラだが、内心ではホッとしているようだった。
というのも、現在、日は傾き世の中は夕飯時。こんな時間にいくら親戚とはいえ会った事のない他の人の家、しかも上級貴族である紅龍爵家を訪ねようものなら、どんな顔されるか分かったものではない。
日を改めようというのは当然の流れであった。
「それやったら、はよ頼まれたもの買って帰ろうや」
「そうしよう。それなら、こっちの筋に――」
俺はメモを取り出し、サクラと二人進む。
実はこのメモ、出掛けにウィレさんから渡されたものだ。どこで聞いたのか、俺が王都に行くと知って土産をお願いされた。
物流が滞って入ってこないものがあって困っていたらしい。ついでにお小遣いもいっぱい貰ったので嫌とは言わないけど。と朝のやり取りを思い出しながら歩いている。
しばらく進んで、俺のルーホール町の実家より明らかに大きな建物へとたどり着いた。
建物を見て、え? と思ってメモを見直す。だが、場所を間違ってはいないようだ。改めて建物を見渡すと、『女神ウェヌスの店』という看板が目に入る。
間違いないようだった。
「この店なん?」
「そうみたい」
「うちら、場違いちゃう?」
「俺もそう思うけど……」
言いつつ俺は、思い切って扉を開けた。すると。
「「「いらっしゃいませ」」」
とここかしこから聞こえる上品な声に迎えられる俺たち。
入った建物内は、何とも言えない甘い香りが漂う上に、靴で踏んでもいいのか? と躊躇するほどの敷物がしかれた最上級の空間だった。
さらに恐る恐る周りを見渡すと――あの服でここまで来たのか? と疑いたくなるような豪奢な服装のおばさんに、落ち着いた雰囲気ながら高級感を感じさせる制服を着こんだ女性店員が柔和な笑顔で対応する姿が目に入る。
その女性店員の手元には、色とりどりの口紅やファンデーションがあり、俺はようやく、ここが化粧品売り場だと理解するに至った。
化粧品販売店、しかも専用店。日本ではドラックストアの化粧品コーナーですら敬遠していた俺としては、最も縁のない空間だ。そんな場違い感を感じる空間に俺は戸惑っていた。
サクラも、ふぅぁ~なんやここ、とか言っていることから、同じく戸惑っているようだった。女の子らしく並べられている商品には興味はあるのか目は輝いていたが。
「いらっしゃいませ。今日は何をお求めでございましょう。お嬢様への贈り物でしょうか」
入り口付近で止まっている俺たちが気になったのか、落ち着いた雰囲気のまるで執事と言わんばかりの男性が声を掛けてきた。
その男性も制服ではないが、着ている服が見るからに高級そうで思わず後ずさりしそうになる俺。
だが、サクラの手前、あまり恥ずかしい行動は取れないという思いに辛うじて踏みとどまり――辛うじて声を出した。
「頼まれました」
小さな声で男性に告げながらウィレさんから預かっていた封書を渡す。すると、店員さん、封書をちらっと一瞥して即座に俺たちを個室へ案内した。
封書についていた家紋が紅龍爵家の物であると気付いたようだった。
通されたのは大きな絵画やツボが飾られる、今までいた販売フロアより数段上の誂えの部屋だった。
「なんや、懐かしい感じのする場所に来てもうたなぁ」
俺の横でふっかふかのソファーへ上品に腰掛けたサクラがつぶやく。
「ちょっと買って帰るつもりだったのに」
元が姫様であるサクラなら懐かしいかもしれないけど、片田舎で育った俺には馴染まない場所だと俺がぼやいているとメイドさんが茶とお菓子をもってやってきた。
「今、店主が参ります。もうしばらくお待ちください」
優雅に一礼して去っていくメイドさん。同じく優雅にお茶を飲むサクラの横で俺は早く帰りたいなぁ。とため息を吐いた。
数分後、現れたのは、さっき店に入った時に声を掛けてきた、執事のような男性だった。
「大変お待たせしました」
先ほどと同じく落ち着いた雰囲気で一礼する、多分、店主さん。俺たちも、こんにちは、と一礼した。
「まもなく、紅龍爵婦人様ご依頼の品をお持ちいたします」
向かいのソファーに腰掛けながら声を掛けてくる店主さん。ところで、とサクラにちらっと目をやってから俺に問うてきた。
「こちらの美しいお嬢様の髪のお手入れは、どのようになさっておられますか?」
いや、それ俺を見ながら聞くの? って思ったけど、ひょっとしたら直接聞くのは失礼な事なのかもしれないと考え直した俺はサクラに返事をするように促す。
「うちの髪の手入れ? そやなぁ、母さんから貰った洗髪剤で洗っとるだけで特にはなんもしとらへんけど」
髪のことを聞かれたからだろうか、自分の毛先を弄りながら答えるサクラ。その手で梳かれる髪の毛は艶々で輝くように光を反射していた。
「改めてみると、凄い綺麗だな。サクラの髪」
さらにまじまじと髪を見ながら俺が言うと。
「あ、アル、また、人前でなに言うてるの⁉ 恥ずかしいやん!」
顔を真っ赤にしてオタオタするサクラ。またしても、こっちまで赤面しそうなぐらいだった。
「ははは、仲のよろしいことで」
とひとしきり笑った店主さん、突然眼光鋭く聞いてきた。
「それで、その洗髪剤はどちらで買われたものなのでしょうか?」
あまりの変貌だった。先ほどまでの落ち着いた雰囲気など無かったかのような、まるで獲物を狩る虎のような態度に戸惑う俺とサクラ。そこに。
「お爺様! お客様が怯えておられます」
メイドさんとは違う声が届いた。
助かった、と思いつつ声の方を見ると知らない女性――16、7歳ぐらいだろうか? 明るい栗色の髪を持つ美女――が腰に手を当て立っていた。
やれやれ困った人ね、といった雰囲気だ。
女性の横には商品を載せているであろうワゴンまであった。
俺が受け取る商品のようだった。帰れそうだ。と内心喜ぶ俺。だが。
「で、お客様。その洗髪剤は……」
と遠慮がちに聞いてくる女性の声。俺の喜びは消え去った。
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