第16話3.16 対価を払うのに苦労するとは思いませんでした

 

 部屋の修理――というより魔改造?――を終えた俺は、サクラたちが居るであろう場所へと向かうことにした。

 その場所を気配で探ると、机の並ぶ食堂であった。


「終わったぞ」


 扉を開けて一番、子供たちにまとわりつかれているサクラが目に入る。


「今日はもう終わりや。また、材料持ってくるから」


 まとわりついてくる子供たちの頭を撫でていくサクラ。

 子供たちも。


「約束~」

「絶対来てね」

「美味しかった~」


 と口々に言っている。どうやら俺と同じく胃袋をわしづかみされたようだった。


 その様子を微笑ましく見ていると、すっと手を握られた。


「ありがとうございます。あんなに美味しいもの食べたのは初めてです」


 ニコニコ笑顔のダブさんだった。


「それは良かったです」


 うんうん頷く俺。

 本当にサクラのお菓子は美味しいと思っていると


「あ~、変な兄ちゃんが、ダブ母さん見てデレデレしている~」


 と子供の声が響いた。


 誰がデレデレだ。ただ話しているだけだ! 手を握られているけど――と声をする方を見ると、サクラの頭から角が生えていた。

 いや、いつも生えているのだけど、普段とは違う角に見える、いわゆる般若のような角が――。


 俺は慌ててダブさんから離れようとするが、ダブさん手を放してくれない。

 それどころか、反対の手まで添えて来て。


「子供たちもあんなに喜んで」


 と完全に自分の世界に入ってしまっている様子。


 結局、慌てて近づいてきたサクラが俺とダブさんの間に入って来るまでそのままだった。

 サクラが間に入ったら入ったで、今度はサクラの手を取って自分の世界に入っているのだから、ダブさんかなりの感激屋のようだった。


 数分後。

 やっと意識が現実に戻ってきたダブさんと直した部屋へと移動した。部屋に入った瞬間あまりの綺麗さに、ダブさんがまたしても手を掴んできそうになったのを躱して口を開く。


「こちらが産業用理具になります。使い方を説明しますので覚えてください」


 俺が目線をやると頷くダブさん。ちゃんと俺の話を聞いていてくれたようだ。それを確認してから、俺は材料をセットして理力を込める。

 すると、ほんの数秒で出来上がる理具。


 今回作るのは、『墨いらずペン』とセットで使える『消しペン』だ。


 地球で言うところの、消しゴムだ。理論は簡単。理力を込めると紙の上に擦り付けられた黒鉛――文字や絵に当たる部分――を紙から剥ぎ取るだけだ。

 すると、あら不思議、書いた文字や絵が消えるただそれだけの代物だ。


 そんな出来上がった理具――消しペン――をダブさんに見せる。


「これで、完成?」


 ダブさん、言葉に詰まってしまったようだった。


「では、ダブさん試してみてください」


 俺は消しペンの元になる木の棒をダブさんに渡す。すると、俺と同じように材料をセットして理力を込めて――なんの問題もなく出来上がる消しペン。


「……」


 今度は、ダブさん、全く言葉が出てこなかったようだった。その後は、子供たちも順番に試していき、どんどん出来上がっていく消しペン。

 ここに世界初の産業用理具の稼働が始まったのだった。


 作業終了後、戻った食堂で、ダブさんは机に出された4枚の銀貨を見て困惑の表情を浮かべていた。


「あの、本当にあれだけの仕事でこんなに頂いても良いのですか?」

「ええ、もちろんです。今日だけで、20本作れました。一本作るごとに二百ブロ、正当な対価です」

「ですが、働いたのは子供たちですよ。しかも理力を込めるだけ。時間にして30分もかかっていない」

「確かに時間は短いです。でも子供たちは、理力を使って仕事をしました。実際、どの子も3本ぐらいしか作れなかったでしょう? しかも作業の後は、皆それなりに辛そうでしたし」

「それは、確かにそうですけど。貧困街の子達ですよ。丸一日、汗だくで働いても五百ブロ貰えるかどうかというところなのに……」

 

 ダブさん、あまりの高額提示に恐ろしくなったようだった。しかし、一日働いて五百ブロって。ご飯すらまともに食べられないのでは? と思ってしまうほどの金額だ。

 いくら労働基準法が無いとは言え、ひどすぎる話だと思う。だが、それが現状なのだろう。にもかかわらず、その五百ブロという金額を数回作業するだけで一分かからずに稼げると言われると、不安になるのも仕方が無いのかもしれない。

 それはそれで理解できる話ではあるが、俺としては対価を下げるつもりはない。どうすれば金を受け取ってもらえるか、俺は説得へ向けて頭をひねった。

 

「では、こうしましょう。ここに銀貨4枚と大銅貨160枚、合計二万ブロあります。これを受け取ってください」

「え、二万ブロ? 金額増えていますけど……」


 銀貨4枚、四千ブロですら困惑していたのに、その5倍も出されたダブさん、今にも泣きだしそうな顔で俺を見てくる。


「はい。二万です。この二万を、作業をした人に支払う対価にしてください」


 泣き出しそうな顔のまま、首をひねるダブさん。ますます訳が分からない感じだ。


「えっとですね……例えば今日、子供たちが作業をしましたね。誰が何回したか覚えていますか?」

「はい。それは分かります。カシム、ナンリ、ハールアが2回、サリー、タマキ、マイラが3回、あと私が5回です」

「そうですか。そうすると、大銅貨4枚が3人、大銅貨6枚が3人、あとダブさんに銀貨1枚ですね」


 俺は大銅貨と銀貨をそれぞれの枚数に並べていく。ダブさんが自分の前に置かれた銀貨を見て、手を出していいものか悩んでいるようだが気にせず話を進める。


「このように、作業者に都度、支払ってください。そのための資金です。よいですか?」

「は、はい。分かりました。でしたら、あの、お金が足りなくなった場合にはどうしますか?」


 今度は、分かってくれたようだ。今から言おうと思っていたことを質問してきた。


「ええ、その点については、トラクマさんにお願いしようかと思います。後で話しておきます」


 俺の言葉に、こくこくと頷くダブさん。その仕草に、俺がほっと一息ついていると、食堂の扉が開きトラクマさんが入ってきた。


「どうやら、いい話になったようですね」

「はい。もうこんなに条件のいい話、信じられないぐらいです」


 トラクマさんに、にっこにこで返したのはダブさんだ。そこに俺は口を挟む。


「この件で、トラクマさんにお願いが――」


 さっきの対価の件だ。トラクマさんに説明する。


「分かりました。お受けいたします。ただ、こちらもあまり余剰の資金はありませんので……」

「はい、それなら、こちらを」


 俺は収納空間から大金貨10枚ほど取り出して渡す。


「いや、これは多すぎでは? ここは貧困街です。手癖の悪い奴もおりますので」

「それやったら、これ使ってや。これやったら隠しやすいやろ?」


 今度口を挟んできたのはサクラだ。返してもらっていた時空庫の鍵をトラクマさんへと差し出す。


「いや、しかし……」

「ええんや。うちが持ってっても使わへんし。出来た商品も一緒に入れといたら管理も楽や」


 渋い顔のトラクマさんに押し切るサクラ。


「分かりました。お金はお預かりします。ただ、両替も難しいので細かいのでいただけますと……」


 結局折れたトラクマさん。俺が大金貨の代わりに出した小銭を時空庫へと収納していった。


 


「「ありがとうございました」」


 孤児院から出て行く俺たちに、これでもかと言わんばかりに頭を下げるトラクマさんとダブさん。そんな二人が見えなくなるくらいまで歩いたところで、サクラが俺の服の袖をそっと引っ張った。


「何?」


 足を止めず歩きながら俺はサクラへ目を向ける。サクラは俯き気味のまま目だけでこちらを伺っていた。


「あんな……」

「うん」

「終わってから言うのもあれなんやけど」

「うん」

「良かったんか?」

「何が?」

「いや……いくら貸しを返す為いうたかて、あんな凄い物、簡単に置いて来て」

「あー」


 どうやらサクラは今更ながらに、不安になったらしい。


「確かに。王都の商会にでも売りつけたら、この貧困街丸ごと買えるぐらいの金額になったかもな」

「やっぱり!」


 驚きのあまり足を止めるサクラ。おかげで俺は袖を引っ張られ、こけそうになる。そこに泣きそうな声が聞こえた。


「ごめん! うちのせいで……」

「確かに今、こけそうになったのはサクラのせいだな」


 ちょっと和ませようとしたら物凄い悲しげな今にも涙があふれてきそうな眼を向けられてしまったので、俺は真面目に説明することにした。


「大丈夫。当分の間、産業用理具を販売する気はないから。今回の件は試運転にちょうどいいと思っただけだから」

「ほんまに、それだけ?」

「もちろんサクラのお願いというのも重要だったよ」


 他にもあの様子なら産業用理具を転売したりとか、生産数をごまかしたりとか、絶対に悪いことはしないだろうという思惑もある。人の縁というのは大事だから。


「そうかぁ」


 俺の話を聞いて納得したのか、少しだけ微笑みを取り戻したサクラ。しばらくもじもじしていたかと思ったら。


「ちょ、ちょっとお返しが多すぎるから、そのおつりや。うちのはサーヤみたいに大きないけど我慢してや!」


 などと言いながら俺の腕へ抱き着いてきた。


「⁉」


 驚く俺の腕に夏場の薄い服を通して感じられる柔らかさ、それはサクラが卑下するほど小さい物では無かった。


「行こか」


 小さくつぶやいたサクラが歩き始める。チラチラ視界に入る顔が真っ赤だった。

 そんな恥ずかしそうな顔を見た俺はというと。


――やば! 俺も恥ずかしくなって来た‼


 耳が熱くなってくるのが分かるぐらいだった。

 

「「……」」

 

 無言でゆっくりと歩く俺とサクラ。俺は一人考えていた。


 人気のない貧困街を真夏だというのに身体を密着させて赤い顔で歩く若い二人って。人に見られたら……

 

――お盛んねぇ! って言われるやつじゃん‼‼‼‼


 などと思いながらも自分から離れようなどと言えない俺がいた。


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