第15話3.15 設置前に一仕事必要でした


「すみません。遅くなりました」


 考え込んでいたせいで前を見ていなかった俺は突然掛けられた声の主に目をやり驚いてしまった。なぜなら、白い羽を生やした女性が空から降り立ってきたのだから。

 キラキラと輝くような羽に柔和な笑顔。さらには真っ白なローブをふわふわとはためかせる女性。

 俺は思わず口から洩らした。


「天使⁉」

「ちがうわ。空人族や」


 即座にサクラから険のある声で突っ込みが入る。


「そうか、空人族か、ははは」


 俺は笑って誤魔化した。いや、サクラが何やら睨んできていることから誤魔化せていなさそうだけど。

 それでも、ははは、と乾いた笑いを続ける俺。気付けば、話が始まっていた。


「えーっと、トラクマさん。こちらは?」

「こちらは、アル様とサクラ様。貧困街の人々でも出来る内職を世話してくれる方々です」

「内職ですか⁉ 助かります。今日も仕事をお辞めになられた方がたくさん見えられまして。困っていたところなのです」

「なに⁉ 仕事を辞めた人が増えている?」

「そうなのです。ここのところ、毎日のように増えておりまして。幸い、季節柄、裏の畑作業がたくさんありますので手伝っていただいていますけど……」

「なるほど。何か起こっているようですね……」


 どうやら事態は、静かに進行しているようだった。

 

「トラクマさん、急用なら後はこちらでやっておきますよ」


 場所を決めて産業用理具を設置するだけだからと、俺は促す。するとトラクマさん、即座に。


「アル様、助かります。後のことは、このダブさんと決めてください」


 言うだけ言って帰ってしまった。

 本当に寝耳に水の話だったのだろう。頑張って情報を集めてほしい! と心の中でエールを送っておいた。

 

「えっと、アルさんとサクラさんでしたね」


 俺がトラクマさんを見送っていると、横から声が掛かった。


「はい。ダブさんですね。よろしくお願いいたします」


 ダブさんに向き直って頭を下げる俺。サクラも、サクラです。と頭を下げていた。


「こ、こちらこそ。お願いします」


 俺たちを見て慌てたのだろうダブさん。鳩みたいに大急ぎでペコペコ頭を下げだした。

 その姿にほっこりする俺。だが、すぐに真面目な顔に戻した。なぜなら隣から何やら冷たい視線を感じたからだ。何故かはわからないけど本能的に危険を感じる視線を。


「それでは、ダブさん。早速ですが――」


 とビジネスマンみたいな態度で話を進める俺。ダブさんも、サクラの態度に何かを感じたのか


「それでは、案内します」


 と若干緊張気味に話しを進めてくれた。

 

 仕事が早く進んでいいのだけど、サクラよ何をそんなにピリピリしているのか。

 俺に分かるように説明してほしいものだ。怖くて聞けないけど……。


 ダブさんの案内で進んでいく孤児院内。外観以上にボロボロだった。壁は半壊、雨漏りの跡はある、床板は抜けそう。本当にここに住んでいるのか? と疑問に思うほどの建物。その建物の中でも、一番ぼろい部屋。そこが、目的の部屋だった。


 一目見て、とても作業できるような場所ではないと分かる。まぁ、俺が使っていない部屋を――とお願いしたのもあるのだけど。それにしても酷い部屋だった。

 こうして、一番にやる事が決まった。

 もちろん建物の修復である。


「それでは、直しますけど。いいですね」

「はい、お願いします」

「では、あの子たちを近寄らせないようにしてください」

「え?」


 部屋の中で行われた会話だったけど、ダブさん、気付いていなかった。さっきから、子供たちがちらちらと扉の陰から覗いていることに。


 実際に俺が、扉の方に顔を向けると


「「「「見つかったーー」」」」


 と走り去る子供たち。だが、ダブさん。


「あら~、いつの間に」


 呑気な性格のようだった。


「はぁ、これじゃ、危なくて理術使えないな。何か子供の気を引く物を……」


 そう考えて俺は、一つのことを思いついた。


「サクラ、お菓子」

「はいはい、分かったわ。うちがあの子らになんかあげとくわ」


 子供と言えばお菓子。安直な案だったけど、サクラもすぐに納得してくれたようだ。なにしろ、サクラのお菓子は絶品だ。5歳の俺が、胃袋をわしづかみにされたほどなのだから。


「ほな、ダブさん、調理場行こか」


 ダブさんを連れて部屋を離れていくサクラ。気配を探ると子供たちもそっちについて行ったようだった。『お菓子』という単語に惹かれたのだろう。


「よし」


 俺は気合を入れて、部屋の修復準備に入る。まずは床板だった。


 今にも折れそうな板を剥してみる。すると。


「あちゃー、根太も大引もシロアリにやられているな……」


 予想通りというか、基礎部分もボロボロだった。


「まぁ、築150年だもんな。日本で言ったら江戸末期ぐらいの建物だな。これぐらいは普通か……」


 前世のことを思い出す。田舎には古い建物をそのまま使っているところが沢山あった。


「建築課にいた頃に大工さんの手伝いしていてよかったよ」


 ちょうど神社の修繕時期だったこともあり、宮大工さんの作業現場で手伝いをしていたのだ。見学に行っただけなのに気づけば何故かノミとか持たされて木材加工までしていた。


 そんなことを思い出しながら強度を失った木材と全く同じ形に加工した木材へと交換していく。後から入れるのが難しい――ほぞ穴の有るような部分でも転移理術で簡単に作業が出来た。


「時空理術を使える今ならリフォーム限定で師匠を超えられそうだ」

 

 作業は鼻歌交じりで進んでいった。

 

 ちなみに、材料はホワゴット大森林の木だ。かつて魔獣討伐をしていた時に勢い余って倒してしまったやつが大量に余っているのだ。それを理術で乾燥させて製材して使っている。このあたりの技術は、『木工』の真龍の資料から学んだ。


 もう一つ言っておくと、『木工』の真龍には会ったことがない。これは、『木工』の神龍がハイヘフンではなく緑豊かな第二拠点アーケイディアに住んでいるためだ。

 この拠点には、『木工』の他にも『裁縫』や『農』の真龍がいて、服を作ったり、農産物を栽培していたりする。ハイヘフンで食べていた菓子の原料である砂糖はここで作られているそうだ。

 それを知った俺は密かに、砂糖を作って売りたいと野望を持っているのだが、未だ着手できていない。


 話を戻そう。


 床板は、結局すべて張り替えた。色が合わないのもあるし、元々の床板は薄すぎて人がたくさん乗れば壊れそうだったからだ。

 床板の下の根太や大引も多くの部分で交換した。築150年は伊達ではなかった。


 床の次は屋根だ。転移で屋根の上へと飛び、見渡すと――劣化して割れている瓦が多数目に入った。辛うじて原形をとどめている瓦ですら、表面の釉薬が剥がれて地である陶器が見えている。


「こりゃぁ、全面やり直しだなぁ」


 それほどに酷かった。だが、流石の俺でも今すぐに瓦を用意することなど不可能だ。なので、取り敢えず応急処置を施していく。割れている瓦を見つけては、敷地内の田から取ってきた粘土でくっつけて火理術で焼成する。そして元の場所に戻す。これの繰り返しを行う。一枚、10秒ほどの工程だが数が多かった。

 結局、30分ほど掛かって全ての屋根を見終えることが出来た。


 屋根と床が綺麗になったら次は壁だ。

 壁は土壁だった。竹で芯を作って周りに粘土を縫っていくタイプの。なので土理術で一度すべての粘土を剥す。すると竹の芯だけが見えてくるのでそれを、これまた敷地内に転がっていた藁で補強した。

 その後、また土理術で粘土を塗り直して、完成だ。


 本当なら、表面に漆喰でも塗ってやれば、城のようにきれいになるのだけど。流石に漆喰も、持っていない。作業部屋だしと割り切る事にした。

 

 全ての作業を終えて俺は部屋の中に戻る。そこで、もう一つ作業を思いついた。

 それは、窓を作る事だった。


「子供たちが作業するのに、こんなに暗いなんて」


 目が悪くなってしまう。そんなことを憂慮しながら、木枠を作りガラスをはめていく。

 

 ちなみに、このガラスは以前トンネルを掘って来た時に出た溶岩に含まれていたケイ酸を原材料として作ったものだ。試しに作ったのだけど、あの溶岩、ケイ酸の含有量がすごく多くて、結果、大量の板ガラスが出来て困っていた。


 いや、収納空間に入れっぱなしだから実害はないのだけど。それでも、何かに使いたかったのだ。


 俺は嬉々としながら窓を作っていく。結局、直した壁を大量に壊すことになってしまった。二度手間だった。

 でも、満足のいく修繕となった。

 

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