第14話3.14 理具の理具ってもうちょっといいかたないかな


 一通り話し終えた後。


「理具を作る理具?」


 トラクマさんは眉間に険しい皺を作ってつぶやいていた。全く理解できない様子だった。理具作った事ない人には難しすぎたかなと思いつつ、サクラに目を向ける。

 するとサクラは目を輝かせていた。時空理術特化とはいえ、理術に造詣の深いサクラには理解できたようだ。

 理具を作る理具、産業用理具を使った理具製造の話を。地球で言うところの機械を作る機械。いわゆる産業機械みたいな物のことを。


 実は俺、前から不思議に思っていたのだ。なぜ理具を一品一品、付与師が手作りしているのだろうかと。

 高機能で最先端の技術を詰め込んだ理具なら分かるのだが、水口――ただ水が出る――のような古~くから使われている単純な理具ですら付与師が手ずから作るのだ。

 地球で言うと、大学の研究者が一つ一つ製品を作っていることと同じようなことだと思う。極めて効率が悪い上に、時間と知識の無駄使いだ。


 それに付与師なんて希少性の高い人が作るのだから、当然価格にも反映される。生産量も少なく、価格も高い。

 そんな代物が普及するはずが無い。


 『付与』の真龍ですら俺が、理具を作る理具はないのか? と聞いたら、それに何の意味がある? と返したぐらいだ。

 『付与』の真龍にしたら、廉価品を大量生産して一般に普及させるとかには全く興味がないということだろう、と俺は一人納得したものだ。


 だが俺は、是が非でも理具を普及させたいと考えている。文明の発展のために。地球でも機械化が進むことにより、人々は単純労働から解放されたのだから。

 その結果として、さらに近代化が進んだのだから。おまけで、戦争まで増えたのだけど――そこは裏で色々するとして。


 ともかく俺は考えた。理具の価格を下げて地球の家電ぐらいに普及させるどうすればいいかを。結論は単純だった。地球と同じ手順を踏めばいいのだと思い至った。

 地球の製造業のように、開発と製造を分ければいいと。


 現在、付与師が行っている製造を他の人に任せる。すると付与師には空いた時間が出来、新しい機能を持った製品開発に専念できる。さらに、時間単価の高い付与師の関わらない製造なら価格も抑えられる。結果、購入可能な人の数も増える。

 いいこと尽くめの考えだった。


 まぁ、開発能力のない付与師には世知辛い話になりそうではあるが、文明の発展にはある程度の犠牲はつきものと気にしないことにした。別に命まで取られる事でもないし、産業用理具が一気に普及する訳でもないので、その間に身の振り方を考えてほしいと勝手にエールを送って。

 だってほら、俺って黒の商人だし‼

 

 その考えを元に俺は産業用理具を作り出した。もちろん、『鍛冶』や『付与』の真龍に手伝って貰って。技術的な問題解決なら、喜んで手を貸すどころか自分で作ろうとする人たちだから。


 そして作られた産業用理具。それを複製したのは、理術バカことイーロス伯父だ。『墨いらずペン』の製造がそろそろ飽きて来ただろうと、紹介したら物凄い食いつきであった。


「人工理力以外にないと思っていた貧困対策に、そんな考え方があったとは! アルは天才だ‼」


 なんて叫びながら産業用理具作っていた。結構複雑な理具なのに簡単に作っていくイーロス伯父さん。実は結構な実力者なのかもしれない。


 そんな製造秘話を俺が一人思い出していると目を輝かせていたサクラから声が掛かった。


「それがあったら付与術使えんでも理具が作れるんやな」

「そう作れる。決まった理具だけだけど。それなら、どんな人でも、それこそ小さい子供でも。普通の理具が使えるだけの理力がある人なら」

「それやったら、貧困街の人でもできるな」

「もちろん。さらに言うと、理力を使うので丹田の訓練にもなる。初めはちょっとしか作れなかった人でも段々と数を作れるようになる」

「すごい。ホンマにすごいで、それ」


 飛び上がらんばかりに喜ぶサクラ。その姿を微笑ましく見ていると今度は違う方から声がした。


「ほ、本当に、そんなことが可能なのですか? 誰でもということは、私でも作れるということですか?」


 トラクマさんも少しずつ理解が進んできたようだ。


「もちろんですよ。誰が作っても同じものが出来ます。もう一つ言うと、販売は、最近立ち上げた商会で行いますので、何の心配もいりません」


 そう、頷く俺に、トラクマさん、居住まいを正してこちらを見つめてきた。俺も居住まいを正してトラクマさんを見る。すると、トラクマさん、再び机に頭をこすりつけながら叫んだ。


「よろしくお願いします‼」

 

 こうして、貧困街で理具の生産が決定した。




 やる事が決まったとなると、次に問題となるのは、どこでやるかということだ。どこでも良いかと言われるとそうでもない。この産業用理具、実はそこそこでかい。地球で言うと、業務用の冷蔵庫ぐらいの大きさがある代物だった。


 本当は小型化したかったのだが、真龍たちに断られてしまった。機能の実現で興味を失ったらしい。だが、大きいということも盗難を考えると利点ではあると考えを改めた。こじつけだけど。


 などと開発秘話を思い出していると、孤児院でお願いします、とトラクマさんから設置場所について返事があった。


「子供たちの仕事にもなりますし、炊き出しなんかも孤児院でしていますので」


 というのが理由だそうだ。当然、俺も断る理由などなく。


「それなら、一度見に行きましょうか?」

「はい。孤児院なら近くですし、今からいけますけどどうしますか?」

「それでは今から」

 

 孤児院に行く事が決まった。




 数分後、俺たちは案内された建物の前で立ち尽くしていた。

 崩れそうな壁に今にも落ちそうな瓦葺の屋根が目に付く寺院。これが孤児院の建物だそうだった。


「周りの建物と比べて、さらにひどい」


 建物を見て俺がつぶやく。


「ホンマやで、この寺院。いつ建てられたんや?」


 サクラも追随してくれる。


「姫様、すみません。この寺院は、もっとも初期の建物で、150年は前の物です……」


 案内してくれたトラクマさんも目を伏せていた。流れる沈黙。だが、その時間は長くはなかった。


 中から。


「誰か来たよー!」

「トラクマ鬼おっちゃんだー!」

「すごい! 綺麗なお姉ちゃんもいるー!」

「黒髪の変な兄ちゃんもいるー!」


 と声と共に子供たちが飛び出してきたから。


「こらー、ガキども‼ 俺は、おっちゃんじゃねぇっていつも言っているだろうが!」


 怒った顔で叫ぶトラクマさん。だが、本当に怒っている訳ではないようだ。


「「「きゃははは、鬼が怒ったー‼」」」


 子供たちも歓声をあげて笑っているのだから。それでも一応逃げ出した子供たち。その子供たちが見えなくなってからトラクマさんがこっちに頭を下げた。


「子供たちが申し訳ありません」


 何が? と思っていたら、どうやら子供たちが俺を変な兄ちゃん呼ばわりしたことを謝っているようだ。


「いや、子供が言うことですから」


 トラクマさんを手で制する俺。本当に何も思っていない。多分。ちょっとイラっとしたけど。ただそれだけだから。なんて考えていると、サクラから声が届いた。くすくす笑いながら。


「子供たちは元気そうやな。安心したわ」

「そうだな」


 俺も素直に同意するのだが、このときなぜか俺がサクラに笑われている気がしてこそばゆかった。まるで、昔のアルと一緒やなって言われた気がして。

 被害妄想か? いや子供たちが行ってしまった今でも、まだくすくす笑っているし、子供たちか? 俺か? ――と頭の中でぐるぐる考えてしまう俺。その考え――妄想ともいう――は、寺院から人が出て来るまで続けられた。


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