第13話3.13 問題は隠されているのでしょうか


「鬼人族の皆さんは、トラブルに巻き込まれていないのですか?」


 これは、隠れ里へ行く事が決定した後に、サクラが目元に残っていた涙を拭いて一番に聞いた事柄だ。

 俺も王都に入るときに職員さんから言われたことが気になっていたので、サクラの言葉に頷いてしまう。


 だが、当のトラクマさんは――特にトラブルは聞いていませんが、と思い当たる節がない感じだった。

 俺はそれなら職員さんは何のことを言っていたのだろうかと考えを巡らせるが、情報が少なすぎて分からない。こういう時は質問を変える――視点を変えるともいう――と見えてくることもあるかと思い、言葉を変えることにした。


「ここ数ヶ月で困ったことはありませんか?」

「困った事ですか。そうですね。そういえば、数名理由もなく仕事を解雇されたという話は聞きましたが」

「どんな仕事ですか?」

「大した仕事ではありませんよ。飯屋や宿屋の雑用程度です。そもそも貧困街の人間が重要な仕事に就くことなどできないのですから」


 自嘲気味に話すトラクマさんの姿を見ていて俺は他のことが気になった。


「なぜ、ここは貧困街になったのですか?」

「やはり気になりますか……それはですね――」


 続けられるトラクマさんの話によると、原因は王都、いや、この国には潜在的に種族の間で差別があるということだった。


 最も数が多い丘人族のみが、正規の人間で、それ以外――獣人族や鬼人族など――は魔と混じりあった、人間とは異なる亜人だというルーシア聖教の考えのもとにして。


 かつて人族全体を滅亡寸前まで追い詰めたという種族間戦争の名残が未だ残っているということだった。おかげで、この鬼人族の作ったエリアには差別から逃れるように様々な種族の人々が集まるようになってしまったそうだ。

 結果、いつの間にか貧しい人が集まり、貧困街化した。

 

「そうやったんか。でも、うち、ラークレインでも王都でも差別受けている気せえへんかったけどなぁ?」


 指を口に当てて考え込むサクラ。そこに、ニヤリという表現が最も似合う――本人は少し笑みを浮かべただけだろうが――表情を浮かべたトラクマさんが答えた。


「私も噂でしか知りませんが、領によって異なるようです。王都でも、その人の信仰によっては差別的な考えを持っていない人もいます。話によるとルーシア聖教の影響力の強弱であるとも言われていますが」


 またしても登場するルーシア聖教の名に辟易する俺。そんな俺をよそに話は進んでいく。


「ともかく、そんな訳で王都にも差別は残っているのですよ。今のハボン王国の王族は、差別をなくそうとしているようですが……上手く入ってないですね。ルーシア聖教の息の掛かった貴族が、反発していると聞いていますし」


 首を横に振るトラクマさん。残念な気持ちがにじみ出ていた。


「やっぱり、貧困街の暮らしは厳しいんか?」

「はい。姫様。正直言いますと厳しいです。私たちも少ない稼ぎの中から孤児院を運営したり炊き出しをしたりと、なるべく手を差し伸べていますが、それすらも拒む人たちがいて、冬には餓死者まで出ています」

「そんな! 飢饉で食べ物がないいう訳ではないんやろ?」

「王都全体の食糧事情は、悪くはないです。ですが仕事が無い、もしくは出来なくて、食べることが出来ない。貧困街では普通の話です」


 辛い話に声のトーンまで低くなっていく二人。気付けばサクラが、俺の顔をじっと見ていた。


「な、なにサクラ?」

「アル、こんなん頼んでええか分からへんのやけど……助けられへんかな。こないだの貸し返し使うてもろてええから」


 泣き止んだはずの目を、また潤ませるサクラ。そんな悲し気な顔で見つめられたら断れるはずもなく。俺は一つ大きく息を吐いてから提案した。


「理具の生産をしてみませんか?」


 だが、二人の反応は芳しくなかった。


「ちょっと待ってください。そもそもそんな技術がある人なら、いくら差別があると言っても王都で普通に生きていけます。何も出来ないから貧困街に来ているのですよ……」

「そや、アル。確かに誰でも少しなら理力はある。でもほとんどは、下丹田や。付与術を使うとなると中丹田の理力が必要になる。アルも知ってるやろ……」


 トラクマさんに続けて返ってくる悲し気な表情のサクラからの突っ込み。一般常識的に考えて当然の反論である。しかし、トラクマさんはともかくサクラよ。長い付き合いなのだから、俺の行動ぐらい予測してほしい、と思いながら、俺は詳しい話を始めた。


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