第12話3.12 元締めは爺様ほど怖くはなかったので普通に話せました
入った部屋で俺とサクラが対面したのは、目元にいかにもといった傷のある二本角のおっさんだった。どうやらこの人が元締めさんらしい。
「てめえら、誰だ? 丘人族と鬼人族か、どっかで会ったか?」
俺とサクラ、いや主に俺を睨みつけてくるおっさん。結構怖い顔だ。爺様ほどでは無いから普通に話せるけど。
「いえ、初対面です。えっと、俺はアル、ラーク学園の生徒です。で、こっちはサクラ。同じくラーク学園の生徒です」
自己紹介して揃って頭を下げる。
「はん。学園かよ。いいとこのぼんぼんか。俺に何の用だ。要件によっては、ただじゃ済まねぇぜ」
やっぱり俺だけに絡んでくる元締めさん。サクラに凄まないあたり何だかんだ優しい気がする。
――ポンカさんの上司だし、この人も追い返したいのかな
少しそう思ったけど、実は丘人族が嫌いなだけなのかもしれない、と思い直した、俺はすぐに本題に入ることにした。
「はい。あなたが、『泣いた桃鬼』の関係者だとお聞きしましたので、真実のほどをお聞かせいただきたくて――」
その瞬間、目の前のおっさんの雰囲気が変わった。これまでは、嫌そうだった態度から一変、殺気が漏れ出したのだ。
「あん⁉ てめえら死にてぇのか?」
懐に手を入れるおっさん。恐らく何らかの武器を掴んでいるのだろう。そんなおっさんに俺は、努めて冷静に告げた。
「落ち着いてください。死にたくはないので。俺たちは、ただ真実が知りたいだけです」
だが、相手は答える気がないようだ。
「は! 真実ねぇ。それをお前が知ってどうするってんだ? お前ら鬼人族の宝が狙いだろ⁉」
今にも飛び掛かりそうな体勢に入る元締めさん。俺が何とか宥めようと再度口を開くより先に横からサクラの声がした。
「ごめんなさい。急に押しかけてしもて。でも、ホンマに聞きたかっただけなんです。うちが、うちが時空理術つこてしもうたから。関係者なんていうたらまた酷いことになるかもしれへんから」
話ながら元締めさんに近づこうとするサクラの前に俺が体を入れて止めていると。
「そ、その話し方は……」
元締めさんから、殺気が消えていた。そしてサクラを凝視する元締めさん、静かに口を開いた。
「ガキ、いや……お嬢さん。名前をサクラさんと申しましたね」
「そう、うちはサクラや」
「その話し方はどこで?」
「父様と母様からや」
「フルネームを聞かせていただいても?」
「……サクラ……ビッグインレットや」
瞬間、元締めさん頭を机にこすりつけだした。
突然の奇行に俺は驚きを隠せない。もちろんサクラも戸惑っているようで、俺と元締めさんに交互に目をやっていた。
俺にどうにかしろという事らしい。
この流れで俺が? と思わなくもないけど、サクラもどうしていいか分からない様子でオロオロしている。仕方なく俺は、元締めさんに奇行の理由を聞くことにした。
「あのー、どうしましたか?」
恐る恐る俺は問う。そこに。
「姫様、すみませんでしたーー‼」
叫ぶような声が返る。
突然の大声に驚きながらも俺は、なんだろう、貧困街の人たちって謝るときに驚かせないといけないのか? って思ってしまった。
それなら次は椅子から飛び降りて土下座か? と次の行動に警戒していたけど、そのまま動かない元締めさん。
「いや、突然謝られても、分からないです。分かるように説明してください」
結局、また俺が声を掛けることとなった。
叫び声から数分後、俺たちと元締めさんは、同じテーブルでお茶を飲んでいた。初めは、全く頭を上げずに謝り続けていた元締めさんも、もう、何や分からへんけど許したるから頭上げて、というサクラの言葉に渋々従ってくれたから。
そんな訳で、ようやく頭を上げた元締めさんだけど何だか疲れ切ってしまっていたので、お茶でも飲んで一休みという話になり現在へと至っている。
「本当にすみません。まさか、姫様が本当に生きておられるとは信じていなくて……」
申し訳なさそうに話す元締めさん――名はトラクマというらしい。
「ええんや。うちもホンマは出てくるつもりなんかなかったんやから」
うっすらと笑みを浮かべて返すサクラ、チラチラと俺の方を見ている。まるで俺のせいで出て来たと言わんばかりだ。心外だ! と思うけど口には出さず、トラクマさんに話を促す。
「それで、あなたはサクラとどんな関係があるのですか?」
「それは、こちらを見ていただきたい」
トラクマさんが懐から取り出したのは、シンプルながら高級感を感じさせる小さな箱だった。その箱をそっと開ける。すると中には、緑玉が施された金色の鍵が入っていた。
「時空庫の鍵……」
鍵を見つめポツリとつぶやくサクラ。鍵に手を伸ばそうとしたところで止めていた。触っていいかどうか悩んでいるようだった。
「どうぞ。手に取ってください」
優しく箱ごとサクラへと差し出すトラクマさん。ええの? と問うサクラに大きく頷いていた。
「構いません。元々あなたの持ち物です。我々はただお借りしていただけですから」
そして鍵を手にしたサクラ、懐かしそうに眺めていた。
「この鍵を、あなたが持っているいうことは、あなたは姉ぇやの……」
「曾孫にあたります」
「ほうか。曾孫か。ホンマに200年も経ったんやなぁ。……なあ、姉ぇやや残った人たちは、あの事件の後、幸せに暮らせたんやろか?」
ぼそりとつぶやくようにサクラが問う。
「はい。曽婆様は、この鍵のおかげで死ななくて済んだと、よく話してくれました。そして他の人たちも――」
と、続けて話していくトラクマさん。鬼人族の国が崩壊したあと、この空間庫に残されていた資産を使って生活の再建を行ったと教えてくれた。
「良かった。役に立ったんや。うちのやったことは間違いや無かったんや」
しみじみと話すサクラ、再び涙が流れ出していた。手にしていた鍵を膝の上でぎゅっと握りしめて。
俺は泣き出してしまったサクラの手にそっと手を重ね、続いているトラクマさんの話に耳を傾ける。
すると絵本では語られない、事件のあらましが分かってきた。
まず、一番気になっていたのは、なぜ鬼人族の王族――サクラの親族――が狙われたかということだ。
幾ら使い手が少ないとはいえ歴とした理術である時空理術を魔術だと言い張るには、かなり無理があると思っていた。だが、金が政治的な陰謀が絡んだというのなら話は分かる。
何しろ鬼人族の王族は代々貴重な時空理術の理論を秘匿してきた家系で、その時空理術で大金を稼いでいたそうだから。
今回話に出て来た時空庫は代々の時空理術士の中でも古い王族にいた最上位の人だけしか作れなかったそうだ。だが、普通の鞄の中に拡張空間を作り出し収納量を増やした時空鞄ならば、代々の王族が作り出すことが出来た。
当時は鞄が出来上がるたびに貴族や商人などが、競うように価格を釣り上げて購入していったらしい。
荷車一台分の荷物が鞄一つに入るなら輸送にかかる費用に雲泥の差がでることは明白だ。
買えるなら俺も買うだろう。時空理術の使えないラスティ先生やビルのために。シェールは絶対に受け取らないと思うけど。
ともかく、そう思えるほどの鞄だ。
現在でも貴族や古い商家には当時に買った時空鞄が、秘蔵の品として伝わているだろうとのことだ。それほどの人気を誇った時空鞄を製造販売していた鬼人族だが、彼らは代々派手な生活を好まない気質で、元々国のあった場所で質素に暮らしていたそうだ。
結果、稼いだ金がどこかに貯め込まれていると考えるのは当然の流れだった。だからと言って、力ずくで奪い取っていい理由にはならないが。
「それなら、まだこの時空庫の中には残りの資産が?」
「いえ、申し訳ないのですが、もう何も残っておりません」
それほど稼いだならばと、思って俺は聞いたのだが見当違いだった。本当に申し訳なさそうな顔のトラクマさんが使用用途を教えてくれた。
「大きく資産が減ったのには訳があります。一つ目は貧困街を囲うだけの外壁を作ったこと。そして、もう一つ。鬼人族の国を再び作ろうとしたことです」
この発言に俺は驚いた。泣いていたサクラですら涙が止まってトラクマさんを凝視しているほどだ。
俺たちの反応に苦笑を浮かべるトラクマさん。俺は聞かずにはいられなかった。
「それで国は出来たのですか?」
首を横に振るトラクマさん。
「残念ながら……国というほど大きくはなっておりません。残りの財産を狙うルーシア聖教から隠す必要がありまして。結果、時間がかかりすぎて、この貧困街に根付いてしまう人が増えてしまいました」
ということは、小さい村程度なら出来たということでは? と思った俺が問おうとしたところで
「見せてください」
先にサクラの声がした。
「はい。もちろんです。ぜひ見ていただきたいです。曽婆様というよりサクラ様のご両親の墓もございますから。ただ、隠れ里です。今日という訳にはいきませんが……」
「もちろんです。行けるときで構いません」
「なるべく早く手配します。我ら鬼人族の恩人ですから」
こうして、鬼人族の隠れ里へと足を運ぶことが決定した。
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