第10話3.10 サクラの過去はとっても有名でした
普通に歩けば、一分と掛からない距離を一歩一歩サクラに合わせてゆっくり歩く。
そして、たどり着いた場所で、サクラはとうとう我慢できなくなったのか、涙が零れ出していた。
「ごめんな。アル。ホンマはすぐに王都に行きたいやろうに」
涙声で話すサクラ。そんなサクラに俺は。
「大丈夫。急ぐ必要は無い。時間はあるから、ゆっくりしたらいいよ」
ぐらいしか言うことが出来ず――ただ握っている手に少しだけ力を込めた。
同じように手に力を入れ返してくれたサクラ、涙をぬぐってからぼつぼつと昔のことを話し始めた。
「昔は、このあたりに小さいながら鬼人族の国があってな、ここには屋敷があったんや。見る影もないけどな――」
と始まった話を聞きながら、俺は昔に呼んだある絵本を思い出していた。
それは、『泣いた桃鬼』という絵本だった。遠い昔、魔術を使ったという魔鬼の話だ。
魔鬼はその魔術を使って人族の村々を襲っていったという。その行為に困った人族の村の長老たちは、集まって相談して決めたそうだ。魔鬼退治を神様にお願いすることを。
そしてお願いされた神様はというと、あっさりと長老たちの話を聞き入れ、魔鬼を倒すために自らの部下たちを派遣してくれた。
そしてその部下たちにより魔鬼は退治され、村に平和が訪れた――という話だった。
ここまでなら、普通の昔話だ。日本にもよくある鬼退治の昔話。でも、最後だけが少し違った。
物語の最後に桃色の髪をした子供の魔鬼が登場したことだけは。この桃色の髪をした小魔鬼は、まだ悪い事をしていないので、と一人残されて、ただ泣いていた場面だけは、本当に必要なのか? と疑問を抱かずにはいられなかった。
そんな後味の悪い話。
何だこれと思って本を閉じたら、ルーシア聖教のマークが入っていたことを覚えている。
サクラの昔話は、まさにこれだった。絵本では魔術だけど、実際には時空魔術だ。その時空魔術を恐れた人族ということだが、恐らくはルーシア聖教が何らかの因縁をつけて、鬼人族に戦争を仕掛けたというのが本当のところなのだろう。
絵本なんかよりも質の悪い真実、本当に胸糞の悪い話だった。
長々と話し、最後に黙祷をささげるサクラ。顔を上げてつぶやいた。
「アル、ありがとう。ホンマにありがとう」
何もない場所、いや両親との思い出が詰まった場所を見つめていたサクラが、顔をこちらに向ける。
その向けられた表情に俺は、思わず赤面した。
涙の後を残しながらも清々しい微笑みを浮かべた、その表情の美しさに。そして、また言ってしまった。入学式後の再会に続いて――
「綺麗だ……」
まるで一枚の絵を見ているかのようなサクラの顔。そんな顔が、みるみる赤くなり――
「な、なに言うてんの⁉」
前回と同じように入るサクラの突っ込み。俺は、もうあまりの恥ずかしさと、同じ突っ込みに笑うしかなかった。
『イエス、マスター。『心願成就』が、サクラの過去を知りたいという、願いを叶えました』
追加のように脳内に響く、システムの声まで聞こえてきて。
しばらくの大笑いの後。
「はぁ、笑いすぎて腹痛い」
「ほんまやで。なにがそんなに面白いんや」
綺麗と言われた後の大笑いにサクラは、眉根を寄せながら苦言を呈してくる。だが、俺はスルーすることにした。サクラの涙も消えていたし、思い出しただけで恥ずかしいので。だから。
「それじゃ、王都に行こうか」
努めて平静に促す俺。サクラも諦めたようで。
「はいはい、いこいこ」
と二人で王都の方へと足を向けた。
森から少し行くと、街道に出た。その街道を王都の門の方角へと足を向ける。ちなみに、繋いでいた手は街道に出た時にどちらともなく離した。
周りに人が出て来て恥ずかしくなったのだ。サクラも同じ気持ちだったようで特に抵抗はなかった。
俺が、もうちょっと残念そうな顔とかして欲しいと思うほどに。
そして歩くこと数分。
俺たちは王都の正門へと到着した。
「こんにちは。身分証明書をお願いします」
門の入り口に設置されたカウンターで男性職員さんから声が掛かる。俺とサクラはそれぞれラーク学園の生徒手帳を提示した。
「はい。大丈夫です。遠い所からようこそ王都ヴァーミリオンへ」
生徒手帳を見て俺たちがオーバディ紅龍爵領から来たことに気付いたのであろう。にこやかに歓迎の言葉を述べてくれる職員さん。俺たちも軽く会釈して通り過ぎようとしたところで、止められた。
「関係ないとは思いますが、ちょっとお待ちください」
何だろうと振り向く俺たちに、職員さんは少し声を小さくして教えてくれた。
「実は、今、貧困街の方で鬼人族の方がよくトラブルに巻き込まれておりまして。貧困街には関係ないかと思いますが、そちらのお嬢さんにも一応警告を――」
申し訳なさそうな顔の職員さんに、俺は、ありがとうございます、と礼を言ってから門を通り過ぎた。
「なぁ、貧困街の鬼人族って……」
「うん、うちも気になっとった。森の鬼人族の人が言うとった、うちの関係者……」
「行こう」
「え、でも、ええんか? こっちの紅龍爵様の屋敷行かんでも」
「屋敷は、後でもいいと思う。それよりも気になる。ルーシア聖教が動いているかもしれない」
「ルーシア聖教が……ひょっとしてうちが時空理術つこたせいで……」
「違う。サクラは悪くない。悪いのは、ルーシア聖教だ」
悪い方へと流れていく話を強引に断ち切って、俺たちは歩き出した。項垂れているサクラの手を取って。
近くの人に貧困街のある方角を聞き進んでいく。尋ねた人に、貧困街に行くつもり⁉ みたいに驚かれたので、近づきたくないから、と言い訳をする羽目になった。
それでも教えてくれたからよかったものの。やはり子供が近づくような場所でないことは確かなようだった。
「こっから、貧困街なん?」
「そうみたいだ」
王都の東の外壁。その先に、貧困街は存在していた。外壁に穴を開けてまで。
今、俺とサクラは、その王都の外壁に開けられた穴――というよりは門?――の前に立っていた。
穴を通して流れてくる、すえた匂い、細く薄暗い路地、今にも崩れそうな建物、これまで歩いてきた王都とのあまりに違う雰囲気に足が止まってしまった。
サクラも同じなのだろう。心なしか握っている手に力が入っている。だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。中の人、森の鬼人族曰く、取りまとめをしている人に会って話を聞く必要があるから。
俺は、意を決しサクラを見る。すると、サクラもこっちを見返してきて首を縦にする。そして俺たちは、貧困街へと入って行った。
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