第9話3.9 王都に向かったのですが先に重大イベントが発生しました



 数日後、俺はかねてからの計画通り、サクラに王都への転移をお願いした。

 今は城の自室でサクラが準備を終えるのを待っているところだ。


 コン、コン


「うちや~」

「うん。空いているよ」


 準備が出来たのだろう、俺の部屋へとやってきたサクラ。


「ほな、行こか」


 手を出してきた。その手を見つめ俺は訝しむ。


「なに、この手?」

「何て、転移の時いっつも繋いでいるやん」


 何言っているの? って顔を向けてくるサクラ。だが俺はその顔を見ながら、さらに訝しむ。

 なぜなら、前回トンネル掘りに行った時も、もっと子供の頃、ハイヘフンへと連れて行ってもらっていた時も手など繋いでいない。腕を掴まれるか、肩に手を置かれるか、そんな感じで接触していたから。だけど。


「ええやん。細かいこと気にせんと、手ぇ出して!」


 ちょっと頬を膨らませながら、催促してくるサクラにわざわざ逆らう気も起きず、俺は手を出す。

 すると、すっと手に暖かいものが触れ――風景が切り替わった。




 切り替わった先で目に入ったのは、たくさんの木だった。


「森?」


 俺が何気なく口にする。すると。


「王都の近くゆうたやろ。うちが行けるとこ」


 サクラから少し険のある声が届いた。


 俺は、そういえばそんなことも言っていたなぁ、と思いつつ辺りを見回して、少し離れた場所に開けた空間がある事に気が付いた。なんだろう? と気になった俺は、空間の方へ進もうとする。だが、それは叶わなかった。

 繋いだままの俺の手をサクラが引っ張ていたからだ。


「そっちは、あかんねん」


 今にも泣きだしそうな顔で首を横にするサクラ。そんな突然のサクラの変化に、俺は何が何だか分からなかった。


「どうした? 何があるの?」


 サクラを問いただす。しかしサクラは悲し気にただ首を横にするばかり。困り果てているところで、少し離れた所に気配を感じた。


「覗いているのは、誰ですか?」


 ぱっと見誰も居なさそうな森に向かって俺は声を掛ける。すると、木の陰から申し訳なさそうな表情を浮かべて一人の男が現れた。


「すまん。覗くつもりは、無かった……」


 年のころは、40代ぐらいか。薄汚れた服を着た男だった。ボサボサの髪の中に角が生えていることから鬼人族だと分かる。だが、当然、知らない顔だった。

 多分大丈夫だと思いながらも俺は森の中という状況に警戒を怠るわけにはいかない。少し用心しながら、何の用かと尋ねる。すると、鬼人族の男はサクラをチラチラと見ながら口を開いた。


「いや、用というほどでは無いが、そっちの少女の話し方が気になって、な」

「話し方?」

「ああ、その子の話し方が、鬼人族にかつていた王族の話し方とそっくりだったのでな。それにその髪色だ。俺は直接見たわけでは無いが、王妃とその子供は桃色の髪を持っていたとか。もう古い昔に滅んだというのにな……」


 しみじみと語る鬼人族の男へサクラは俺の手を握る力を強くしながら問いかけた。


「その話って、どれぐらい前なん?」

「ん?」

「いや、その、滅んだっていうの」

「ああ、王族の話か。そうだな。200年ぐらい前の話だって聞いたな。ちょうどそこの開けたところにあった屋敷で攻め込んできた丘人族に全員打ち取られたって……いや、一人子供が行方不明だったか?」

「そう、200年も前なんやね。それで、その子供はどうなったん」

「子供は、結局見つからなかったって話だったな。秘伝の時空理術で逃げたとか言われていたかな? すまんが子供の頃に聞いた話だから細かいことは忘れた。詳しく聞きたかったら王都で聞いてみな。その子供に関係のある人が、貧困街で取りまとめしているって聞いた事があるから。それじゃ、邪魔したな」


 全て言い終えて去っていく鬼人族の男の背中を見ながら、俺は心の中でため息をついた。

 どう考えても、その子供ってのがサクラのことだったから。隣で泣きそうな顔で俯いているのだから。

 どうしたものかとサクラに目線を向ける。するとサクラ、何かを考えこんでいるのか、うつむいたまま動かなくなってしまっていた。


 黙っていても始まらないし声を掛けようと思うのだが、俺には言葉が見つからず、流れる沈黙。

 その後、さらに数分の時を経て、ようやく俺は意を決し口を開いた。


「ごめんな、サクラ」


 突然の言葉にサクラは体をびくりとさせる。そして、うつむいたまま小さな声を発した。


「な、何で謝るん? アルはなんも悪いことしてへんのに……」

「いや、悪いことした。サクラ本当は、来たくなかったのだろ? 王都に、いや、正確にはこの場所に、か。でも俺が誘ったから無理して――」


 ごめん。と再度謝ろうと思たところでサクラの手が俺の口を押えた。


「謝らんでええ。アルは悪ない。うちが決めたことや。いつかは来なあかん思とった。父様や母様の最後の地に。せやからアルは悪ない。どちらかというたらきっかけをくれて感謝しとるぐらいや。せやから、謝らんといて」


 今にも溢れそうな涙を浮かべたサクラが俺の目を見つめてくる。


「ごめ……いや、分かった」


 そんなサクラに俺は、辛うじて、ごめん、とは違う言葉を絞り出した。そして。


「それなら、見に行こう。俺でよければ一緒に行くから……」


 そっとサクラの手を引き、屋敷があったという開けた場所へと歩き出した。


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