第8話3.8 商会って言っても店舗がないのでこれまでと変わりはありません
トンネルを掘り終えて数日後、俺はトールス商会オーバディ支店へと足を運んでいた。
「――という訳で、商会を立ち上げることになりました。とは言っても、契約者の名前が変わるだけなんですけどね」
「そうですか。その若さで商会長ですか。素晴らしいことですね。契約者変更は、これで完了です」
あらかじめ作って来た契約書にサインを書いてくれたのは、トールス商会前会長のトルスさんだ。
てっきり王都に返ったのかと思ったら、まだ紅龍爵領に滞在していた。
なんでも、ドラゴンの寝返りに続き、今回の通行禁止の影響をもろに受けて帰るに帰れないそうだった。そんなトルスさんが、紹介したい人がいると言うので快諾する。
すると、チリン、と手元のベルを鳴らすトルスさん。
しばらくして。
「失礼します」
年のころは20代後半、きりりとした目が特徴的な女性が入って来た。
扉のところで頭を下げる女性に、俺も立ち上がり頭を下げる。そこに、トルスさんから声が届いた。
「アル君、彼女は私の孫の一人で、当支店の支店長をしているルイスだ。私が不在の時は、彼女に話を通してほしい」
「はい、分かりました。私は、黒紅龍商会会長のアルです。よろしくお願いします」
「トールス商会オーバディ支店長のルイスです。こちらこそよろしくお願いします」
自己紹介をして再度頭を下げる俺に、同じように頭を下げるルイスさん。
「さ、ルイス。これから大事な話をする。君も話を聞いておきなさい」
言葉に従いトルスさんの横に腰を下ろした。そんなルイスさんの前にメイドさんがお茶を持ってくる。そのメイドさんが一礼をして部屋を出て足音が聞こえなくなったところで、トルスさんがおもむろに口を開いた。
「さて、アル君。先ほどは、名前が変わるだけだと言っていましたが、実際のところはどうなのですか? 何か大きなことをしようとしているのではないですか?」
普段は好々爺という雰囲気のトルスさんだが、この瞬間だけは目線が完全に商人だ。俺は、少したじろぎながらも。
「えっと、商会立ち上げの話事態が突然でしたので、あまり先のことは考えていないんですよ」
正直に話した。重要取引先であるトールス商会に嘘はつきたくなかったので……というよりつく必要もないのだけど。だけど、トルスさんは何だか悲しげな顔をしていた。
「そう、ですか。我々では信用が足りないということですか……」
肩を落とすトルスさん。俺は理解が追い付かない。
――この反応は、俺が隠し事をしていると思っている?
俺は眉間にしわが寄るのを感じながらも考える。商会立ち上げて何かしたか、と。
「「……」」
俺とトルスさんの間に流れる気まずい沈黙。そこにルイスさんの声が流れた。
「アル様は嘘をついておられるのではなく、本当に心当たりがない様子です。お爺様、ここは一つ、ストレートに聞いてみてはいかがでしょうか?」
「……そうか。ルイスはそう思うか。なら、任せよう。アル君の担当は君になるのだから」
しばらく考えたうえでトルスさんが首を縦に振る。ルイスさんもトルスさんに一つ頷いてから、何が何だか分からない俺に向けて話し始めた。
「僭越ながら、私共が掴んでいる情報について真偽のほどをお聞かせ願います。もし、紅龍爵様のご意向でお教えできないのでしたら、そうおっしゃっていただければ追及は致しません」
一度、言葉を止めるルイスさん。俺は、紅龍爵様のご意向、というあたりで少し引っ掛かりを覚えながらも首を縦に振る。
そして続いたルイスさんの言葉――
「マウントフォーム領を経由して紅龍爵領へ至る、新しい商業ルートの件です。黒紅龍商会で作り上げたという話を聞いております」
を聞いた俺は頭を抱えた後、即座に謝った。
「すみません。隠すつもりも、隠す必要もないのです。商会として受けた仕事ではなかったので、すっぽりと頭から抜け落ちておりました」
「なんと!」
「ヒーダ大山脈に穴をあけたという噂の大事業ですのに!」
目を見開いて驚くトルスさんに、くすくすと笑い声が聞こえそうな顔を向けてくるルイスさん。
俺は、何だかいたたまれなくなり。
「本当にすみません。爺様から口止めされていたわけでも何でもないのです。その噂は本当です。爺様も街道整備に取り掛かっているはずです。山に穴――トンネルは出来ています。道は悪いですが近日中に通行可能にすると聞いています。通行料もマウントフォーム騎士爵様との話で決まっているはずです。金額は一人大銅貨一枚、馬車は銀貨一枚、だったと思います。はい!」
口早に説明した。
「なんとなんと! すでにそこまで決まっているのですな」
「これは、直ぐに馬車の手配をしないといけませんね」
「うむ、稼ぎ時だな」
頷くルイスさん。すぐに部屋を出て行った。
どうやらハーミル伯爵領の支店に鳥便を飛ばしたり、ラークレインからも馬車を出したいようだった。足止めを食らっている商品がたくさんあるのだろう。
そう考えると、まず一番に教えてあげるべきだったな、と俺は恥ずかしさがこみあげてくる。そこに。
「アル君。疑って悪かった。黒の商人という噂を気にしすぎていたようだ。本人はこんなに素直なのにな……この埋め合わせは、必ず」
トルスさんの声が届く。見れば深々と頭を下げていた。そんなトルスさんを前にして俺は平然としていられるわけがなく。
「いやいや、謝らないといけないのは俺の方ですよ。トールス商会のような大きな商会には、いの一番に伝えないといけない情報でしたのに。本当に申し訳ありません」
トルスさん以上に俺は深く頭を下げる。そんな俺を見たトルスさんは、またしても頭を下げる。
結果、互いに頭を上げては下げるを繰り返す羽目に陥っていた。
そんな中、ガチャリ、というドアの音と共に。
「お爺様、アル様。壊れたおもちゃのようになってますよ。なによりも、謝罪は繰り返すと軽くなります」
響くルイスさんの冷静な言葉。
俺は動きを止めてトルスさんと二人、苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
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