第7話3.7 閑話 碧龍爵家将軍は気が重い


「セン様、このままでは御家は――」


 某は碧龍爵領内陸部にある駐屯地内の指令室で腹心であるシゲツの忠告に耳を傾けておった。


「分かっておる。碧龍爵の血族にして将軍でもある某には」


 いくら戦いにしか興味のない某でもそれぐらいは十二分に分かっている。このままでは、碧龍爵家はルーシア聖教に乗っ取られる。外部に気づかれることなく。


「それでも某は動くことが出来ぬ……」

「ですが……」


 不満げに眉をひそめるシゲツ。だが、それでも某は方針を変えるわけにはいかぬのだった。

 某が動けば多くの兵が呼応することが分かっておるのだから。

 その結果もたらされるのは、完全なる内乱、しかも武力による全面対決となってしまうことが明白であった。

 

――それは最悪の選択である。


 なにしろ内乱など引き起こしたりしたら――兵の、ひいては民の大切な命を奪うことにつながるのだ。


「せめて海に居られれば、何とでもなるものを……」

「セン様、我らも忸怩たる思いです。15歳の若さで海軍をまとめ上げ、最強の海将と呼ばれるセン様ですのに! このような山地に閉じ込めてしまっては――まさに陸に上がった船頭、いや、水龍」


 悔し気にこぶしを握り締めるシゲツ。某は少し恥ずかしくなった。


――水龍は言い過ぎであろう


 だが、言わんとすることは分かる。海の上であれば、船に乗っても、銛を持っても、某は誰にも負けたことはない。

 海軍を使ってルーシア聖教に圧をかけることも可能であった。

 

「だからこその配置転換であろう。命令を受けた時は不覚にも気づいておらんかったゆえに」


 少しは陸軍の経験を積め、という命令書を信じて、のこのこ丘の上に来てしまった。

 そして気付いたときには――すでに後手に回っておった。

 某が育ててきた海軍の上層部ほぼ全てがルーシア聖教に乗っ取られていた。

 その結果。


「領の収益の大半を占める砂糖を押さえられてしまっては、碧龍爵領は立ちゆくまい」


 砂糖、南方のオガサ―諸島で育てた作物から精製して船で運ばれてくる貴重な品。ハポン国内で唯一生産をしている重要な品。

 その品を海賊や海魔獣から守ることが海軍の最も重要な任務であった。

 

「今や、砂糖の入荷は半分以下になったと聞く」

「はい。海賊が横行しておるそうです。海軍の巡回の隙間を狙って……」

「ふっ! 笑わせるな‼ どうせ自作自演だ‼ ルーシア聖教が海賊に巡回の予定を教えておるのだろう‼‼」

「仰るとおりかと……」


 またしても眉をひそめるシゲツ。腹立たしいことではあるが、海軍を離れている某が簡単に手を出せる状況でも無かった。見張りも付いておるようだし。

 

 それならば出来ることをと某は頭を悩ます。それは。


――どうすれば祖父であるイヤス碧龍爵様は正気に戻ってくれるのか?


 誰の命も失わずに領内を正常にする方法についてだった。

 しかし、良案などいくら考えても浮かんでこなかった。

 某は昔から戦略を練るのは苦手なのだ。戦術ならいくらでも思いつくのに……。


「大体、なぜ側近たちは気付かない。教会に、いや、あのサンという聖女によってお爺様が操られていることに」

「全くです。碧龍爵様の変わりよう。私が見ても一目瞭然ですのに」


 この駐屯地に来る前に顔を合わせた爺様は全くの別人であった。それなのに誰も気付かない、となると考えられる理由は一つ。


「城に住むすべての人が操られているということか」

「仰る通りかと……」

「くっ! なにが魔術は魔物が使うもの、だ。主張する当人が、得体の知れぬ魔術を使いよって‼」


 バン!


 あまりの腹立たしさから、机を叩かずにはいられない。シゲツも同意するように頷き、さらに顔を歪めた。


「さらなる悪手が、紅龍爵領への出入り禁止令です」

「そう、それだ。いくら爺様と紅龍爵の仲が悪いとしても、国王の方針に真っ向から反発する命令など出すはずがない。ルーシア聖教の陰謀としか思えぬ。おかげで、『竜の寝返り』すらも怪しく思えてくる」

「全くです。碧龍爵様を操る魔術を持っているなら、魔物を操る魔術を持っていても不思議では無いですな。だからこそのあの日付ですか」

「ああ、今の某にできる精一杯の嫌がらせだ。気付いてくれるかどうかは分からぬが」


 先日、ハーミル伯爵から送らせた書状。唯一出来たことが、日付を変更するように命令をねじ込むことだった。某が考え付いた唯一の戦略――いや嫌がらせ程度の方策だった。

 自らの無力さに某は拳を握り締めるしか出来ぬ。


「どこかに碧龍爵家を救ってくださる、ルーシア聖教の悪行を跳ね返せる力を持つ御仁はおらぬものか……そのような御仁の為なら、この体、全てを捧げても構わぬ……」


 胸に拳を当てる某の耳にシゲツは寂し気な声が聞こえた。


「おいたわしや、セン姫様……」



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