第4話3.4 商会ってそんな簡単にできるんですか?
爺様との会談を終え、部屋を出たところで俺はショーザさんに呼び止められた。
「アル君、ちょっといいですか?」
「大丈夫ですよ」
「なら、もう少し話があります。部屋はどこでもいいのですが、空いてませんかね」
「それなら……ダニエラさん?」
俺は、あの人に聞いたら分かるかな? ぐらいの気持ちで名前をつぶやく。すると。
「はい、応接室が空いております。ご案内します」
即座に返るダニエラさんの声。俺は、声の方を見て訝しんでいた。
「隠れて見てました?」
「いいえ、たまたま通りかかっただけです」
「本当に?」
「はい」
案内するダニエラさんへ俺は後ろからジト―っと視線を向ける。しかし、一向に気にする様子も無く足を進めるダニエラさん。
う~ん、雰囲気からは分からないな。それに探られているような気配もなかったし……本当に偶然なんだろうか? いや、偶然にしては出来過ぎだ。きっと見張っているに違いない! 俺は、これからは辺りの気配に気を付けよう、と関係ない事を心に決めて、ダニエラさんが扉を開けた部屋へと入って行った。
「それで、話とは?」
お茶と茶菓子を用意したダニエラさんが完全に扉を閉めるのを確認してから俺は口を開く。
「えーっと、そんなに警戒するような話ではないですよ」
ショーザさんは、苦笑を浮かべながら前置きをして続けた。
「簡単な話です。アル君、商会を設立しませんか?」
「は? 商会ですか? 俺は学校入ったばかりですよ。資格が足りないでしょう? そう教えてくれたのは、ショーザさんですよね」
「確かに、普通なら卒業しないと資格は得られません。ですが、抜け道があるのですよ。貴族の特権と言うべき、抜け道が――」
話しながら、ますます胡散臭い笑顔へとなっていくショーザさん。俺は、話を聞き終えてあまりいい気分では無かった。
抜け道というのが、商業学部の学生が貴族の出資を受ければ店を持てるという、欲にまみれた方法だったから。
「なるほど、飲み屋のねーちゃんが、私、お店出したいの~、っていうのに応えるための方法ですね」
「いや、それは、無理ですよ。学生である必要がありますから。どちらかといえば、優秀な学生の青田買いですね」
「それは、それで、いいんですか?」
「まぁ、毎年、どこかで問題になってますね。独立を許さない貴族が出て……あ、紅龍爵領の話では無いですよ、ははは」
胡散臭い笑顔で話すショーザさんへ俺はジト目を向けてしまう。
「ともかく、アル君には、いい話だと思いませんか? エクスト様が、無茶を言うことは無いですし、なにより、早く商会持ちたいでしょ? アル君、いや、クアルレンさんなら魔獣の素材やビル君たちに渡したような強力な武具、それどころか、私では想像も出来ないような品々を持っていても不思議では無いでしょうから」
ショーザさんは誤魔化すように言葉を並べる。俺は話を聞きながら、確かに売りたい物が収納空間に大量に眠っている、と思わずにはいられなかった。
だがしかし、俺は素直に頷けない。
なにしろ、商会なんて立ち上げたら大変だ。学校も行かないといけないのに、店の守もしないといけない。人を雇ったら、雇用を守らないといけないし……。苦労ばかりが先に立ってしまう。それなら。
「『墨いらずペン』のようにショーザさんのところで売るのではだめなのですか?」
そう、一つは売っているのだ。他の物も売ってもいいのでは? と思って提案してみる。すると。
「はぁー、勘弁してください。あれのせいで、私は大忙しなのですよ。毎日毎日、領内外から大量の問い合わせが来るんですよ。そこに、他の商品なんて滅相も無い。そうなったら、もう、私がアル君に雇われているみたいになってしまうではないですか。私が店主のはずなのに……」
結構切実な、思いが返って来た。
なるほど、注文は減るどころか増えてるもんな、それだけ手間を掛けさせていたんだな。なのに、子弟というだけでこれ以上甘えるわけにはいかないか。でも、店を構えるとなると――やはり人手が足りない。
「分かりました。いずれは、商会を作る必要があるのですから、作るのは構いません。その上でお願いがあります。しばらくは、これまで通りショーザさんの店で商品を売らせてもらえないでしょうか? もちろん手数料を取って貰って構いません」
「はぁー、分かりました。『墨いらずペン』だけですよ。他の物は、置きませんよ」
「頼みます」
俺の提案に、仕方がないと言わんばかりに首肯するショーザさん。だが、その口元には心なしか笑みが浮かんでいた。
俺が商会を作ることで雑務から解放されるためか、手数料で儲かると踏んだか、どちらを思っているかは分からないけど。
「それでは、エクスト様への話は通しておきますがっと、一つ決めてください」
おもむろに、申請用紙を取り出すショーザさん。用意のいいことで、その場で書き始めて手を止めた。
「決めるって何をです?」
「もちろん、商会の名前です。何にしますか? 簡単なのならアル・クレイン商会とかでもいいですよ。紅龍爵様の血縁だと分かりやすいですし」
「いや、あまりにも捻りがないですね……」
「そうですか。ならどうしますか?」
商会名か、考えたことも無かったな。どうしようか、と思い悩んでつい先日、言われたことを思い出した。
悪評も利用してやればよい! だったな。だったら。
「黒の商人が、紅龍爵様の下で始める商会ということで、黒紅龍商会とかどうでしょうか?」
「なるほど……いいと思いますよ。世界を黒い炎で焼き尽くしてアル君の思う世界へ作り替えるイメージですね。ははは」
少し間をおいてから、縁起でもないことを口にしながらショーザさんは、書類を書き込んでいく。そして。
「はい出来ました。後はエクスト様に印を頂ければ完成です。おめでとうございます。黒紅龍商会会長アル君」
これまでにないほどの胡散臭い笑顔を浮かべて右手を差しだしてくる。俺は、どう見ても詐欺師だな、と思いながら右手を掴んだ。
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