第2話3.2 爺様、まずは話をしましょう


「ですから、隠さなくても結構ですよ。クアルレンさん」


 予想外の言葉だった。俺は思わずギクリとしてショーザさんの顔を凝視してしまう。その態度に、しまった! と思いながら、何かいい訳をと必死に頭を動かすが全く言葉が浮かんでこない。

 そんな俺の様子を、ニヤニヤしながら見ているショーザさん。隠しても無駄ですよと言っているかのようだった。


「「……」」


 そんな二人の間に沈黙が流れる。俺はすぐに諦めた。そもそもビルたちが知っている以上、親しい人に隠し通せる訳がないと思っていたから。


「はぁ、ばれていましたか」

「まぁねぇ。……アル君が見かけ通りの子供でないことを知っている人なら、普通に気付くでしょう」


 ねぇ、紅龍爵様? と言わんばかりの顔を爺様に向けながら話すショーザさん。だが、当の爺様は――


「ば、か、な。あのクアルレンが、アルだと……全く、全く気付かなかった……」


 俺が、商業学部に入りたい、と言った時以上に情けない顔をしていた。苦笑いを浮かべるショーザさん。俺は爺様に何だか悪い事をした気分になってしまい。


「隠していて申し訳ありません」


 と頭を下げた。それでも立ち直ってこない爺様。もう少し時間が必要なようだった。


「ちなみにショーザさんはどうして気付いたのですか?」

「まずは、活動場所ですかね。バーグ属領からラークレインという二つを、二人はほぼ同じタイミングで移動している。そして、何よりも名前ですよ。アル・クレインとクアルレンは似すぎていますね。恐らく、ビル君辺りが間違えても誤魔化せるようにと考えられたのでしょうが、勘がいい人なら気付いても不思議ではありません」

「なるほど。参考になります。それなら気付いている人は、沢山いるかもしれないですね」

「いや、それはどうでしょうか? アル君、学園では実力隠していますよね。おかげで、『黒の商人』なんて呼ばれて、かなり揶揄されているみたいですが……。でも、あれは二人の紐づけを妨げるのに役立っていますよ。高い戦闘力を持ち、高段位認定を受けた魔獣駆除員であるクアルレンと、能力を弟妹に奪われて商人になるしかないと言われている学生のアル君。違いすぎるでしょう。私も流石、アル君だと感心してしまいましたよ」

「ははは、そんなところまで考えていませんけどね。陰口言われて凹んでいるぐらいですから……」

「またまた、御謙遜を~。ふふふ」

「いやいや本当に……。ははは」


 俺とショーザさん、二人で笑いあっていると、突然爺様が立ち上がって吠えた。


「戦え! クアルレン! いや、アルか⁉」


 今度は俺が頭を抱えた。いや、大変爺様らしいのだけど、今は大事な話があるのだろう? と思ってしまったから。

 ショーザさんも呆れ顔で。


「まずは対策を練りましょう。エクスト紅龍爵様」


 至極もっともな意見で爺様を諭した。


「終わったらお相手しますから、今は対策を」


 俺も、そう告げて爺様はやっと座り直してくれた。


「それで、どうしてだ?」


 早く戦いたいからだろうか、早く言え! と急かす爺様。俺はハッサン組合長が浅い層で大量の魔獣を倒したこと、ハチが、予定より遅れた、と言っていたことを交えて推論を話す。そして。


「状況証拠だけですので、知らぬ存ぜぬで強く出られると押し通されてしまうと思いますが」


 そう締めくくった。


「しかし、そこまでそろうと、可能性を無視できないな」

「ですね、少なくとも魔獣襲来とハーミル伯爵家は関係があるとみて進めるべですね。あと、碧龍爵家も」


 ふむふむと相槌を打っていた爺様とショーザさんが追認してくれる。


「それで、まず一番の問題は何なのですか?」


 現状起こっていることの共通認識への説明も、そして俺の隠していたことの暴露――するつもりなかったけど――も済み、ようやく本題を聞く時が来た。

 うぉっほん、と咳払いした爺様が、立ち上がって――


「何だったか?」


 首を傾げた。


「……いや、物流が止まる事でしょう。人だけでなく品物の出入りも無くなるのですよ? それよりも何よりも紅龍爵様自身が、そろそろ王都へ向かわないといけない時期でしょうに。行かないおつもりですか? 王様になんと説明なさるおつもりですか⁉」

「お、おう、そうだったな。王都へ行かないとな」


 憤り、まくしたてるショーザさんに爺様もたじたじだ。かくいう俺はというと、大阪で有名な喜劇のように思いっきり椅子からずり落ちていた。


「なるほど。爺様が王都に行かないといけないのですね」


 俺が起き上がり体勢を立ち直りつつ聞くと、頷く爺様。


「それなら、多分、簡単ですよ。ちょっと待ってください」


 俺は、サクラに遠話を飛ばした。すると、すぐに応答してくれるサクラ。二人の会話が始まった。


「もしもし、あ、サクラ? 今、大丈夫。……え、……あ、城で……うん。……うん。それなら、爺様の執務室来られる? ……場所は、そう、応接室近くの……、そう……分からなかったらメイドさんにでも……え、ああ、……それでもいい。……うん、うん、……はい、よろしく。……ふぅ」


 よかった。どうやら近くにいるらしい。すぐに来てくれそうだと、お茶を一口飲んで説明しようとしたところで――


「えっと、アル、今のはなんだ? 独り言か? サクラさんが恋しくなったのか?」


 爺様がなにやら目に哀れみを浮かべていた。


 いや、勘弁してくださいよ。今の流れで、独り言なんて言いませんよ。大体なにですか、恋しくなったっていうのは! と首を横に振りつつ俺は説明した。


「違いますよ。理術ですよ。遠くの人と話せる時空理術。それを使ってサクラと話をしました。それで、ここに来てもらう事にしたのですよ」


 だが爺様の反応は鈍かった。ただ、曖昧に頷くだけだ。良く分かっていないらしい。電話を知らないのだから当然の反応なのかもしれないが。

 でも、ショーザさんは違った。


「今のも、時空理術ですか? 空間を超えて声だけを飛ばしたというところでしょうか? 離れた場所にすぐに情報を届けられる。魔獣襲来の情報なども一瞬で……なるほど、伝説の理術と呼ばれるだけありますね」


 即座に内容を理解して、有用性まで確認している。本当に有能な商人だった。胡散臭いけど。


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