3章 商会設立編

第1話3.1 いろいろバレバレだったようです


 女性陣に慰められた日――魔獣騒ぎの翌日――の夕方、俺は爺様の執務室に呼び出されていた。


「爺様。入ります」


 ノックをして部屋に入った俺は、そこに意外な人がいるのに気が付いた。


「あれ、ショーザさん? 俺、来る時間間違えた?」


 そう、入試対策や商談などで世話になっている胡散臭い御用商人のショーザさんがいたのだ。


「いや、間違えていない。儂が呼んだのだ。話を聞きたくてな。それよりこっちに来て座れ」


 間違いでないならいい、と一安心した俺は手招きする爺様の前に座る。すると、すぐにメイドさんがお茶を持ってきてくれて、一礼をして下がっていった。

 ドアを閉めるメイドさんの姿をずっと見ていた爺様。足音が聞こえなくなってから口を開いた。


「ふむ、二人とも呼び立ててしまって申し訳ない。少し知恵を貸してほしい」


 いつもの豪快な爺様からは考えられない、と言ったら失礼だけど、少し影のある顔をする爺様に、俺は何だか嫌な予感がした。


「ショーザには先ほど少し話したが、改めて初めから話そう。……実は、オーパティ紅龍爵領の経済が破綻する可能性が出てきた」

「え? 破綻ですか?」


 冒頭から物騒な話だった。さらに詳しく爺様が話す内容をまとめると、他の領との物流が完全にストップしているということだった。なんでも。


「先の魔獣襲来の件を重く見た隣領が一切の人の出入りを禁止してしまった」


 ということだった。

 風評被害のようだが、それにしても一切の出入り禁止ってかなり重い処置だと思う。許されるのか? と思って聞いてみる。すると。


「通常はあり得ない。『ドラゴンの寝返り』があった時には、領を超えて助け合うのが国としての方針だ」


 爺様は悔しそうな表情を浮かべる。

 ならなぜ? と首をかしげる俺を見ていたショーザさん、ゆっくりとため息をついた。


「碧龍爵家の陰謀ですね」

「お前もそう思うか」


 即座に返したのは爺様だった。


「今朝、私のところに届いた情報から鑑みますに。ハーミル伯爵が碧龍爵家に付いたと考えてまず間違いないかと」


 この言葉に目を見張る爺様。大きく肩を落としていた。かなりの痛手のようだが、俺はまだ話についていけてない。

 俺は、爺様が肩を落として話が止まっている隙に小声で隣のショーザさんに尋ねた。


「あのー、すみません。なにが起こっているのですか」


 この問いを聞いてショーザさん、ちょっと意外そうな顔を浮かべていた。


「そうですか。アル君なら、知っていても不思議ではないと思ったのですけど。知らなかったのですね。12歳と言う年齢を考えれば普通と言えば普通ですが……」


 という前置きをしてから。


「詳細は長くなるので割愛して、端的に言うと貴族同士の権力争いですよ。仲が悪いのですよ。紅龍爵家と碧龍爵家は、昔から」


 なんでも国を代表する二つの龍爵家は、町の発展具合、町から出る特産品、王都で行われる理術や剣術などの各種大会、等々、あらゆることで競ってきたらしい。


「それでも同じ国の領主なのですから、こんな相手の領が弱ったところを潰すようなことは無かったのだけど、今回は……」


 言葉を濁しつつ首をかしげるショーザさん。碧龍爵家のやり方に疑問を感じているようだった。そんなショーザさんを見ながら俺も考える。なぜ、ハーミル伯爵が、碧龍爵家が、こんな愚行を犯しているのか。


 出入りの停止。はっきり言って悪手だ。疫病の蔓延を防ぐためなら理解できるのだけど。今回は魔獣の襲来だ。しかも、既に終わっている出来事を理由とした。

 全く理解できない。


 このまま人の出入りを禁止するということは物流も止まってしまい――近いうちに仕掛けてきたハーミル領どころか国中の経済が低迷するはずだ。

 そんなこと領主なら分かっていると思う。よほどの馬鹿でない限り。例え馬鹿でも誰かが進言するはずだ。

 それでも魔獣を理由にするという事は――


「ラークレインに壊滅的な損害が出ると確信していた? それも復旧困難なほど? そこに止めを刺しに来た?」


 口に出してみて、再度考える。すると良く分かってくる。アイツの去り際の言葉の意味も。そして導かれる推論――だが、証拠がない。何かないかと考えて、もしかしたらと思い立った。


「爺様、ちなみにその出入り禁止令は、いつから出ていますか?」

「ちょっと待て」


 突然の問いにも理由を聞くこともなく、自身の机に戻り書状を探す爺様。


「あった。これだ。ほら」


 見つけた書状を放り投げてきた。


「見ても?」

「無論」


 爺様に断り入れて書状を開き俺は隅から隅まで目を通した。貴族の様式に則った正式な文章で書かれた書状。特に変なところはないのだけど、一つだけ気になった。


「この書状、日付が魔獣の来るかなり前になっていませんか?」


 俺から書状を奪い取る爺様。


「本当だ。魔獣が来る前に書いた? そんな馬鹿な! ただ間違えただけでは? だが、しかし……」


 考え込んでしまった。頭から湯気が出そうな雰囲気で。

 そんな爺様に変わって、じっと黙っていたショーザさんが口を挟んだ。


「確かに、この書状を見ただけでは、間違えたと取るのが一般的でしょう。だが、アル君は疑っているのですよね。魔獣襲来の前に書状を書いたのではないかと」


 ここで一度区切ったショーザさん、俺が頷くのを見て続けた。


「ならば、そう思われた理由をお聞かせください」


 理由と言われると俺は困ってしまう。何しろ、あの時のハチが残した、予定より遅れた、という言葉のことを説明しないといけないから。あれを聞いたのはクアルレンの時なのだから。

 どう言葉にしようかと口を開いたり閉じたりしていると、何だか悪い顔をしたショーザさんが俺をまじまじと見ながら言った。


「隠さなくても結構ですよ。クアルレンさん」


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