第44話2.44 黒の商人って、もしかして俺ですか?


 一連の騒ぎから一夜明け、俺達は学園へと向かっていた。騒動の関係で、馬車が足りないため徒歩での登校となったが。

 朝の通学路を7人そろってぞろぞろ歩く。すると。


「あー、今日は朝から算数だー。帰りてぇー」


 ビルのいつもの愚痴が始まった。


「ビル兄さん、何言っているの? 真面目に勉強しないと進級できないわよ。そしたらユーヤ兄さんも困る事になるのよ。分かっているの?」


 即座に突っ込むシェール。そんな二人のやり取りを眺めて歩く。普段通りの俺たちだった。だが、この時、俺は気付いていなかった。あたりの視線を集めていることに――



 最初に声を掛けてきたのは、たまに果物を買う八百屋だった。


「お、赤の勇者様じゃないか。これ持っていきな」


 ビルの顔を見るなり、リンゴを投げてくる店主。

 

「ありがとう!」


 ひょいと受け取ったビル、そのまま口へと入れた。すると、それを皮切りに。


「あ、あの赤の勇者様! さ、サインください」

「あんた、何抜け駆けしているのよ。私にもサインと握手を……」

「あの、勇者様に、お菓子作ってきました。食べてください」


 と言い寄ってくる登校中の女生徒。他にも。


「白の聖女様。おかげさまで古傷まで完治しました。これ少ないですけど、せめてものお礼です」


 拝むようにお金を包んでくる昨日戦いに参加していたであろう魔獣駆除員ハンター


「聖女様。病気の母に、ご慈悲を」


 病人を背負って拝もうとしてくる青年。


「森の聖母様。うちの子の胸が成長するように祈ってやってください」


 本当に拝んでくる(貧乳)奥さん。


「銀の守護拳聖殿。魔獣駆除に興味はないか?」


 勧誘してくる魔獣駆除組合ハンター職員――なんてのはまだましで。


「青の賢者というのは貴様か? 大人しくついてこい。貴様ごときが伯爵家に逆らえると思うなよ」


 強引に連れ去ろうとする貴族。


「時空桃姫などと粋がっているガキめ! 時空理術で我が商家に貢献させてやろう」


 多数の用心棒を引き連れて脅すように取り囲む商人。などなど、良きにつけ悪きにつけ数えきれないほど声を掛けられた。もちろん、お金は丁重に断り、病人には理術を掛けた。サーヤが。

そして、強引な奴らには、相応の反撃を食らわせて撃退した。俺の心を寒々とさせるような目をしたシェールが! 氷雨で本当に体温を奪い去って。


そんな中、俺だけは。


「本当に、お荷物だったのだな。あの能無し商人」

「全くだ。戦うどころか現場にもいないなんて、よく、あのメンバーの中にいられるよな。俺だったら耐えられない」

「噂では裏で弟妹や幼馴染を操っているらしいぜ。その関係で仲間内でも、黒の商人って言われて蔑まれているそうな」

「その噂、俺も聞いたぜ。何でも火竜サラマンダーとの戦いの後、勇者様と賢者様が話していたって……」

「本当か? 勇者様や賢者様の弱みでも握っているのかもな」


 と全く身に覚えのない噂が耳に届く。

 内容に驚いた俺が思わずビルとシェールの顔を見る。すると。


「アルにぃ、ごめん。確かに言った」


 と頭を下げるビル。シェールも。


「ごめんなさい。ただの冗談だったの」


 と頭を下げて謝ってくる。


 俺は正直、勘弁してほしかった。いや、話も内容も問題なのだが、今、一番気になるのは、町中で、『赤の勇者』とか『青の賢者』と呼ばれる二人が俺に頭を下げている事だ。

 そんなことをすれば当然。


「見ろよ。あの黒の商人。こんな人通りの多いところで勇者様と賢者様に頭下げさせているぞ」

「嘘だろ⁉ 二人が何したって言うんだ。ただ兄だってだけで、あの所業。卑劣すぎるだろ‼」


 さらに俺を非難する声が上がる。


 慌てて二人の頭を上げさせる俺。二人も周りの声が聞こえていたのだろう、バツの悪そうな顔をしている。


俺たち三つ子は揃って、その場から逃げ出した。




 騒動は学園に着いても変わらなかった。いや、学園の方が酷くなったぐらいだ。子供たちにとっては、いいネタなのだろう。弟妹や幼馴染――ラスティ先生やサクラを含む――を褒めたたえる声と、俺を蔑む声は、止むことは無く聞こえてくる。

 授業を終えると同時に俺は逃げるように城へと帰った。

 中身が大人の俺でも流石に。


「なんも悪いことしてないのに黒の商人って……」


 気分のいい物では無かったから。俺は一人自室のベッドに座る。


「はぁ~」


 気付けば、ため息が漏れていた。その後も、何もする気が起きず、ボーっとしていると、そこに。


「しょうがないわね~」


 あきれ顔で現れたのは、いつもと違い、面積の小さいへそ出しシャツに短いスカートを履いた、やたら露出の多いラスティ先生だった。

 そんな先生は、おもむろに俺の横に座ったかと思うと後ろからぎゅっと抱き上げ膝の上へと座らせる。さらには。


「こうするのも久しぶりねぇ」


 と、頭を撫でだした。

 ラスティ先生の突然の行動に、驚きつつも何だか抵抗する気がしない。なされるがままに体を預けていると、そこに。


「アル兄様、大丈夫です?」

「何で、うちまで……」


 これまた、何だか体のラインがはっきりと分かる丈の短いワンピースを着たサーヤと、そんなサーヤに引っ張られたピンクのフリルが盛りだくさんのメイド服を着たサクラが現れる。

 二人の服に、俺が、なんだその服? と思いながらもボーっとしていると、サーヤが近づいて来て俺の右腕を取り抱きしめた。さらに。


「ほら、サクラちゃんも、です!」


 催促するサーヤ。

 

「ホンマにやるんか?」


 サクラ、口では色々言いつつも、赤らめた顔で、おずおずと俺の左手を取った。


「あ、アルが落ちこんどる言うから、しょうがなくやで」


 つんつんしながらも、取った手を自らの手で優しく包むサクラ。俺は、手を引っこ抜いたほうが良い気がするのだけど……できなかった。


 そんな三人に包まれた俺、彼女たちの柔らかさと温かさと、そして甘い香りに力が抜けていき――悪評のことなど忘れ、完全にリラックスしてしまっていた。

 どれぐらいその状態で止まっていただろうか? 俺の顔を覗き込んでいたサーヤが告げる。


「ふふ、やっといつもの顔に戻ってきたです」


 それを聞いて、背後から抱きしめていたラスティ先生が胸を張る。


「当然でしょ。生まれた時から面倒見ているのよ。アル君を慰める方法なんてお手の物よ」


 ふふふ、と続く笑い声を聞きながら俺は背筋を伸ばしていた。なぜなら、胸を張ったラスティ先生の最近さらに大きくなったおっぱいが、俺の背中に強く押し付けられて――二つの塊の形がよく分かるほどだったから。

 

「えーっと、離してほしいのですが……」


 恥ずかしくなった俺は、身を捩りながら口を開く。だが。


「まだです。アル兄様」


 俺の横から前の方に身を乗り出し、狐耳で逆の頬をすりすりしてくるサーヤ。

 そんな体勢になると、こちらも成長著しい二つの塊が俺の胸に押し付けられて――脳内に。


『イエス、マスター。『心願成就』が、おっぱいサンドされたい。という願いを叶えました』


 これまた、恥ずかしい内容の報告が届く。


 俺は、恥ずかしさと、こそばゆさに、止めてほしいなぁ、と身をよじっていると――パシーン! 俺の左手に痛みが走った。

 見るとサクラに思いっきりひっぱたかれていた。


 何事か⁉ と思ってサクラを見て驚いた。

 顔の赤さはそのままに怒りの形相へと変わっていたのだから。


「うちが、うちが、恥ずかしいの我慢しとるのに――うちの方なんか見向きもせんと……」


 そこまで言って、息を吸い込んだサクラ。


「このオッパイ星人が‼‼‼‼」


 盛大に叫んだ。


「うちかて、そのうちに――」


 つぶやき胸の辺りを押さえていたサクラが、キッと俺を睨む。そして。


「ちょっとそこ座り!」


 とベッドの下を指さした。


 サクラの顔と指が示した先を見くらべて俺は戸惑う。しばらくして、俺と同じく戸惑っていたはずのラスティ先生とサーヤが動き出し、俺だけを床へと正座させた。

 それを見たサクラは俺の前に腕を組んで立ち、大きく息を吸い込んでから口を開いた。


「大体なんや、アル。学校の子供らが、ちょっと『黒の商人』やら、言うただけで落ち込むんか? そんなんしとったら、この先、世界を裏から操るなんか、夢のまた夢やないか。分かっとるんか⁉」

 

 捲し立ててくるサクラ。再び息を吸い込んで続けた。


「しかも、なんや? サーヤやラスティはんの好意に甘えて。そんなんやから余計悪評立つんと違うんか? それに、こんな甘えとる暇あるんやったら、悪評つこうて、もっと役に立つことしいや‼ はぁはぁ……」


 言い終えて、肩で息をするサクラ。それを見ていた俺はというと、目から鱗が落ちる気分だった。


――下に見られるなら、それを利用してやれば良い


 言われてみれば、物凄い正論だった。どうせ近い将来、裏から世界のバランスを取るつもりだから。そしたら、もっともっと悪評が立つはずだから。その状況を利用する。

 そこまで考えた俺。


「きゃ、あ、アル、何や、急に……」


 耳元で聞こえたサクラの声で気が付いた。そう、あまりの感動に、俺がサクラを抱きしめている事に。

 そして驚くサクラをよそに。


「なってやるよ。本当の黒の商人に!」


 俺は宣言する。


 だが――ゴン!


「何勝手に盛り上がってのよ‼」


 声と共に、俺の脛に響く衝撃。一切、容赦のないサクラの蹴りだった。

 俺は脛を抑えて蹲る。

 全く締まらない決意表明だった。


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