第34話2.34 竜が寝返りを打ったようですので陰で動きます


 トルスさんの動きは早かった。

 1週間も経たないうちに、今の商会長である息子さんの約束を取り付けて来たのだから。王都まで2週間かかるはずなのになぜと思ったら、どうやら手紙などの軽いものなら鳥便で運べるようだった。


「大手の商会なら当然」


 と何故かショーザさんが誇らしげに教えてくれた。


 その後、すぐに本契約をする運びとなり、俺の手元には大金が舞い込んだ。トルスさん、気前よく前金で1万本分、白金貨1枚出してきたから。


 初めて見る白金貨に、俺は驚きつつも内心ほっとしていた。何しろこれまではクアルレンとして稼いだ金があるのに、表立っては使いづらかったからだ。

 収入源の無い子供の俺が持っているには多すぎる額の金が収納空間内に唸っているのに。


 おかげで、何を買うにも爺様のくれる小遣いの範囲内――子供にしては十分に多かったが――でしか購入できず、派手に動くことが出来なかった。

 そんなことを思いながら俺は白金貨を懐の財布へと入れた。


 技術の移管も直ぐに始まった。なんでも近くの支店にちょうど熟練の付与術師がいたそうで、すぐに俺の所に来てくれたのだ。

 構造も簡単で術式も単純な『墨いらずペン』数時間ほどでレクチャーは終わり、後は王都で本制作を待つばかりとなった。


 そんなある日のこと、俺は自室で次に行うことについて思案していた。


「王都で製造が始まるまでひと月ほどか。ラークレインの分もイーロス伯父さんに任せたことだし、たまには魔獣でも狩りに行こうかな――」

 

 思い立ったが吉日、俺は早速に人形を着こみ仮面をつけて、魔獣駆除組合近くへと転移した。

 時間は昼過ぎ、組合周りに人影は少ない。俺は、ゆっくりと組合建屋へと入る。

 すると――


「あああああー、クアルレンさんー」


 俺の仮面を見るなり受付嬢のミカンさんが大声を上げた。どうにも間の悪い時に顔を出したらしい。

 俺はすぐに組合建屋から出ようかと踵を返そうとして、受付カウンターから飛び出したミカンさんに捕まった。

 犬獣人なのに猫のような動きのミカンさんに。


「どこに行くのですか⁉ せっかくベストなタイミングで来られたというのに‼」


 正直、俺は勘弁してほしかった。大体、魔獣駆除組合にとっていいタイミングっていうのは、何らかの問題が発生した時だ。俺にとっては、悪いタイミングだと思うのだが。


「今すぐ、組合長の部屋に行ってください!」


 どうやらミカンさん、俺の思いなど聞く気もないようだ。腕を掴んで連行されていく。そして連れていかれた組合長の部屋には、包帯ぐるぐる状態で仕事をする謎の人物がいた。


「誰?」


 俺は、本気で聞いてしまった。


「俺だ俺。この部屋にいるのだから組合長に決まっているだろうが!」


 包帯のせいだろうか声はくぐもっていたが、辛うじて組合長と判別した俺。組合長は、ふん、と鼻を鳴らしてから口を開いた。


「久しぶりだな。クアルレン。いったいどこにいた……いや、それはまぁいい。それよりも、緊急事態だ。数日は、俺達の命令に従ってもらうぜ。いいな」

「理由を聞いても?」

「ああ、竜が寝返った可能性がある」


 かなり危険な事態のようだった。かつて、ラークレインを壊滅寸前にまで追い込んだ『竜の寝返り』、今回の規模は分からないけど用心に越したことはない。

 そんな中で、一つ気になった。


「緊急事態なのは、分かった。それで、その怪我もこの事態の関係か?」

「そうだよ! 俺、自らが森に入って偵察してきたのだよ。そしたら、あんな浅い場所にいるはずのない魔獣が大量に現れて、俺が駆除する羽目に。くそ! お前がもっと早く来ていれば――」


 どうやら、藪蛇だったようだ。俺や他の高段位の組合員ハンターへの愚痴が始まった。


 ただでさえ数の少ない高段位の組合員ハンター、とても気まぐれだ。数か月音沙汰がない場合も多々ある。

 今回も、この緊急事態に誰とも連絡が取れなかったのだろう。だからといって自分で偵察に行く、か。大変だな、組合長って。そう思った俺は、まだまだ続きそうな八つ当たりを回避するためにも傷を治してやる事にした。


 組合長の体をチェックしてけがの状態を探る。骨折はしてないようだが烈傷が多い。狼系か虎系か、わからないけど牙か爪で攻撃してくる魔獣と戦ってきたようだ。その傷に『治癒』の真龍特製の理術『傷修復』を掛ける。裂けた肉と皮膚を繋げ元通りに戻す理術であり、ちまたの回復理術士ではできない術だ。


「ほら、これで良いだろう」


 憤って、怪我の事などわすれたかのように机をバンバン叩いていた組合長が訝しげな顔をした。

 俺の言ったことが分からないといった顔だ。


「なんだ、気付かないのか? 包帯取って見ろ」


 ここまで言って、やっと気づいたらしい。組合長、包帯の上から自分の体をバシバシ叩いている。普通に痛そうな叩き方だ。


「おいおい、気を付けろよ。一応傷は癒したとはいえ、まだ、完全ではないからな」


 呆れ交じりの俺の言葉に組合長、包帯を取りながらぎろりと睨んできた。


「この理術どこで学んだ。俺も帰って来てから治療院に行ったのだけどな。それでも血止めの理術の後、傷が広がらないように包帯しただけだ。この処理をした治療師からは全治2週間と言われていた。……お前いったい何者だ?」


 良かれと思ってしたことなのに、藪蛇だったか? 組合長から発せられる威圧感に隣で話を聞いていたミカンさんも何だかおろおろしている。けど俺は気にしない。この程度の威圧、『闘』の真龍に比べたら蟻みたいなものだ。


「俺は、旅の魔獣駆除組合員ハンターだが」


 俺は何事もなかったかのように返す。


「何も言う気はないって事だな。まぁいい」


 突然の変わりように驚いた俺だったけど、よく考えたらただの質問だった事に気が付いた。顔が怖いから威圧されている気がしただけだ。分かり辛い。


「ふん、これから大騒動になろうって時に、喧嘩なんかするかよ。お前と対立してもいい事なんてないからな」


 だそうだ。


 その後は、組合からの指令を聞いた。

 当初、町での待機を言い渡されたが、俺がどうしても森の様子が知りたいとお願い――勝手にでも行くぞという半ば強迫ともとられかねない――をしたおかげで、条件付きで許可された。


「で、誰と行く?」


 組合長が悪そうな顔で口を開く。そう条件とは、二人以上での行動というものだった。

 恐らく俺には誰も仲間がいない、いたとしてもとても森に行くとは言わないと踏んでの条件なのだろうが、ところがどっこい、俺には当てがあった。

 全てを知っていて、必ずお願いを聞いてくれるラスティ先生という当てが。


「ラスティ? 何処かで聞いた名だな」


 告げた名を訝し気に口にする組合長。思い出そうとしているようだ。そこに、ミカンさんが上気した顔で口をはさんで来た。


「組合長知らないのですか? 森の聖母と呼ばれているラスティ様を!」


 森人族なのにあのプロポーション。今や、ラークレインでは知らない人がいないとうっとりとした顔で話すミカンさん。視線を少し下にずらしてみると――とても残念な体型でした。


「そのラスティってのは、組合員ハンターなのだな」

「はい。えっと組合では、灰斧熊ワーグさんのパーティメンバーだったと思います」

「ああ、バーグ属領のやつか。腕は確かか……くそ、仕方ない。条件を満たしているのだから許可してやるよ。絶対に1人では行くなよ。いいな」


 本当に行かせたくなかったのかハッサン組合長、物凄く悔しそうな顔している。その表情に若干引きながら、俺は部屋を後にした。

 その後、さっさと組合建屋を出ようとした俺の後ろにいつの間にかミカンさんが立っていた。


「あの、ラスティ様のサインを、お願いしてもいいですか?」

「は?」

「あの憧れなのです。私もあんなふうになりたいなって」


 言いつつ胸の辺りを押さえるミカンさん。俺は目線で追いそうになるが、気合で目を逸らした。仮面の中だから見えないと思うけど、気分的にね。


「ご、ごめんなさい。無理ならいいです」


 俺の返事を聞く前に、顔を真っ赤にしたミカンさんは大慌てで受付カウンターの中へと戻って行く。俺は視線に気づかれたのではないかと一人冷や汗をかいていた。


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