第35話2.35 森では熊さんにすら会いませんでした
翌日、授業を終えてすぐ俺は転移理術でホワゴット大森林の入り口へと来ていた。
「あー、確かに不穏な気配を感じるわね」
俺の人形の腕に抱き着きながら訝しい顔をしているラスティ先生を連れて。
「もっと奥へ行きましょうか」
「そうね」
先生の同意を得て歩き出すが、とても歩きづらかった。先生が邪魔で。
「あのー、このままでは進むのにとても時間がかかるのですが……」
「ええ、そんなこと言わないで、折角成長したアル君を堪能しているのに。じゃなくて、森が怖いから……」
ラスティ先生、願望が駄々洩れですよ。それに、いい訳もおかしいでしょ。森の生まれなのに……おかげでさっきの、不穏な気配、発言まで嘘くさくなってくる。
なにしろ俺の見立てでは、魔獣の気配が一切感じられないのだから。
「不穏な気配なのは本当よ」
俺の訝し気な視線に負けて、体を離してくれたラスティ先生が口を尖らせる。どうやら魔獣の気配がない事が不穏だそうだ。
「確かに、浅い層とはいえ全くいないのは不自然ですね」
「そうよ、だからいつでも逃げられるようにアル君にくっついていたいの」
新しい言い訳を思いついたからか、再び体を摺り寄せようとするラスティ先生。
そんな先生から距離を取った俺は奥へと歩き出した。
「もー、アル君の恥ずかしがり屋」
後ろから聞こえる声は無視して。
数日後、俺とラスティ先生は魔獣駆除組合の応接室でハッサン組合長相手に森での出来事を報告していた。
「馬鹿な! 全くいなかっただと。俺が行った時は山のようにいたのに」
「ええ、全く見当たりませんでした」
「私も見つけられなかったわ。長くホワゴット大森林見て来たけどあんな事は初めてよ」
俺に同調してラスティ先生が話をすると、組合長、何が起きている、とつぶやいたきり、眉間にしわを寄せ考え込んでしまった――が、その思考はすぐに打ち切られた。
駆け込んで来たミカンさんの
「組合長ー! 大変ですー! 北方10kmの地点に、魔物の大群が現れましたーー‼」
という声によって。
「馬鹿な! 見張りは何をしていた! こんな時のために、通信網を築いていたのだぞ!」
「分かりません。森からは何の知らせも入っていません。今は、北門衛兵からの連絡のみです」
「くそ! 訳が分からん。だが、取り敢えず今はラークレインを守る事が先だ。全ての組合員に召集を掛けろ! 追い返すぞ!」
ハッサン組合長の決意の声を聞き、ミカンさんは飛び出していった。
そして残った組合長はというと、鎧を着こもうとしていた。
「組合長も出るのか?」
「当たり前だ。ここで出なくていつ出るというのだ」
ぎろりと睨みつけてくる組合長。
「傷は、見た目ほどきれいには治っていない。そこだけには気を付けろ」
無駄だろうが、と思いつつ俺は部屋を後にした。
魔獣駆除組合には、たった三つだけ規約がある。
それは――
1.魔獣を狩れ。
2.組合員同士で争うな。
3.緊急時の徴集に応じろ。
だった。
今回の名目は、規約の三番目である緊急徴集だ。これを掲げられると普段自由に狩りをしている組合員も集まらざるを得ない。数少ない規約に掲げられた事項ゆえに。
「思ったよりも早いな」
「そうね。あの組合長、根回しが良いみたいね」
組合建屋の入り口付近で、ぼそりと吐いた俺のつぶやきに答えたのは、もちろんラスティ先生だ。
俺は、その言葉に同意した。緊急徴集を発動してから数十分で集まれる人材を確保していたのだから。
「人望もあるのかな?」
「そうでしょうね。これだけの人数が待機していたのよ」
少し背伸びして辺りを見回すラスティ先生につられて俺も見回してみると、辺りには既に百はくだらない組合員たちが集まっていた。各々、皮鎧や弓矢など種々の装備を手にする組合員。なかなか壮観な図だ。
そこに組合建屋から鎧を着こみ大槌を手にしたハッサン組合長が現れ、声を張り上げた。
「てめぇら、準備はいいか! これは、普段の狩りじゃねぇ。俺達の住むラークレインを守る戦いだ。一匹たりとも町に入れさすのじゃねぇぞ‼」
雄たけびのような声に合わせて気勢を上げる組合員たち。そのまま北門へ向けて飛び出そうとしたところで別の声が上がる。
「待った、待ったー!」
声の主は見たことのない森人族の女性だった。
「今回の参加報酬について連絡します! この戦い、報酬は段級位ごとに一日定額です。特別強力な魔獣を狩った場合は、報奨金は用意しますが、それ以外ではいくら魔獣を狩ろうと変わりません。詳細は、こちらの用紙に記載してありますので持って行ってください。それでは、組合長もう一度」
言いたいことをいったのだろう、女性は下がり再びハッサン組合長を押す。
「全く、副組合長は……。ごほん。ちょっと締まらねえが、もう一回出撃ーー‼」
気勢を上げつつ組合員は北門を目指し走り出した。
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