第32話2.32 王都の商人は、とてもいい人でした


 商談の日、俺はいつものように日に一つだけの授業――今日は商業法――を受けてから学園を離れた。

 ちなみにラスティ先生は他の授業を受けている。優秀な先生でも免除になった授業の数はそんなに多くなく、その上、従者と言えどもしっかり単位は取らないといけないみたいだった。


「ふぅ、一人だと目立たないのか、変な視線を向けてくる人がいないな」


 一人、ごちりながら歩く。

 やっぱりというかなんというか、一番目立つのはラスティ先生だった。


「外では気を使ってるからか胸を強調する服を着ることは無くなったけど……」


 それでも注目度は断トツで高かった。男10人とすれ違ったら8人ぐらいは振り向いて後姿を眺めるぐらいに。

 ちなみに女の人の場合、拝んでいたりする。聖母様のご利益を~とか唱えながら。正直怖い。逃げ出したいぐらいだ。だが、俺が走り出したところで先生はついてくるだけだ。無意味だった。


 何とかならないかなぁ、理術とかで……と思い悩んでいるうちに目的地へとたどり着いていた。


「初めまして、アル・クレインです。遅くなり申し訳ございません」

「いえいえ、学生さんは学ぶことが本業です。お気になさらずに」


 到着したショーザさんの店には既に商談相手の好々爺と言う言葉がぴったりとあてはまる人物が待ち構えていた。


「私は、トルス・トールスです。ありていに言うと隠居の身ですな。ですのでお気遣いは不要ですよ」


 ふぉふぉふぉと笑う、トルスさん。


「いやいや、アル君、トルスさんは隠居などと言っているが、これがなかなか。王都でも有数のトールス商会の実権を握っていると言われている人物だよ」

「いやいや、それは昔の話。今は、息子が張り切っていますので私は本当に隠居ですよ。ショーザさん」


 いやいや、いやいやと互いに繰り返す二人に、俺はただ黙って見ているしかなかった。


 数分後。


「いやいや、すまない。今日は、アル君との商談なのに、こちらだけで盛り上がってしまって」


 やっと話が戻ってきた。


「いえ、お時間いただきありがとうございます。この度は、私の作った『墨いらずペン』を買っていただけるとか」

「うむ、そうなのだ。この画期的なペン、王都ではやること間違いなし。ぜひ購入したいのだが、このラークレインからの配送を考えると価格の面が気になってね。その辺りを教えてほしい」

「分かりました。先ず本体価格は――」


 『墨いらずペン』の卸値、生産量――現在は、イーロス伯父さん一人で作っているのだが――、ショーザさんの店での売値について話をしていく。


「となると、やはり生産量……それよりも輸送がネックとなるか」


 じっと聞いていたトルスさん、渋い顔でポツリとつぶやいた。ラークレインから王都まで、現状、馬車で2週間ほどの旅となる。その上、人気のないところには、魔獣、盗賊と様々な障害があるのだ。

 定期的な運送など夢のまた夢のような案件だった。


「トルスさん、領を通過する際の通行税も問題です」


 悩むトルスさんに、ショーザさんが付け加える。そう、領から領へ移動の際には、領法に定められた税金を払わなければいけない。理由として街道の整備や魔獣駆除などを挙げているが、実際にはただ領主の懐に入るだけの金だった。

 現に、このオーバディ紅龍爵領では、そんな税金は存在しない。

 ただ、端っこだからという理由もあるだろうが。


「そうですな。リスクと費用が掛かりすぎますな。何かいい案はないものか。この必ず売れる商品を何としても王都へ……」


 考え込むトルスさん。よほど王都で売りたいらしい。


「そこまで、この『墨いらずペン』をお気に入りのようでしたら、トルスさん、生産に乗り出すつもりはありませんか?」


 輸送が無理なら輸送しなくて済むところで作ればいい。なにより、こちらも大量生産が出来そうになかった。人材不足で。それを踏まえての提案だ。


「え、しかし、これほどの商品。そう簡単に作れるとは……」


 トルスさんが期待と不安の二つを顔に浮かべ言いよどむ。


「術式は単純ですから作る事は簡単ですよ。付与術師がいればですけど」


 俺の言に驚きの表情を浮かべるトルスさん。その横で、ニヤニヤ笑っているショーザさん。この人、先の打ち合わせでこうなるの分かっていたからって……品のかけらもない胡散臭い顔だった。


「……それは、つまり術式そのものを販売していただけるという事ですか?」


 驚きが抜けきらぬまま、訝し気な顔で問うてくるトルスさん。ショーザさんとの打ち合わせでも思ったけど、やはりこの方法は一般的ではないらしい。

 文明の発展具合から、形のない発想や技術に対価を払うという考えは育っていないとは思っていたが。

 ちなみに、付与してしまった術式を解析することは不可能とされている。真龍に鍛えられた俺は出来るけど……。

 ともかく元の術式が一番大事だった。


「正確には術式を貸しますので、あなた方が作った個数に対して対価を頂く形にしたいです」


 ライセンス生産的な考え方だ。


「もし私たちが、その正確な数字を提示しなければ?」

「その場合は、困ってしまいますね。信頼関係で取引しているのですから。……すぐに考えられる対応としては、他の商会にも技術を公開することでしょうか。術式さえ分かれば簡単に作れる物ですし」

「信頼ですか……」


 つぶやいたトルスさん、腕を組んで黙り込んでしまった。熟考しているようだ。

 考え込むトルスさんを見ながら俺は、一人納得していた。日本での経験に照らし合わせて、トルスさんは信頼できると。


 そう考えた理由は単純、すぐに不正ができる点を挙げてきたのだから。


 何か悪い事をしようと思っている人は、都合の悪い事はひた隠しにするものだ。

 そして良い事だけを挙げてくる。役所でも――と嫌な思い出が浮かび上がってきそうなところでトルスさんの声が聞こえた。


「分かりました。信頼ですね。私どもは、あなたからの信頼を得られるように努力いたしましょう」


 手を出してくるトルスさん。俺も手を出しトルスさんとがっちり握手を交わす。

 商談は仮契約を行い終了した。


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