第31話2.31 面倒なので仕事を押し付けました


 強制連行された部屋でイーロス伯父さんと話をしていた――と言っても、ほとんどイーロス伯父さんが、熱く語っているだけだけど。

 たまに

「どんな理術が得意だ?」

 とか

「いつぐらいから訓練している?」

 とか質問が来るけど、基本聞くだけだ。


 そんな熱い語りを聞きながら俺は一人納得していた。この人、本当に父さんの兄弟だと。分野は違うけど、本について語りだすと止まらない父さんの同類だと。それならば、と何とか逃げ出す方策を思案し始めた。


「伯父さんは、理具に興味はおありですか?」


 熱い語りの合間をついて、俺は話を挟む。


「もちろんだとも! 理具。心躍る響きだ。……その口ぶりだとアルはもしかして」


 何かを思い出したのか、うっとりとしだすイーロス伯父さん。俺へと目を向けた。


「はい。付与術も使えますよ」


 食いつきは上々だった。その反応に、口元がゆるみそうになるのを我慢しながら俺は話を続ける。


「今、こんなものを作って売り出しているのですが、ご存知ですか?」


 言いつつ収納空間から墨いらずペンを取り出しイーロス伯父さんに手渡す。受け取ったイーロス伯父さんは、わなわなと震えていた。


「おお、これは! ショーザのところで販売している、今流行りの『墨いらずペン』ではないか⁉ 俺も購入して愛用しているぞ‼」


 自らの鞄を開けて墨いらずペンを取り出して見せてくるイーロス伯父さんに、俺は微笑んで頭を下げた。


「御存知だったのですね。そして、お買い上げありがとうございます」

「そういうということは、これを作ったのは……」


 これまで以上に興奮しながら話すイーロス伯父さん。


「はい。俺です」


 この答えに、何故か立ち上がり思いっきりガッツポーズしていた。


 しばらくして。


「いや、あまりの衝撃に言葉が出なくてな……」


 ガッツポーズのまま固まっていたイーロス伯父さんは、ようやく落ち着いたようで座って頭を掻いていた。


「しかし、アルは本当に凄いな。回復、放出、強化の理術を使えるだけでも歴史に名を残しそうな才能だというのに、付与術まで使えるとは本当に凄い――」


 しみじみとした話し方に、最高の敬意が詰まっていることが良く分かる。


「いや、大したことはありませんよ。特にその墨いらずペンなんて、ただ、空気中の炭素を固形化しているだけですから。イーロス伯父さんでも出来るのではないですか?」

「確かに単純な構造だな。俺の拙い付与術でも出来そうだ。となると大事なのは発想力か」

「ちょっと試しにやってみてください」


 俺が材料を渡すと作り始めるイーロス伯父さん。


「出来た」


 スムーズに作り上げていた。


「ほんと凄いよ。アルは。それに比べて俺ときたら――」


 上手にできたはずの墨いらずペンを眺め、今度は肩を落としているイーロス伯父さん。聞くと仕事がうまい事いっていないようだった。


「仕事と言っても、趣味みたいなものでね。紅龍爵家の潤沢な資金を当てにして、できもしない研究に明け暮れているだけだよ」


 自傷気味に話すイーロス伯父さんに、俺は聞かずにはいられなかった。


「いったい何の研究を?」

「人工理力についてだよ」

「人工理力?」

「ああ、一般的ではないから知らないだろうな。理力の代替品となる物。簡単に言うと、理力がなくても理術や理具が使えるようになるための物だよ。ほら、村なんかだとほとんどの人が身体強化以外、理術使えないだろう? 理具も高くて買えないし。そういった人達も理術使えたら便利になると思ってやっていたのだけど――」


 何かを思い出したのだろう。頭を抱えだすイーロス伯父さん。


「だけど研究費用が底をついてね。父さんに相談しても、今の領の経済状況を考えろ! 先の見えないものにはこれ以上金を出さないと小言を言われてしまって……八方塞がりだよ」


 そう口にして黙り込んでしまった。

 流れる沈黙の中、イーロス伯父さんは俯いてしまって顔を上げない。また時間が必要か、と思った俺は人工理力について情報空間で調べていた。


 人工理力とは? 理術を行使するために必要な人体以外で作られた力のこと。数十年ほど前に、ある理術学者が提唱した考え方である。

 と検索の結果表示される。

 さらに調べると、その理術学者の論文が出て来たので読んでみたが……全く空想に近い内容だった。無から有を作り出すような、永久機関の構造を考えるような、そんな内容の論文に俺は首を横に振って情報空間を閉じた。

 

 その俺の動きに合わせるようにイーロス伯父さんが、びくりと体を起こした。俯いていると思ったけど、俺の様子を見ていたらしい。


「あ、アルから見ても、やっぱり人工理力は先がないのか?」


 自らの研究を否定されたと思ったようだ。


「いえいえ、すみません。イーロス伯父さんの研究を否定したわけでは無いのですよ。ただ難しそうな研究をしているなと。俺には分からないなと思っただけです」


 また俺は首を横に振りながら、まさか即座に過去の論文を読んで、その内容に呆れていたとも言えず苦しい言い訳をする。


「そうか、分からないか。そうなのか――出来れば一緒に研究できないかと思ったのだけどな……」


 言い訳には納得してくれたようだけど、縋るような目で見つめてくるイーロス伯父さん。理術が得意なシェールや俺に目を付けたのは共同研究が目的だったようだ。

 そんなイーロス伯父さんの寂しそうな顔を見ながら考えていた。


 人工理力、考え方は間違いではないよなぁ。実際、地球では理力なんて無くて石油や天然ガスさらには太陽の光から電気を作り出しエネルギー源にしていたのだし。実現できれば発展にはつながるだろう。価格を下げられれば貧困問題に一石投じるぐらいにはなるだろうし。

 だったら、と俺は一つ提案することにした。


「すみません。一緒に研究は――学校もあって難しいですけど、たまに話に付き合うことぐらいは出来ると思いますよ。それと資金ですね……実は今ちょうど良い話がありまして、付与術が使える人を探していたりいなかったり――」


 ニヤニヤとしてしまいそうな顔を必死で抑え俺はイーロス伯父さんに続ける。

 そう、研究資金に困っているようだったので墨いらずペンの製造を任せることにした。


 イーロス伯父さんも。


「いいのか⁉ 俺の拙い付与術で、こんなに対価を貰っても‼」


 と大変喜んでくれた。


 こうして予定とは異なったけど、生産者を確保することに成功した。


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