第30話2.30 生産量を増やしたいけど、いい人がいません


「大量生産か……」


 俺はショーザさんの話を思い出し、一人悩んでいた。

 現状、『墨いらずペン』は俺一人で作っている。そもそも俺がただ欲しくて作った理具だ。量産するつもりもなかった品だ。

 でもショーザさんの店では好評だった。

 さらには大口の話まで出て来たとなれば何か対応を考えざるを得ない。


「問題は人だな」


 本当は生産量を増やすなら俺が修行空間に籠って作ればいいのだが、それは今後のためにならない。いや、正直に言おう、面倒くさい。

 だからこそ人手が必要だと思うが、誰でもという訳にはいかない。何しろ単純とはいえ理具なのだ。

 物質に理術式を定着させる付与術士が必要だ。必要なのだが、その付与術士がいない。


 試しにシェールに声を掛けてみたのだが、いやよ、の一言で終わってしまった。いいバイトになると思ったのだけど金には困っていないようだ。

 ウィレさんから特別に色々貰っているみたいだし……。


 かと言ってほかのメンバーが付与術なんてできるはずもなく。

 シェールに頼んで理術学部で声を掛けてもらっても風評被害で評判の悪い俺の下で働こうなんて人がいるはずもなく。

 一部、シェールにお近づきになりたい輩がいたようだが、それはシェールが断ったようで俺の元に来るはずもなく。

 八方ふさがりな状態であった。



「はぁ~」


 解決策のかけらも見つからないまま、ため息をついて歩いていた廊下で、変な人を見つけてしまった。

 廊下の曲がり角に背を付けて曲がった先を盗み見ようとしている、年のころは40前後だろうか? 中肉中背の冴えないおっさんを。


 俺が見ているのを気付きもせず、おっさんがチラッと過度の向こうに顔を出しては戻す。また出しては戻すを繰り返している。

 怪しいやつ? と訝しむが、ここは紅龍爵家の城の中だ。そう簡単に部外者が入れるはずもない場所である。

 声をかけるか悩んでいるうちに、おっさんは角を曲がって姿を消した。こそこそと体を小さくして。


「やっぱり怪しい……」


 場所が場所だけに大丈夫だと思うが、あんな動きをされたら気にするなと言う方が無理だ。

 俺は廊下の角から先を覗き見た。さっきまでおっさんがいた場所で。


 直後、俺は駆け出していた。


 おっさんが身を隠しつつ窓から庭を見ていたから。

 ハァハァ荒い息を吐きながら理術訓練をするシェールがいる庭を。


 俺はおっさんの腕をねじり上げ床に組み伏せる。


「痛たたたた‼」


 おっさんの悲鳴が響くが容赦はしない。12歳のシェールを覗き見るロリコンを許すつもりなどないのだから。


「誰かー! ここに侵入者がー! 変態がー!」


 大声で人を呼ぶ。すると、すぐにメイドさんがハロルド兵長を呼んできてくれて――


「アル様、その方は⁉」


 驚くハロルド兵長によって俺は、おっさんから即座に引き離された。


「いや、こいつシェールを覗き見る変態……」


 抗議するもハロルド兵長、首を横に振るばかり。その間に男はメイドさんに介抱されて立ち上がっていた。


「落ち着いてください。アル様」


 納得できない俺をハロルド兵長が諫めてくる。何でこんな変態を、と思っていると衝撃の事実を告げてきた。


「アル様。この方は、イーロス様。貴方の伯父様に当たる方です」


――ロリコンおっさん、伯父さんだった……


 絶句する俺が改めてロリコンおっさん――伯父らしい人――の顔を凝視する。

 確かに爺様や父さんに似ている気がする。

 でも問題はそこではない。


「なら、どうしてシェールを覗き見ていたのですか?」


 身内なら堂々と話せばいいそう思っていたら横から声がした。


「それについては、謝らないといけないな」


 ロリコンおっさんではなく――イーロス伯父さんだった。名前は聞いていた。


「いや、本当に済まない。俺はただ、知りたかっただけなのだ。青の大理術師と呼ばれる彼女の理術の秘密を――」


 その後も、つらつらと、どれだけ理術が素晴らしいか、どれほど回復系と放出系の両方を一人の人物が使えるようになるのが大変かという事を話すイーロス伯父さん。

 理術バカだった……。


「イーロス伯父さん。申し訳ありませんでした」


 俺は深々と頭を下げる。なにしろ冤罪――思うところはあるが――で組み伏せてしまったのだ。

 当のイーロス伯父さんが気にしていなかろうと謝る必要がある。そうして頭を下げていると。


「アル兄さん、何しているの?」


 外で理術訓練しているはずのシェールの声がした。

 

「シェール、訓練は良いのか?」

「近くでこんなにバタバタされたら集中出来るわけないでしょ」


 言葉に棘のあるシェール。やり取りがうるさかったらしい。


「ごめんね」

「で、何があったの? 頭なんか下げて。ビル兄さんみたいに」


 シェール、酷い言いようだった。


「いや、この人が――」


 シェールを覗き見ていて。と続けようとして気付いた。イーロス伯父さんの顔が強張っていることに。だから。


「――このイーロス伯父さんがシェールと話がしたいって」


 少し内容をすり替えて話す。するとシェールがすごく慌てて頭を下げていた。


「え、この人、伯父様なの? すみません。初めまして。シェールです」

 

 だが慌てたのはシェールだけではなかった。


「あ、いや、あの、初めまして。イーロスです。あの、理術の達人であるシェール様に頭を下げされるほどの、立場にないというかなんというか、その、頭を上げてください」


 両手を意味もなく振りながら慌てるイーロス伯父さん。シェールの苦笑いを誘っていた。


「私のことを達人などと恐れ多い、何にもできない、ただの子供ですよ」

「いやいや、そんな筈はない。若くして放出系と回復系両方の理術を使いこなすシェール様は達人に相応しい力の持ち主です」


 謙遜するシェールに首を横に振りながら力説するイーロス伯父さん。このままでは説得は難しいと考えたのか、シェールはちらっとこちらに目をやった後、口を開いた。


「そうは仰いますけど、本当に私はまだまだですよ。そこにいるアル兄さんに比べたら」

「え?」


 俺に驚きの目を向けるイーロス伯父さんに対し、シェールはさらに畳みかける。


「だって、そうですよ。アル兄さんは人前では言いませんけど、私たちに理術や戦い方を教えてくれた先生でもあり、また、今でも上丹田、中丹田、下丹田、全てにおいて私やビル兄さんやサーヤを超えるほどの理力を使えるのですから」

「ええ? それは本当ですか⁉」


 驚くイーロス伯父さん、いつの間にか俺の両肩を掴んでいた。


「はい。時空理術だけはサクラさんに負けるようですけど。……ですので、私などまだまだなのです」


 俯き気味に語るシェール。だが三つ子である俺を欺くことなどできない。すぐに分かってしまった。演技で懸命に悔しさを表そうとしていることに。

 この伯父さん、面倒くさそうだからスルーして俺を身代わりにしようと、シェールが思っていることに。

 結果。


「そ、そうだったのか。全く知らなかったよ。アル君。君がそれほどの使い手だとは。ひょっとして先ほど私を組み伏せたのも理術なのかい? いや、そうなのだろう。ぜひ、話を聞かせてくれ。なに、大丈夫だ。そんなに時間は取らせない。だが、立ち話もなんだ。私の部屋に行こう」


 俺は有無を言う暇も与えられず、強制的に連行されたのだった。


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