第29話2.29 仮免許の商人ですが、扱うものは超一流です


 入学して数か月、季節は初夏を迎えようとしていた。

 そんな中、俺は楽しい学園生活を――送ってはいなかった。

 なぜなら。


「おい、あれって能無し商人か? 剣聖と大理術師の兄だっていう」

「そうだ。二人に剣と理術の才能を吸い取られた残り物だそうだ」

「なのに、あれだろ。拳聖、聖癒の兄妹とも、時空の巫女とも幼馴染なんだろ? さらに、森の聖母様は従者だっていう話だ」

「「うそだろー」」

「いやほんと。この間、仲良さげに話しているの聞いたって、商業学部のやつが言っていた。見ろ今も横に……」

「ホントだ! それじゃ、アイツもしかして夜は森の聖母様の胸を自由に……」

「許されん! 俺なんてピンクフォレスト行ったら満員で断られたのに」

「ちょ、お前まじか。あそこ、超高級店だぞ。行けるのか」

「ああ、ちょっと理術の本を買うって父さんにお願いしてな」


 俺を蔑む言葉--一部関係ないけど--が、とめどなく耳に入ってくるのだ。非常に居心地が悪い。


「なんだよ。能無し商人って。能無しなら試験に通るわけないだろ。もうちょっと考えろよ! それに俺は、こっちの世界では童貞だってんだ! やっと最近、一皮むけたところだっていうんだ‼」


 などと独り憤りながら歩いていると、声を掛けられた。


「なーに怒っているの? アル君」


 俺とは対照的な笑みを浮かべたラスティ先生だった。

 近づいてきて俺の頬をつつく先生。最近本当に鬱陶しいぐらいにちょっかいをかけてくる。

 室内で二人の時など、家族が欲しいの……とか意味深な言葉を耳元でかけてきたり。俺が訪れるのを分かっているタイミングで着替えをしていたり。

 俺を揶揄って遊んでいるとしか思えなかった。

 まさに今も!


「はぁ~」


 心の底から深い溜息が出る。こんなことするから余計にやっかみが増えるのだけど、と思うが頼んでもやめてくれない。その結果、なされるがままだった。

 従者という意味を分かっているのだろうか。疑問を感じながら。


「いや、つまらない事ですよ」


 心の内から目を逸らして俺は努めて冷静に返す。だが、目線だけは隠せなかったようだ。

 ラスティ先生が噂話をしている集団を見ていた。


「ああ、アル君でも、ああいうの気にするのね」


 ひそひそと言うには大きな声で話す男子たちを見て先生は、くすくす笑った。


「いや、普段は気にはならないのだけど、直接耳に入ると、それなりに……」

「ま、そういうものね」


 言いつつ今度は、これ見よがしに腕を組んで胸を押し付けてくるラスティ先生。その光景を鼻の下を伸ばして見ていた男子たちは、そそくさと去って行った。

 少し前かがみで。



 ともかく、居心地の悪い場所に長居をするつもりはない。ラスティ先生と共に俺は、とっとと学園を出てとある建物へとやって来ていた。


「やあ、もう授業は良いのかい?」


 扉を開けて中に入る俺達に声を掛けてきたのは、この建物の持ち主であるショーザさん。そうここは、あの『何でも売ります』という看板の店だ。


「ええ、授業は、日に一つぐらいですから。今日の分は終わりです。それよりも、お願いした理具は売れていますか?」

「流石、商業学部主席合格のアル君だねぇ。ほとんどの授業免除なのだろう?」 


 試験の結果、俺だけ満点だったらしく商業学部首席で合格だった。ただ、サクラが、ビルが、シェールが、目立ちまくっていたので、あまり知られていない。


「すごいよねぇ。それに、このペン? もすごい売れ行きだよ。これも作っているっていうのだからホント、天は二物を与えたのだねぇ」


 そして俺がこの店に来た理由がこれ、理具である『墨いらずペン』を店に置いてもらうためだった。


 そもそも、このハポン王国で文字を書くための道具といえば筆なのだ。

 いわゆる毛筆である。そこに墨を付けて書く。これが国標準。俺はこのことに疑問を覚えた。


 なぜ理術なんて便利な物があるのに前時代的な毛筆なのだと。

 他に何かないのか、と調べていくが真龍の情報空間内からでも出てくるのは、羽ペン、ガラスペンなど、やはりインクや墨を足しながら書く物だけで、さらに『鍛冶』や『付与』の真龍に聞いても首を横に振るだけだった。

 そもそも真龍は情報空間が出来てから紙に何かを書くようなことはしなくなったそうで興味もない様子だった。


 無いなら作ろう! と思うのは当然のことだと思う。なにしろ地球では鉛筆もボールペンも直ぐ身近にある物だったから。


 そんな中、俺が最初に目指したのはポールペンである。あれのインクが理力で補充される物を作ろうとした――が、挫折した。

 作る事は作れたのだがペン先の真円に近いボールを作るのに非常に高度な技術を要したため量産できそうになかったからだ。

 恐るべし日本の技術力! であった。

 

 なので、もっと簡単な構造の鉛筆を選んだ。

 いや理力を加えると芯が伸びるのだから鉛筆というよりシャープペンシルか。こちらは簡単だった。

 土理術でペン先から黒鉛を出すようにするだけだ。発想の転換というやつだろう。

 そのシャープペンシル――こちらでは『墨いらずペン』――をショーザさんの店を借りて売り出していた。


 いやー凄い、を相変わらずの大袈裟な動作を交えて連発するショーザさん――胡散臭い――に俺は本日分の品物を渡す。


「今日は、100本持ってきました」


 俺はカウンターにペンを置いて行く。するとショーザさん少し困った顔で考え込んでいた。


「アル君、足りない。100本では、とても足りない」


 やはり大袈裟な身振り手振りで話をするショーザさん。聞くと大口の取引依頼が来たそうだ。


「この店に卸す分とは別に作れる数を考えておいてくれ。明後日には、もう一度先方が話をしに来る。王都でも有名な商会の人物だ。私は面通しだけするから、商談そのものはアル君がするのだよ。なに、主席の君なら、例え仮免許でも大丈夫さ」


 王都でも有名か。確かに、すごそうだ。商業学部に入るだけで貰える仮免許しかない俺。相手できるのか? とちょっと不安になったけど、よくよく考えたらなんてことはない。日本で俺は、あの伏魔殿と言われる霞が関の奴らとやり合ったこともあるのだから。

 言い負かされるばかりだったから威張れないけど。


 その後はショーザさんから商売マナーのようなものを学び終わった。

 名刺交換が無いだけでほとんど日本と同じだった。名刺作ってもいいかもしれない。


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