第28話2.28 閑話 ある馬鹿の末路



 婚約者を奪ったガキ――紅龍爵の孫だと⁉ 知るか!――の命を狙った罪として俺は、流石の森人族でも生きて戻れるか分からない300年という長い服役を申しつけられ牢獄へと押し込められた。

 ホワゴット大森林の最北端。最も人里から離れた森の牢獄へと。


 その牢獄で毎日やらされているのは、農作業だった。


「くそっ! 何で俺が土を耕すなんてことをしなくてはならないんだ!」


 くそ、くそ、くそ!


 怒りに任せて鍬を振り下ろすが、土が硬すぎて一向に土に刺さる気配はない。終いには。


「くそっ! 折れたじゃないか‼‼」


 鍬の柄が真っ二つに折れた。

 あまりに腹が立って手に残った柄を放り投げる。そこに看守が駆け寄って来た。


「こらー! バイオレットー‼ 貴様、また鍬を折ったのか‼‼」

「知るか! 勝手に折れたんだ! 俺が悪い訳じゃない‼」

「そんなわけあるか! 他の囚人が使う鍬は滅多に折れないのに、貴様だけは一日で折ってしまう! 貴様の使い方が悪いことだけは確実だ!」


 ギャアギャアとうるさい看守にため息しか出てこない。しばらくすると、違う看守が新しい鍬を持って来た。


「今回から、鍬を壊すごとに刑期が伸びるからそのように!」

「はぁ⁉」

「一本で一年延長だ。分かったな!」

「はぁ~⁉ そんな馬鹿な話があるか! 鍬なんて毎日使ってれば、すぐに壊れるだろう‼ 一本で一年延長してたら永遠に刑期が終わらないじゃないか‼‼」


 渡された鍬を土へ叩きつける。すると、再び鍬が折れる。看守は冷静に告げた。


「おめでとう、もう一年延長だ」

「はぁ! ふざけるな! 貴様ら焼き殺してやる‼」


 完全に怒った俺は理術を発動させようと中丹田に力を籠める。だが、豆粒ほどの火すら出すことは出来なかった。


「無駄だ。最初に言った通り、貴様の中丹田及び下丹田は理術により使えなくされている。火を出すことも身体強化をすることも不可能だ。大人しく土を耕せ」


 悔しさに打ち震える俺に新しい鍬を差し出してくる看守。俺が受け取らないでいると、地面に置いて離れていった。


「規定の面積耕さない場合は、刑期が減らないからな」


 そう言い残して。

 俺は腸が煮えくり返る思いで土を耕した。


 

 ただ土を耕す日々が5年続いた。

 だが、その間に3本の鍬を折ったため、残りの刑期は変わっていなかった。

 もうひとつ言うと、俺の怒りも収まっていなかった。


「くそっ! あのガキ! 殺してやる!」


 いや、怒りは更に強くなったというべきか。


「くそっ! あのガキ! 絶対! 殺してやる!」


 鍬を振り下ろす時、呪詛のようにつぶやくおかげで最近は看守ですら近寄ってこない。

 おかげで言いたい放題だ。


「くそっ! 殺す! くそっ! 殺す! くそっ! 殺す!」


 そんな時、何者かの声がした。


「威勢がいいですね」

「誰だ⁉」


 辺りを見回すが誰も見当たらない。だが声だけは返った。


「誰、というのは教えられないですね。今のところ」

「ならば、何の用だ!」

「そうですね。森を散歩していたら威勢のいい声が聞こえましたので、少し見に来ました」


 とうとう幻聴が聞こえるようになったかと思った俺は気にせず土を耕す。


「くそっ! 殺す! くそっ! 殺す! くそっ! 殺す!」

「あれ? 無視ですか? まぁいいか」

「くそっ! 殺す! くそっ! 殺す! くそっ! 殺す!」

「えー、これから大事なことを言います」

「くそっ! 殺す! くそっ! 殺す! くそっ! 殺す!」

「あなたのこと気に入りましたので、連れて行きます」

「くそっ! 殺す! くそっ! 殺す! くそっ! 殺す!」

「拒否権はありませんよ」

「くそっ! 殺す! くそっ! 殺す! くそっ! 殺す!」

「やれやれ……では!」


 突然、当たりの景色が変わった。


「なんだ⁉ 何が起こった!」

「やれやれ、やっと話を聞いてくれそうですね」


 四方が石で出来た牢獄のような部屋の中に、変わらず声だけが聞こえる。俺は鍬を壁に投げつけて叫んだ。


「隠れてないで出て来いよ!」

「すみません。ちょっとそれは難しいのです。それよりも、あなた随分と殺したい相手がいるみたいですね。何ならお手伝いしましょうか?」

「あぁ?」

「あのまま、あそこにいても何もできないでしょ?」


――確かに声の主の言うとおりだ、とは思うが……


 このまま相手のペースに乗せられるのも癪だった。


「ふん! 脱獄の計画なら出来ていた」

「ほう、そうですか。なら、戻りますか、森の牢獄に?」

「……いや……」


 あっさりと引き下がった相手に俺は戸惑う。


「ふふふ、冗談ですよ。ふふふ、ふふふふふふふ」


 不気味な笑い声が部屋中に響いた後、声が続いた。


「計画が出来ていたなら素晴らしいですね。その能力は称賛に値します。我々としては是非、その能力で我々の計画を手伝っていただきたい。どうですか?」

「……俺のしたい事が出来るのなら――構わない」

「素晴らしい!」


 ぱちぱちと今度は手を叩く音が部屋中に広がる中。


「では、能力を授けましょう。こちらへ」


 音もなく石壁の一部が消える。警戒しながら俺は足を進める。すると、その先の部屋には、一つの小さな机と、禍々しい色の液体が入ったカップが置いてあった。


「なんだ、これは?」

「貴方の壊された理力器官を回復させる薬です」

「可能なのか?」


 俺は訝しまずにはいられなかった。

 なにしろ理力器官は特殊な臓器だ。壊されてしまえば回復理術を使おうとも元には戻らない。潰れた脳ミソを治そうとも記憶が戻らないように。

 また、そうでなければ理術が使える犯罪者を収監など出来ないのだが。


 その特殊な臓器が目の前の液体を飲んだら治るという。

 俺は念を押した。


「本当に可能なのか? 収監される時に念入りに壊された理力器官が治るというのか?」

「はい。治ります。しかもただ治るだけではありません。飲む前の数倍の力を手に入れられるのです。海外の理術研究者によって開発されたこの最先端薬を使えば……信じられませんか?」


――にわかには信じられない


 だが、喉から手が出るほど欲しい薬だった。


「飲めば理力が回復するんだな! 俺を牢獄へと押し込めたアル・クレインを、俺を捨てたラスティ・フォレ・イグドラを殺せるんだな!」

「貴方の思うがままに……」

「よし! 貴様の思惑に乗ってやる! もし嘘だったら」

「だったら?」

「貴様から殺してやる‼」


 俺がカップの液体を飲み干す。すると。


「ふは、ふははははははは‼ 感じる、感じるぞ、理力を‼‼ サラマンダー‼‼」


 俺は溢れる理力で理術を発動させる。

 現れたサラマンダーは、以前の数倍の大きさだった。


「壊せ‼‼‼‼」


 命ずるとサラマンダーは石壁へ向けて炎を放つ。石壁は粉々に砕け散った。


「この力があれば……ふっ! 後は勝手にやらせてもらうぞ。ふははははははは……」



―――


 部屋中に鳴り響いていた馬鹿笑いが消えた後――バタンと倒れる音がした。


「あらあら、限界ですか……おーい」


 呼びかけても返事はない。よく見ると泡を吹いて痙攣をおこしていた。


「なかなか優秀な魔族でしたが、この程度ですか。仕方のない魔人ですね……まぁ、あなたの思いだけは、あなたの身体とあなたの魔術を使って叶えて差し上げますよ。ふふふふふふふ……っと笑っている時間はありませんね。死んでしまっては困ります」


 自分のやるべきことを再開することにした。


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