第27話2.27 子供産んでないのに聖母はないでしょ

 学園に通い始めてしばらくしたころ、私の元に長老の孫娘であるマリーゴールドが尋ねてきた。


「少しふっくらしてきたわね。マリー」

「はい、ラスティ様。この服装では分かり辛いですが、胸の方も大きくなってきています」


 自分の胸部を両手で抱えて強調するマリー。確かに少し膨らんでいた。


「先に始めた皆も同様に、膨らんできております。個人差はあるようですが」

「なるほど」

「それと合わせて朗報です。ラスティ様‼」


 私の執務机の前に立っていたマリーが突然片膝ついて臣下のように首を垂れる。


「何なの?」


 畏まった格好に森の長老が変なこと言ってきたのかと、私が訝しんでいるところで目を輝かせたマリーが叫んだ。


「なんと、被験者の内、2名が妊娠いたしました! 十年ぶりの妊娠です‼」

「ぶっ‼‼」


 あまりに信じられない内容だったので口に含んでいたお茶を噴き出しそうになった。


「2人も同時になの⁉」

「はい! 2人同時です‼」

「凄いわね。今、被験者は10名ぐらいでしょ? たった数か月で……丘人並の確立ね」

「はい、奇跡のような話です!」


 目をランランと輝かせ、私を神様でも見るかのような目で見つめてくるマリー。


――居心地悪いわね。アル君の手柄を取っているみたいで……


 ひきつりそうになる顔を無理やり笑顔にしているとマリーが再び頭を下げた。


「それでなのですが噂を聞いた森人族たちが施術を熱望しております。よろしいでしょうか⁉」

「そうなの? どうしようかしらね」


 現状、理術の副作用を考えて長老と縁深く、かつ、少し年齢の高い森人族で臨床試験をおこなっていた。

 だけど妊娠する人が出てきたのなら範囲を広げてもいいかもしれない。そもそも、この理術は無理やり体を変化させるのではなく、ただ子宮の活動を活発化させているだけなのだから、副作用なんて考えるだけ無駄かもしれない。

 でも一つ問題があった。


「施術できる人は増えたのかしら?」

「いえ、残念ながら」


 目を伏せるマリー。

 いくら優秀な子種を集めて子孫を残してきた森人族といえども上丹田を使う回復理術者は、そう簡単には見つからないみたいだった。


「そう、それだと増やせないわね……あなたも手一杯でしょうし、私も時間は取れないし……いっそ、他の種族の回復理術者雇う? お金はあるんでしょ?」

「それですと、秘密保持が――っと、その前にこちらをどうぞ」


 マリーが鞄から重そうな袋を取り出し机に置く。

 その袋の中身を確認すると――金貨がずっしりと入っていた。軽く見積もっても数百枚――かつてのバーグ属領なら一月の税収ぐらい。


「これ今月分ってこと? 先月より多いわね。こんなに大丈夫なの」

「はい。契約通り利益の二割です。詳細はこちらの報告書を見ていただきたく――」


 差しだしてくる用紙をめくる。すると先月の倍近い数字が記載されていた。

 被験者人数は変わらないのに何の人数が増えたかというと――マリーが、いや森人族の長老が経営する娼館の利用者人数であった。

 そう、現在の被験者とは、そこで勤める娼婦のことである。


「男って単純ね。利用料たっかいのに」

「そうですね。10倍に上げても通ってこられます。お金に余裕がある優秀な方ばかりが」


 悪い笑みを浮かべるマリー。私は一つ思いついた。


「それなら、お客さんの中から回復理術使える人探してみたら? お金に困ってる、お客さんから」

「なるほど、流石、ラスティ様です。いいですね。若くて精力が余っていて、かつ、お金がない、優秀な理術学部の学生さん囲い込んで……」


 どうやらマリーにはあてがあるみたいだった。少し頬を染めながら舌なめずりしている。

 それを見た私は自分の顔が引きつるのが分かった。シェールちゃんやサーヤちゃんの同級生が毒牙にかかったら嫌だなと思ってしまって。


「……学業に支障のないようにしてあげてね」

「もちろんです。学業はむしろ応援します。色々手取り足取り教えて! 卒業後もずっと離れられないようにします! ラスティ様のように‼」

「ぶっ!」

 

 また、お茶を噴き出しそうになった。


「何のことかしら?」

「あれ? アル様の従者になるのは遺伝子狙いではないのですか? お爺様より優秀とお聞きしておりますが……」


 違う! と叫びたかった。アル君の側にいるのは、彼が何かを成しそうだから、とも。すでに豊胸理術なんてもの作り出してるけど……

 でも、何も言えなかった。下手なことを言うとマリーどころか、全ての森人族の興味を引いてしまいそうで。


――それならいっそ、遺伝子狙いって言った方が良かったかも?


 内心で悩むが、それはそれで気分的に嫌だった。


――なんでだろう? 


 本気で考えてみる。

 そこで思い出されたのは、私がお姫様抱っこで助けられた姿で。


――ああ、私、アル君のことが本気で好きで離れたくないんだ……


 森人族らしくない思いだった。

 私は気付いてしまった思いに胸が高鳴る。だが、こんな思いもマリーに知られるわけにはいかなかった。私が惚れたなんて言った日には、何かを察知される可能性もあるので……女の感は侮れない……。


 気持ちを押さえつつ考えあぐねた末、やっと無難な回答を導き出した。


「……アル君の従者になるのは、これまで同様、紅龍爵家への恩返しの範疇よ。快く、森の統治を任せてくれた紅龍爵家への」

「はぁ、そうですか。確かに年の割には体も小さいですし、少しばかり優秀なぐらいでは、豊胸理術なんて画期的な術を開発して『聖母』と呼ばれるラスティ様と釣り合うとは思いません。変な噂も聞きますし……」

「ぶっ!」


 またまた、お茶を吹きだしそうになった。何とか納得させたと思ったら、また変なことを言い出したから。


「マリー、『聖母』って何なの?」

「あれ、お聞きになっておりませんか? 町では噂でもちきりですよ? 見事なスタイルと物凄く蠱惑的な笑顔を持った森人族、『金の聖母』が現れたって――」


 鼻息荒く噂話を続けるマリー。蠱惑的で聖母とか色々問いただしたいところだけど、一番肝心なところは。


――子供もいないのに母呼ばわりは無いわ


 だった。

 

「はぁー」


 大きなため息が出る。おかげで。


「……すみません。話過ぎました」


 調子に乗りすぎたことを自覚したマリーは頭を下げた後、何やら鞄をあさりだした。


「どうしたの?」

「いえ、大したことではないのですが、もう一つ伝えておくことがありまして……あ、ありました」


 少し困った顔で、出してきた報告書、そこには『バイオレット逃亡情報』という表題とともに詳細が書かれていた。

 暗鬱になった気分をさらにどん底まで落とすような報告書に私の声も沈む。


「はぁ、衛兵には伝えたの? これ、森の牢獄から逃げ出したってことでしょ?」

「伝えておりません。目撃情報もありませんし、ラスティ様にお聞きしてからと思いましたので……」

「元婚約者だからって私のことを気にする必要はないわ。すぐに伝えて」


――アル君を逆恨みしてそうだし


 昔のことを思い出し、また深いため息が出る。


「分かりました。すぐに!」

 

 私の気分が落ち込んだのが分かったのか、逃げ出すように部屋を出ていくマリー。


「アル君にも伝えないといけないわね」


――どうせなら家族計画とか、もっと楽しい話がしたいのに……


 重たい気分を引きずりながら私も部屋を後にした。


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