第26話2.26 閑話 女の子たちの画策


「サクラちゃん、お話終わったです?」


 アルの部屋から飛び出したうちに届いたのは、こんな声やった。


「今から少し時間あるです?」


 戸惑う私に臆することないサーヤの誘い。はじめは断ろうか思うた。けど、このまま帰るのはなんか癪やったから、うちは彼女の言葉に頷いた。


「行くわ」


 と。

 

 彼女に導かれて、うちは二つほど隣の部屋へと入った。そしたら、そこには、もう一人少女がおって――


「えっと、さっき馬車で顔は合したわね。私は、シェール、アル兄さんとは三つ子で、その一番下よ」

「うちはサクラ。学園でも言うたけど、アルに時空魔術、でなくて理術か。を教えたんよ」

「わたしも改めて――あたしは、サーヤ。一応シェールねぇの従者です。あんまり従者らしいことはしてないですけど。アル兄様との関係は、今のところ幼馴染です?」


 皆、それぞれ自己紹介した。


 

「本当に時空理術を使えるのね」


 自己紹介の後のしばらく続いた沈黙を破ったのはシェールやった。


「ええ、こんな感じやね」


 収納空間からお菓子を出す。そしたらシェールの目が輝いとった。

 どうやら時空理術を使いたいけど使えへんらしく、使えるうちの事が羨ましいらしい。しばらく時空理術への質問が止まらんかったし。

 最初、アルの妹やからお菓子に飢えているのかとちょっと思うたのは内緒や。


 もちろん出したお菓子、みんなで食べてる。アルと初めて会った時に食べたんと同じバームクーヘンをサーヤが用意してくれたお茶と一緒に。シェールとサーヤもすごく美味しいと喜んで食べてくれている。

 けど、うちの心の中は複雑や。ホンマはアルに初めて出したお菓子やし、二人で食べようと思ってきたんやから。でも、あのアホ、喜んでもらえると思うてた、うちの気持ちなんか全然気付かんで――


「ほんまアホ……」


 気が付いたら思いが声に出してしもた。

 二人がバームクーヘンを食べとった手を止めて、こっちを見つめてくる。うちは慌てて、何でもない、言うたけど顔が熱うなって真っ赤になるのが分かってしもて、俯くしかなくて。

 恥ずかしかった。


「サクラちゃん。アル兄様に何か言われたです?」


 うちがあまりにも挙動不審やったんやろう、サーヤが私の手を握り心配そうな顔を向けてくる。その手の温かさに思わず涙が出そうになるが、ふと気になった。


「なんで、アルが原因やと?」

「分かるです。サクラちゃん私とおんなじです。私とおんなじでアル兄様の事が大好きです」


 はにかんだ笑顔でサーヤが答えてくれる。その言葉に体中から火が出そうなぐらい熱うなり、うち、また俯いてしまう。

 サーヤが優しく抱きしめてくれるけど、心の中まで火が出そうなぐらい熱うて、なんも考えられへん。

 そんなうちはサーヤの柔らかな胸に抱かれて、ちょっと落ち着いて、ようやっと声を出すことが出来た。


「う、う、うちが、ある、の、こと、すき?」

「そう、アル兄様の事が大好きです!」


 言葉にしてみて、さらにサーヤから言葉を聞かされて初めてうちは自分の気持ちを理解した。


「ふふ、自分の気持ちに気づいてなかったみたいね」


 これまでずっと黙って見とったシェールやったけど、うちが落ち着きを戻してきたことが分かったんやろう、声を掛けてきた。うちは、そっとサクラの腕を解いて頷きながら思った。


――そやかて仕方ないやんか


 長い長ーい時間、まわりには研究のことしか考えてへん真龍しかおらへんかったんやから。その前に数年だけ両親と暮らしとったことはあるけど、それはホンマに子どもの頃やったし……。

 そやから、あんな笑ろうて、悩んで、へこんで、愚痴って、相談して、普通に接してくれる人、他におらへんかったんやから。


「そやから、あないに腹が立ったんや」


 落ち着いたら、可笑しいて、笑う口から出た言葉聞いて、きょとんとした二人に、うちはさっきアルの部屋であったことを話した。

 真龍のこととか本当の年齢のこととかは隠して。


「ほんとーに、馬鹿ね。兄さんは……」

「アル兄様らしいと言えばらしいですけど……」


 二人の反応は温度の差こそあれ同じやった。呆れとった。



「それでサクラはどうしたい? それにサーヤも」

「あたしは、子供の時からおんなじです。ずっとアル兄様のお傍にいるです」


 シェールの問いに、一瞬、私は理解が追いつかなかった。

 うちはともかく、サーヤもとは? と思ってしまったから。そやけどサーヤの、おんなじ、を聞いてうちは思い出した。

 サーヤもアルの事が好きやと言うとったことを。だから聞かずにはおれんかった。


「さ、サーヤはそれでええん?」


 何が? とばかりに首をかしげるサーヤ。その彼女に説明した。

 私とアルの取り合いになるけど、ええんかと。


「ああ、そのことでしたら、取り合いにはならないから大丈夫です」

「そうなん?」

「はい。仲良くシェアすればいいんです‼」

「仲良くシェア⁉」


 ニコニコと、とんでもない事を話すサーヤの隣ではシェールがため息をついた。


「サーヤ、やっぱりその考え変よ?」


 思っていたことを言ってくれたシェールへ、うちは思いっきり頷く。


「そうです?」

「「変や(よ)」


 こてんと可愛らしく首を傾げるサーヤへ、うちとシェールの声が被る。

 ううー、と唸るサーヤにシェールが続ける。


「100歩譲ってサーヤがアル兄を好きなのは良しとしよう。もっといい男いっぱいいると思うけど……」


 言いながらちらりと、うちへ目を向けるシェール。うちにも言われてるみたいで思わず顔を逸らしたら、小さくため息をついて更に続ける。


「好きなら、どうして一番を目指さないの? そんなに可愛くてスタイルも良いのに!」


 ひと際、大きいため息をつくシェール。サーヤはというと、怖い顔しとった。


「だって、あたしじゃ、絶対一番になんてなれないもん! ラスティ先生に勝つなんて無理だもん‼」

「それやったら、諦めるのも――」


 サーヤはうちが言い切る前に反論する。


「イヤ! 絶対いや。それなら、サクラちゃん、あなたは諦められるの?」

「それは……」


――気付いたばっかりの気持ちをいきなり諦めろ、言われても……

 

「無理かなぁ」

「でしょ!」


 サーヤはヒートアップする。


「あたしも無理! 小さいころからラスティ先生とアル兄様の仲睦まじい様子見て、何度も何度も諦めようと思っても諦めきれなかった気持ちだから! 今更、絶対に無理‼ だから、あたしはあたしのやり方でアル兄様の側にいる‼‼」


 言い切ったサーヤが薄暗い笑みを浮かべる。

 うちは驚きを通り越した恐怖を感じつつも聞かずにはいられなかった。


「それラスティって人は理解してくれてんの? その人が駄目、言うたら……」

「それは大丈夫だと思う。ラスティ先生、森人族だから」

「え⁉ あの人森人族なん! あのスタイルで‼ ……あー、そうか、森人族なんか、全然、気づかんかったわ。あー、でも、それやったら何にも言わへんかもな」

「ええ、子供第一主義。恋愛感情よりも優秀な子種が大事な種族」

「優秀な子種のためやったら、素質のある子供を囲い込むぐらいする種族やったな」


――なるほど、アルは森人族に青田買いされてたんか……


「それやったら、欲しいのはアルの子種だけってことやんな?」


 うちの素朴な疑問に対してサーヤが予想外の返しをした。


「違うです! ラスティ先生は、ずっとアル兄様に付いて行くって言ってるです‼ きっと好きになったんです‼‼」

「えぇー、ほんまかいな……森人族って生きる時間が他の種族と違うんやで、ずっといる気にさせるって、いったい何したんよ……」


――実はアルも長寿の種族とか?


 それはないな、と首を横に振っとったらシェールが控えめに口を開いた。


「多分、アル兄さんがラスティ先生の胸を育てたから、かな」

「は⁉ どういうこと!」

「……アル兄さんが理術で――」


 意味不明で混乱するうちにシェールが説明してくれるけど、よう分からへん。


――豊胸理術ってなんやねん! 真龍でも使えへんわ‼


 頭がこんがらがってくる。


「うち、選択間違えたんちゃうか……でも、来てしもたし、今さら他に……」


 根本的なことを悩み始めたところで、サーヤがうちの手をぎゅっと握って来た。


「やっぱりサクラちゃん、あたしとおんなじです」


 にやりと笑みを浮かべながら。


――おんなじと、ちゃうと思うけど……


 頭に否定が浮かぶが、口には出せない。何だかサーヤが怖くて。

 うちは違うことを口にする。


「ちなみに、他に女の人は?」

「ないです。初等学校では誰も近づけないようにしたです!」

「男友達すら出来ないぐらいにね」

「はい! 姉妹を紹介されるかもしれないですから! 徹底したです‼ 学園でもやるです‼‼」

「えぇー」


 やっぱり怖いサーヤの発言やけど、一つ安心した。


――今のところは、3人やな


 と。


「まぁ、この人数やったら許容範囲か?」

「人数です? あたしとしては、10人ぐらいまでの想定です」

「サーヤ、多くない⁉」


 シェールの突っ込みに、そうです? と首を傾げるサーヤ。


「サーヤとしても人数は少ない方がいいのよね」

「もちろんです。なでなでしてくれる時間が少ないと寂しいです! だからさくらちゃんも協力してほしいです‼ なるべく人数減るように‼‼」


 お願いしてくるサーヤの笑顔は、とても晴れやかで、おかげで余計に怖くて。


――これ、逆ろうたらあかんやつや


 うちは頷くしかできひんかった。

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