第24話2.24 いまさら、学校行ってどうするの?

 

 式の後はガイダンスだ。学部ごとに分かれての説明会となる。今は、そのガイダンスの真っ最中だった。


「商業学部の皆さん、入学おめでとうございます。私は、商業学部主任のフラウです。よろしくお願いいたします――」


 場所は変わって大講義室。壇上で先生が授業の取り方なんかの説明を行っている。が、相変わらず俺の頭には全く留まらない。右耳から左耳へと言葉が流れていくだけだった。

 

「アル君、どうしたの? 体の調子でも悪いの?」


 隣に座っているラスティ先生が気に掛けてくれるが、その言葉すら流れていく。サクラのことが気になって仕方がなかったから。


 本当は、ここに来る前、入学式直後にサクラを捕まえようとした。でも、あまりの人の多さに見失ってしまった。

 ここでも商業学部定員10倍の効果が出ていると思うと、なぜだか複雑な気持ちになった。


「以上で、ガイダンスを終わります。三日後の初登校日までには、授業計画を立てておいてください。不明な点は、商業学部の先生、誰でも構いません。聞いてください。それでは」


 俺が考え事をしているうちに、話を終えて先生は大講義室を出ていった。大講義室では残された生徒たちが近くの者たちと雑談を始めている。早くもグループが形成されようとしていた。だが俺は、そんなことに構っていられない。

 サクラを探すために、大急ぎで大講義室を後にした。


 建物の外に出て走る。目的地である理術学部のガイダンス場所は、既に先生に聞いている。後はガイダンスが終わっていないことを祈りながら進んだ。


 しばらく走り、もう少しで理術学部の建屋――というところで見慣れた顔を見つける。何名かの新入生らしき人物と立って話をしているシェールだった。

 俺は慌てて方向を変え、その集団に駆け寄る。


「シェール、理術学部のガイダンス終わったのか?」

「ええ、終わったわ」


 駆け寄ってきた俺に少し驚いた顔をしていたシェールだったが、すぐに平常に戻って簡潔な返答を返してきた。

 サクラは――と辺りを見回す俺。だが、挨拶をして去っていく新入生の中にサクラは――見当たらない。

 一足遅かったようだ。


 商業学部のガイダンス、人数が多くて手間取っていた関係で遅くなったらしい。困った。どうやって探そうか。と考えていると、シェールが意外な事を口にした。


「アル兄さん、あの首席の子が気になるのでしょ?」

「ぅえ‼」


 変な声が出た。何でばれている、三つ子だからか? と思ってシェールを見るとため息交じりに口を開いた。


「あのね、誰でも気づくわよ。あんなにあからさまに凝視していたら」


 言われて納得した。挨拶の時、壇から下りていくサクラをずっと目で追っていた。人の頭で見えない時は、その頭の間へと身体をずらしてまで。


「全く。アル兄さんは、サーヤというものがありながら……まあいいわ。あの子なら、そのうち来るわよ」


 ぶつぶつと独り言のように聞き取れない言葉を発していたシェールだが最後ははっきりと口にした。


「え、来るの?」

「そうよ。アル兄さんも気にしていたし、サーヤが気を利かしたのよ。感謝しなさい」


 その言葉で俺は初めて気づいた。サーヤがいないことに。本当に俺は焦っていたようだ。


 ついでに言うとラスティ先生は今になってやっと追いついて来た。曰く、行くところ分かっていたから、ゆっくり来た、だそうだ。

 サクラを見てからの俺の行動が、どれほど分かりやすかったかを如実に理解させられる言葉だった。

 自らの異常行動に肩を落としていたらサーヤの声が聞こえてきた。


「アル兄様~」


 言いつつ俺に駆け寄り腕を取るサーヤ。朝の馬車とは違いスキンシップが激しいな、と思っていると少し笑いを含んだ声が届いた。


「ふーん、アル兄様なんて呼ばれてんやね~」

 

 入学式で聞いた声だった。俺は驚き、声の方へ顔を向ける。すると近づいてくる一人の少女が目に入った。

 壇上にいるときは良く分からなかったけど改めて見るサクラ――身長はシェールより少し小さいぐらいだろうか、幼女の時と変わらず整った顔つきに笑みを浮かべ、サイドテールにした桜色の髪から短めの白い角が一本見えている。

 恐らく10人に聞けば10人が『そうだ』と答えるほどの美少女だった。


「ちょっと、何か言うてんか」


 呆然と見つめる俺に笑みから一転、怪訝な表情を浮かべるサクラ。だが、それでも俺は呆然とし続けていた。

 背後に舞う桜の花びらの中に浮かぶサクラの成長した姿が、あまりにも浮世離れしていたから。


「綺麗だ」


 サクラが口を開いてから数十秒、俺がようやく絞り出した言葉は、これだった。


「な、な、な、何言うてんの⁉」


 顔を真っ赤にして慌てだすサクラ。そのサクラからますます目を離せない俺。

 見つめあう二人の時間は止まった――。

 

「はい、そこまでよー」


 時間の止まった俺を現実へと戻したのはラスティ先生だった。強引にサーヤとは反対側の腕を取り、俺の体の向きを変えさせたのだ。


「続きは、また今度二人っきりの時にするとして……。アル君、この子の事紹介してくれない?」


 サクラの方に目を向けるラスティ先生の顔に、かすかな嫉妬を感じた俺は慌てる。


「す、すみません。この子は、サクラ。俺に時空理術を教えてくれた人です」


 この返事に皆が驚きの表情を浮かべ、口々につぶやいた。


「あの子が話に聞いた……」

「アル兄さんに教えた……」

「アル兄様の大切な人……です?」


 若干一名違う事を言っているが概ね理解されたようだ。と思っていると、ラスティ先生が余計な事を言い出した。


「積もる話もあるだろうし、城に招待したら?」


 遠慮したい話だった。まだ、あまり秘密を打ち明けていない両親に祖父母が、いるところにサクラは刺激が強すぎるから。だが無理だった。

 先生に続いて。


「(理術の)話を聞きたいわ」

「是非、(アル兄様の)話が聞きたいです」


 シェールとサーヤまで言い出してしまったから。

 こうなると、いつの間にかやって来ていたビルもユーヤ兄も、何も言わない。いや、言えない。

 しばらく後、サクラは俺達と馬車の中にいた。


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