第23話2.23 商人科の入学式に見たことあるような人が混ざっています


 あのバタバタとした入学試験から時間は流れ、桜舞い散る春の日に俺たちは入学式を迎えていた。


「アルー、ビルー早くしなさーい」


 玄関先から母さんの声がする。しかも少し苛ついている声だ。慌てて部屋から出る俺。

 するとビルもちょうど出てくるとこだった。


「母さん、早すぎ」

「全くだ」


 二人愚痴り合いながら走り玄関に辿り着くと既に皆揃っていた。


「アル、ビル、おはよう」


 少し棘のある声で挨拶をしてくる母さん、俺達の挨拶を聞き流して説教が始まった。


「あなたたち、もう少し時間に余裕をもって動きなさい。明日、父さんと母さんは、ルーホール町へ帰るのよ。これからは自分たちで生活していかないと――」


 ヒートアップしていく母さん。その母さんを止める声がする。


「まぁまぁ、この子達もこれから学んでいくから――」


 父さんだった。けど失敗だったようだ。なぜなら。


「貴方が、甘やかすから――」


 矛先が父さんに向いてしまったから。解放された俺達からすれば助かったけど。だからという訳ではないけど俺達は父さんに軽く頭を下げて馬車へと逃げ込んだ。


「遅いわよ」


 馬車に入った俺たちに再び苦言が浴びせられた。こんな母さんみたいな苦言を言うのは、もちろんシェールだ。眉間にしわが寄っている。

 折角、紺をベースにしたブレザー型の真新しい制服を着こんでいるのだからもっと笑えばかわいいのに、と思うが仕方ない。

 それがシェールだから。俺が言っても聞かないから。


「ごめんごめん」


 俺が軽く謝ると、すぐ手元にある本に視線を移してしまった。シェールにしてみれば母さんの機嫌が悪くなるのが嫌だっただけで、実際はあまり興味なかったのだろう。

 今は、そんな事よりも光理術の本を読むことの方が大事だと言わんばかりだった。


 入学試験の時、四人に教えたそれぞれの事柄。すぐに使えたのはサーヤだけだった。

 これは元々、人体を治すと言う回復理術に特化している彼女だからこそ成しえた事なのだと思う。

 他の三人に教えた事は馴れない考え方や理力の使い方をしなければいけないので、そう簡単にはいかない。


 俺だって、かなりの時間をかけて真龍たちに色々言われながらなんとか習得した技術なのだ。そう簡単に習得されては俺の立つ瀬がない。


 いかん、辛い辛ーい思い出が脳裏に浮かんで来て、目頭が熱くなってきた。

 俺は涙がこぼれないように目頭を押さる。そうこうしていると馬車が進みだした。


 馬車には俺達三つ子の他に従者となるユーヤ兄、サーヤ、ラスティ先生も乗り込んでいる。御者は定番のダニエラさんだ。もう御者に転職した方がいいかもしれない。

そんな馬車の中では当然のように俺の左右をラスティ先生とサーヤが固めていた。シェールと同じ制服を着て。

 だが、その見た目は、とても同じ服を着ていると思えなかった。シェールと大きく異なる二人の胸部装甲が違うためだ。

 しかし、そこには触れていない。触れた瞬間、前に座るシェールから氷槍が飛んでくるのが目に見えているから。


 あ、ちなみに、俺たち男子も制服を着ている。同じく紺を基調としたブレザー型の制服だ。女子との違いはスカートではなくズボンといったところか。野郎の事など誰も気にしないので本当にどうでもいいのだが。


 そうこうしているうちに入学試験の時と同じ学園入り口近くの停車場で馬車は止まった。


 下車する俺たち。視線を集めていた。


「何か見られてますね。ラスティ先生、ちゃんと胸は隠してくださいよ? 前みたいな騒ぎは困りますから」

「やってるわよ」

「だったら一体……」


 他に注目を集めることがあるか? と思っていたら声が聞こえてきた。


「あれ、入学試験でとんでもない点数をたたき出した4人だぜ」

「あれがそうなのか。先生すら凌ぐほどの剣術、武術、放出理術、回復理術を使ったというのは……」


 どうやら弟妹と幼馴染が目立っていたようだ。


「あれだけ騒ぎを起こせば当然か」

「そうね――」


 少し不満げな顔のラスティ先生が首を縦に振る。

 何が不満なのか、と目を向けたら。


「アル君もたった一人の満点合格なのに……」


 俺の名前がないことが気に入らなかったみたいだ。


「まぁ、父さんからも目立たないように、って言われてますから、ちょうどいいですよ」

「でも、少しぐらい――」


 なおも不満を募らせるラスティ先生を宥めながら俺たちは足を進めた。



 門を過ぎてすぐにあった入学者受付に掲げられた掲示版によると入学式は学園中央の大運動場で行われるらしかった。つまり屋外でやるって事だ。

 何で屋外って思ったら入学者数の多さが原因のようだった。


 商業学部の定員10倍は、こんなところにも影響を与えていた。あと、それを聞いて雨だったらどうするのだと思ったけど問題ないそうだった。

 ラスティ先生から、雨の時は、理術で幕でも張ればいいのよ、と聞かされ、流石ファンタジー! と地球との違いに今更ながら感動してしまった。

 

 受付から歩いて数分、たどり着いた大運動場は紅白の幕が晴れやかに飾られ入学式らしさを醸し出していた。中には生徒用と保護者用の大量の椅子まで備え付けられている。たった数時間の式典に大変だなぁ、と俺が呟いたら、またラスティ先生が教えてくれた。

 なんでも椅子は理具を用いてその場の土から作ったのだそうだ。終わった後、椅子を土に戻す理具もあるらしい。だから大した手間ではないと。

 理術の活用法に俺の見識は、まだまだ足りないようだった。


 話ながらも俺たちは空いている席を見つけ座る。理具で作られた椅子、座り心地は少し硬いが入学式の間だけなら必要十分な品質であった。


 そこから始まった入学式、退屈だった。何しろ長い話が続くのだ。

 シダー学園長先生に来賓の方々、本当に長かった。でも途中出てきた爺様の話だけは笑ってしまった。

 なにしろ、強くなれ! だけだったから。商業学部もあるというのに……。

 ともかく退屈する暇もなく壇上から降りて行った。


 さらには在校生代表の生徒会長挨拶があり最後に新入生代表の挨拶へとなったところで俺は首をかしげた。代表の紹介で、『理術学部主席合格者』として呼ばれていたからだ。

 それならシェールでは? と思ってしまったのは俺だけではなかったようだ。


「シェールちゃんより、すごい人がいたみたいね」


 ラスティ先生が横からこそっと話しかけてくる。


「そうみたいですね。でも、試験の日にはそんな噂聞かなかったですよね」

「ええ、ビル君とシェールちゃんの話で持ち切りだったわ」

「ですよね……」


 二人があれだけのことをしたから噂に上がらなかったのかな? まぁ何にしても優秀な人がいるのだな。なんて考えていると壇上に上がるピンクの長い髪をサイドテールにした人物の背中が目に入る。12歳にしては少し小柄な体で頭に一本角を生やした少女だった。


 その姿を見たて俺は、なぜだか強い既視感を覚えた。


――どこかで会っただろうか?  

 

 記憶をたどるが思い出せない。ならばもう一度顔を、と思い目をやると――少女とばっちり目が合った。驚く俺に笑みを浮かべる少女。

 その笑みを見た瞬間、俺の脳内に声が響いた。


『イエス、マスター。『心願成就』が、幼馴染の美少女と衝撃の再会をしたい、という願いを叶えました』


 恒例の『心願成就』システムの報告だった。

 まじか! これも俺の願いなのか、と落ち込みそうになる気持ちを抑え、壇上の少女へと目線を戻す。


――再会、ということは、やはりあれはサクラか。しかし、何でここに? いやそもそも体のサイズが違うし、あの角は? 


 色々疑問が浮かぶが考えても分からない。

 分かる事は、最近は訓練に行ったハイヘフンで見かけていないという事だけだった。それでも、俺はなぜと考えずにはいられない。気づけは入学式が終わりを告げていた。


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